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「なんであんな嘘ついちゃったんだろう」 ごめんなさいの行方

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謝りたい人はいますか? ひどく傷つけてしまった人や、どうしてあんな態度をとってしまったんだろうと悔やまれる人。『ごめんなさいの行方』は、そんな謝る機会を失った人たちの話をエッセイスト・生湯葉シホが聞いていく連載です。心の底から謝りたいけれどもう会えない相手との話を、なるべくそのまま書いていきます。

「なんであんな嘘ついちゃったんだろう」 ごめんなさいの行方

■ちょっと怖そうな「ホワイトモカのおじさん」


聴いてないのに聴いたって言っちゃったCDがあって、些細なことなんですけど、ずっと謝りたいんですよね。

大学のとき、喫茶店で働いてて。千葉の……チーバくんでいう喉のあたりって言って伝わりますかね? 深夜まで開いてる国道沿いのお店です。そこに当時、週3くらいで来てくださってたお客さんがいたんです。だいたい夜の8時から11時くらいまではいて、お仕事なのかな、パソコンを開いて作業されてました。

70代くらいの方で、白髪に眼鏡、いつもカチッとした恰好でしたね。飲み物を頼むときもドリンク名しか言わないし、ちょっと怖そうに見えるんですけど、笑うとおじいちゃんって感じで可愛い方で。

しかも、ちょっと怖そうなのに、注文されるのが毎回ホワイトモカなんですよ。ホワイトモカってすっごく甘いやつで。だから、バイトの子たちのあいだでは「ホワイトモカのおじさん」ってことになってました。

■「怖そうだけど仲良くなると優しいよ」みたいな優越感

どうして児童文学の話になったんだったけな。私そもそも、お客さんとたくさん喋るのが得意じゃないんですよ。だからカウンター越しに交流するみたいなこともあんまりなかったんですけど……。

あ、そうだ、その方が「コーヒーを作る人たちのことをバリスタって呼ぶよね。バリスタってどういう意味か知ってる?」って話しかけてくれた日があって、それ以来ちょっとずつ話すようになったのかもしれないです。いらっしゃるたびに当たり障りのない会話をしてたら、彼が外国語に堪能で、もうリタイアはされてるけど、翻訳のお仕事みたいなことをしてるってわかって。

私、そのとき大学4年生で、ちょうど卒論を書いてる時期だったんです。ドイツの児童文学を扱った卒論だったので、思わず「実はいま卒論で、ドイツ語の本に手こずってるんです」って言ったら、「ドイツ語のなんていう本?」って聞かれて。児童文学なんですけど……って説明したら、次来たときにそれを読んできてくださったんですよね。それからたまに、お店に来るときにドイツ語の本とかを翻訳して、封筒に入れて持ってきてくれたりするようになって。

あれ、何年前だろ……3年くらいは経つのかな。いま振り返るとすごくお世話になりましたね。一度、卒論が本当にギリギリのとき、バイト先から大学まで送ってもらって、大学近くのミニストップで原稿をコピーするのを手伝ってもらったこともありました。なんか、もしかしたらバイト先の子たちに対して優越感みたいなのも私の中にあったかもしれないですね。「ホワイトモカのおじさん、怖そうだけど仲良くなると優しいよ」みたいな。

■とっさに口にした嘘


私、ずっと出版社に行きたくて就活してたんですけど、ぜんぶ落ちちゃって。結局そのままその喫茶店の母体の会社に就職したんですよ。だからアルバイトは大学4年で辞めることになって、その方にも辞めるって伝えなきゃって思ってたんですけど、なかなか出勤日に会えないことが続いて。

ある日出勤したら、その方からお店に私宛てのCDが届いてたんです。中身は私が卒論で扱ったプロイスラーの『クラバート』っていう本のドイツ語の朗読だったみたいなんですけど、とても博識な方だったので、自分でも調べてるうちに好きになったっておっしゃっていて。「趣味で集めたから、コピーしたのをあげるよ」って送ってくださって。

私それ、聴かなかったんですよね。卒論が終わってホッとしたのもあって、「もういいや、あとで」って置きっぱなしにしちゃってたんです。

結局そのままお店は卒業しちゃったんですけど、久しぶりに遊びに行ったらその方に偶然会って。「いままでありがとうございました」って言葉は普通に出たんですけど、そこで「あっ、CD」って思い出して、とっさに「聴きました」って言っちゃったんです。

言っちゃったってすぐ思いました。でも、「ああそうか、よかったでしょう」って言われて。「こんど仕事で海外に行くから、帰ってきたら連絡するね」って言うんです。そのときにメールアドレスを交換したんですけど、連絡はしばらくこなかったです。

■もう連絡できないって、気づいた

そのあと、バイトの子たちとの飲み会で騒いだ日に、家に帰ったらスマホがバキバキになってて。データがぜんぶ飛んじゃったんですけど、いまってLINEとかFacebookは探せばどうにでもなるじゃないですか。

でも少し前、大掃除してるときだったかな。CDラックを整理してたときに、「白いな、このCDなんだろう」って思ったら、裏に手書きの文字でクラバートって書いてあって。そこで初めて、データ飛んじゃったからその方のメールアドレスもわからないし、私も携帯変えちゃったからもう連絡できないって気づいたんです。

それからもたまにバイト先の子と会うことがあると「井口さん来てる?」って聞くんですけど……そう、その方井口さんっていうんです。でも、「私の時間には来てないです」って。もしかしたら、いまはもうあのお店に来てないのかもしれないですね。

ついた嘘ってたぶん本当に些細なことなんですけど、やっぱり謝る手段がもうないからずっと覚えてるのかもしれない。いま、あんまり人と連絡とれなくなる経験ってしないじゃないですか。

なんか、普段は全然思い出さないのに、「あっ」って一回思い出しちゃうとすごく遡って考えちゃうんですよね。初めて会ったときからおしまいの……おしまいのというか、いちばん最近会ったときのことまで。お顔とかよく着てた服とかも覚えてるから、もしいま井口さんがここに入ってきてもすぐにわかると思います。

■まだCDは聴いてない


こんな話してるけど、私いまだに『クラバート』のCD聴いてないんですよ。いまの家に引っ越すときにも持ってきたんですけど、なんとなく聴けないままになっちゃって。

児童文学は親の影響もあって子どもの頃から好きだったんですけど、『クラバート』だけは小さい頃、嫌いでした。難しすぎて。魔法が出てくる本なんですけど、気軽に魔法を使っちゃいけない世界の話なんですよ。魔法を使うには命を懸けなきゃいけないこともある、みたいな話で、仲間が死んじゃったりもする暗い本で……。

でも、小さいときって死ぬとか生きるとかそんなにわからなくて、ハッピーエンドは当たり前だと思って本を読んでたので、もしかしたら初めて「あ、こういうふうに終わっちゃうこともあるんだ」って知った本かもしれないですね。

■実は聴けなかったんですって言えたら

井口さん、あのとき「ごめんなさい、まだ聴けてないんです」って言っても絶対怒らなかったと思うんですよ。なんで言っちゃったんだろうあんなこと……。しかも最悪なのが、仮にいまもう一度井口さんに会えたとしても、私、聴いてなくてもやっぱり聴いたことにしちゃうような気がするんですよね。

でもどうだろう、ここまで言っちゃったからもう大丈夫かな。実は聴けなかったんですあのときって、会って言えたらいいんですけどね。

Photo/ぽんず(@yuriponzuu

行き場のなくなったあなたの謝りたいことをもしよければ、わたしたちに聞かせてもらえませんか?

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生湯葉 シホ

1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。

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