嫉妬は悪い感情じゃない。使い方に注意して【きのコ×二村ヒトシ対談】
11月に開催された、きのコさんと二村ヒトシさんによるトークイベント「名前のない関係たち」。ポリアモリー当事者とAV監督、それぞれの立場から見つめる新時代のパートナーシップ論、後編をお届けします。
ここ数年、事実婚や同性愛、複数恋愛など、今までひっそりと存在していた“愛のカタチ”に注目が集まるようになりました。しかし、一方で「人目や世間体が気になって、自分らしい愛を貫くのが難しい……」と感じる人たちもたしかに存在しています。
この世には、多様な愛の在り方を実践する人たちがいて、愛のカタチは人それぞれでいいんだ。
「名前のない関係たち」という特集はそんなDRESS編集部の想いから作られました。
この特集に合わせて先日開催されたのは、きのコさんと二村ヒトシさんによるトークイベント。
きのコさんはポリアモリー(複数愛)というライフスタイルを送る当事者として、そして二村さんはAV監督としてさまざな恋愛や性愛のカタチを見つめてきました。
複数人と恋愛するポリアモリーの関係性について、イベントで赤裸々に語ってくれたきのコさん。そこで湧いてくるのは、嫉妬という感情の行き場についての疑問です。
イベントレポート前編「結婚してひとりの人を愛さなければ――その思い込みは抑圧が生み出した【きのコ×二村ヒトシ対談】」に続き、後編では、嫉妬という感情のやり場、そして「本当の愛」の正体についてのふたりの見解をお届けします。
■内省につながる嫉妬は悪い感情ではない
1対1の関係性においても嫉妬は抑えられないもの。それが複数人との関係性になったらどうなるのか。きのコさんが口を開きます。
きのコさん(以下、きのコ):嫉妬というのは溜め込めば溜め込むほど増幅する感情なので、自分のなかにそれが渦巻いているなと気づいたときには、「いま、ヤキモチ焼いちゃったな」ってすぐに言うようにしているんです。怒りや哀しみの感情が沸いたという事実を伝えるだけで、問題の半分くらいは解決につながると思っていて、その先どうする? というDOの部分は後で話し合うようにしています。これは私のパートナーたちにも言えることですね。
二村ヒトシさん(以下、二村):嫉妬も含めた愛や恋にまつわる「めんどくさい感情」って、爬虫類から哺乳類になって人間になって社会を形成していくって進化の過程で、最初は生きていくのに必要だったから備わったもののはずですよね。だけど、その感情が人を苦しめて生きづらくさせていることもある。現代では、インターネットが発達しすぎて各人の無意識がむき出しになったり、いろんなことが伝わるスピードが速くなりすぎて、みんな傷つきやすくなってることが関係しているんでしょうね。
きのコ:特にSNSによって感情が「見える化」されてしまっているひどさはありますね。
二村:昔に比べて明らかに相手の状況や感情がダイレクトに伝わるようになっちゃった時代において、それでも嫉妬という気持ちはあったほうがいいのかどうか。そんなこと言ったって嫉妬しちゃうもんは嫉妬しちゃうんですけどね。
きのコ:嫉妬にはjealousyとenvyの2種類があるんです。自分の持っているものを奪われてしまうのではないかという怯えからくるものがjealousy、逆に自分が有してないものを持っている他人を羨んでしまうのがenvy。どちらも内省につなげたり、バネにしたりっていう使いようはあるんですけどね。他人を傷つけることがなければ、嫉妬も悪い感情ではないと思います。
他人と関係性を築くうえでどうしても逃れられない、嫉妬という感情。それを悪いものとして封じ込めようとするのではなく、きのコさんのように客観的に分析し、上手に付き合っていくことが円満な人間関係を構築するのに役立ちそうです。
■「本当の愛」なんて他人に言わないほうがいい
そして、イベントラスト、恋愛の命題ともいえる「本当の愛とはなにか」について、きのコさんと二村さんがトークをくり広げます。
二村:そもそも「本当の愛」っていう言葉は、あまり使いたくないんです。ぼくの思う本当の愛ときのコさんの思うそれとが、まったく別のものを指している場合があるので、ひとまとめにしちゃうのはすごく欺瞞性を孕んだ行為なんですよ。みんなが、それぞれの心の穴を埋めるような愛情や関係を求めているのは確かなんですけど。
きのコ:人それぞれに定義が異なりますからね。よく、「本当の愛を知らないから、ポリアモリーなんて世迷い言を言い出すんだ」って非難されるんですけど、私からすれば、「本当の愛を知らないから、1対1の恋愛しかしたことがないんでしょう」という反駁もできてしまう。本当の愛とは一人ひとり違うものなんだと認識しておかないと、意味のない応酬に発展してしまう。
二村:だから、なるべくなら他人に対して「本当の愛」なんて言葉は使わないほうがいいです。それと、愛と恋が「まったく違うこと」だというのも理解しておくべきでしょう。相手が何を大切に思っているかを理解しようとしつつ、苦しめないように(自分も苦しまないように)努力するのは愛。どうしようもなく抱いてしまい、相手に迷惑すらかけかねない情熱が恋。そう考えると、愛情というものは“コントロールできる礼儀”といえるかもしれないですね。
きのコ:愛って、真心や思いやりという言葉に置き換えられるような普遍的な感情というイメージがあります。それに対して、恋は事故でありエゴであり、一時的な熱量みたいなものでコントロール不可能。
■恋をすっ飛ばして、愛は手に入る?
ここで参加者からも、愛と恋についての質問が飛び出します。
参加者:愛と恋とは別物というお話ですが、恋をせずにいきなり愛を獲得する方法はあるんでしょうか?
きのコ:え! 恋をせずに愛を築くなんて、そんなことできるんですかね!? 考えたこともなかった……。私にとっては恋って雷に打たれてしまうような事故なので、それを避ける術なんてないと思うんです。
二村:それはきのコさんが、恋することが好きだからですよ。そういうきのコさんをもちろん否定はしませんけど、ぼくは、恋をすっ飛ばしてセックスや結婚の相手に愛情を抱くことは、人によっては可能だと思います。当人の人生を損なってしまうような、苦しくなってしまう恋の感情が、はたして愛につながるものなのか、その感情が自分のネガティブな欲求から生まれてるんじゃないか、そういうことを自省できるかどうかが別れ道ですけど。
きのコ:そう考えると、性欲なしに相手を愛おしく思えるアセクシュアルというセクシュアリティの人たちもいるので、可能なのかもしれないですね。
二村:性欲は必ずしもネガティブな欲求ではないですが、「セックスなんて面倒」という感覚の人も、もちろん、おかしいわけではない。恋愛もセックスも結婚も妊娠出産も、おのおのリスクをわかった上で、それでもどうしてもやりたい人たちだけがやればいいんですよ。
きのコ:そうそう。この先、だんだんとセックスが嗜好品化されてきて、「しなきゃいけない」という圧力も薄れていくでしょうから、もしかしたらその後はアセクシュアルという言葉自体がなくなるかもしれない。セックスを一度もせずに死ぬ、というライフスタイルが珍しくなくなっていくかも、と。
二村:いずれにしても他人のことを尊重して、「この人のことは好きだけど、一緒にいると苦しいな」と感じる相手からはなるべく速やかに遠ざかって、一緒にいると自分の状態が良くなるような相手とお互いを大切にしあえる関係がいい。
きのコ:個人的には恋をしないなんて考えられないですけど……(笑)。
二村:恋がないと、そもそも相手を選べない?
きのコ:そうなんです。ただ、恋からスタートして、次第にセックスがいらなくなる穏やかな関係性に到達することはあります。でも、それを一足飛びにしたことはないですね。
二村:激しい恋愛というのは、お互いの心の穴をほじくりあうようなもの。それがつまりは「エロいセックス」でもあるとぼくも思うんですけど。そういった過剰なやりとりを経ずに愛へと至るためには、恋やセックス以外の部分で相手を大切にするということなんでしょうね。
恋には落ちるときは落ちてしまう、それには自分でも逆らいようがない。けれど恋を恋愛関係に発展させるかどうかは、まず本人の判断です。あえて恋愛に進まず、積極的に片思いのままにしておいたほうが結果的に幸せってことだって充分ありえますから。
結婚にはじまり、ポリアモリーの定義、複数人での恋愛で大事にすること、そして本当の愛の正体と、実に濃い内容のトークが交わされた今回のイベント。「名前のない関係性」で思い悩んでいる人たちにとって、さまざまな発見や驚きに溢れていたに違いありません。大切なのは、自分がどうありたいのか。世間からの抑圧や呪いに押しつぶされることなく、素直に生きることが幸せへの近道なのではないでしょうか。
Text/五十嵐 大
■登壇者プロフィール
きのコさん
1983年、福岡県生まれ。九州大学大学院人文科府修了、メーカー勤務の会社員。2011年より、自分が複数の人をと合意のもと交際する愛する「ポリアモリー」であることをカミングアウトしている。ポリアモリーに興味をもつ人の交流会「ポリーラウンジ」幹事会のメンバー。著書に『わたし、恋人が2人います。~ポリアモリー(複数愛)という生き方~』(WAVE出版)。
二村ヒトシさん
1964年、東京都生まれ。慶應義塾幼稚舎卒、慶應義塾大学中退。95年まで劇団『パノラマ歓喜団』を主宰。97年にアダルトビデオ監督としてデビュー。 著書に『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(共にイースト・プレス)ほか、共著も多数。最新刊は哲学者の千葉雅也氏・美術家の柴田英里氏との鼎談『欲望会議 「超」ポリコレ宣言』(KADOKAWA)。
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