ママだからって無理しないし、諦めない。
ママはやりたいことを我慢して、自分のことは優先せず、子育てをとにかく一生懸命やらなければならない――そう思い込んでしまう方もいます。でも、気負いすぎるとつらくなることもある。葛藤を抱えながらも仕事と子育てに奮闘するJiLL-Decoy associationのボーカルを務めるchihiRoさんに話を伺いました。
「妊娠や出産のベストなタイミングをつかむのは無理に近かったです。働く女性の多くが仕事との兼ね合いで悩むところだと思います。
夫は子どもを望んでいて、会社と夫との間で板挟みに……。私も当時は34歳で、年齢的に余裕しゃくしゃくではないところまで来ていると感じていました」
こう語るのは、ジャズバンド「JiLL-Decoy association」(以下、ジルデコ) のボーカルを務めるchihiRoさん。
インスタグラムにはステージに立つ様子のほか、お子さんと触れ合う姿をアップしていて、ママとアーティスト業を華麗に両立させている印象を受けます。
しかし、第一線で活躍するシンガーだけに、子どもをつくる時期に悩んだことも。ツアーでは全国を回り、家を空けることが多く、家族との時間が少なくなる葛藤があると明かします。
■今妊娠したらダメだよね……
――chihiRoさんは、独身のころからずっとお子さんを望んでいらっしゃったのですか?
小さい頃から、結婚したら子どもを産むものだと思っていて、出産は30歳くらいかな、と漠然と考えていました。
でもまさか自分がバンドのボーカルとしてデビューするとは想像もしてなくて。30歳を迎える頃には、「私が抜けたらバンドはどうなる? 子どもを持つのは簡単なことじゃないかもしれない……」と思うようになったんです。
当時は事務所に所属していて(編注:現在は独立)、会社員の方と同じく、自分が好きなタイミングで妊娠をしにくい雰囲気があったんですよね。大きなツアーになると1年前から会場をおさえるくらいなので。
■夫の言葉「今を見てほしい」
――そんななか、子どもを持とうと踏み切ったきっかけは何だったのでしょうか?
夫が発した「明日ばかり見ないで今を見てほしい」の一言でした。交際していたときから私は先のことを考えてしまうタイプで、今に集中していなかったんです。
明日からツアーが始まるから、今日は静かにしているという感じで。対して夫はいつでも今を生きていて、私とは対照的な人。
その頃、事務所を辞めて独立したことも大きいですね。事務所に所属していたときからメンバーは私が妊娠することに好意的で、「僕らがなんとかするよ」と言ってくれて。
夫やメンバー、周囲のサポートも妊娠を決断する後押しになりましたね。
■臨月直前までステージに立った
――妊娠されてから、つわりなどさまざまな体調の変化があったと思います。仕事はどうされていたのでしょうか?
私はつわりを含め、妊娠中の体の変調がほとんどなかったので、9カ月目までツアーで全国を回っていました。ほぼ臨月の時に香川県までツアーで行ったほどです。
――パワフルですね!
自分で言うもアレですが、こんなに元気な妊婦がいるのかと(笑)。歌うことが大好きでしたし、夫やメンバーのサポートがあったことが大きいです。
――出産後はどうでしたか? 産後は心身ともに疲れるでしょうし、退院後は初めての育児で不安や戸惑いがあったと思うのですが。
退院後は、首もすわらないか弱い我が子を連れて家に帰るわけですが、いきなりこの命の最高責任者に任命されたように感じ、常に神経が張り詰めていました。
私のミスでこの子が死んでしまったらどうしようとか考えてしまって。息をちゃんとしているかを頻繁に確かめていましたよ。
■産後50日でのスピード復帰
――わかります。授乳や慣れない育児……ひとつの命を守るプレッシャーは相当なものですよね。
夜はまともに眠れませんでしたね。新生児は3時間おきくらいにお腹が空いてしまい、夜中でも授乳が必要です。
私は母乳で育てたのですが、娘はうまく吸えなくて、疲れも重なっていたのか、正直イライラしてしまうこともありました。
ただ、私の場合は家族からのサポートが手厚く、幸運だったと思います。両親も義両親も近所に住んでいるため、ツアーで泊まりがけのときはお世話を頼めるメリットがありました。
夫も最高のサポートをしてくれました。今でもそうですが、ごはんを食べさせて、お風呂に入れて、寝かしつけまでしてくれて、休日も1日中見てくれることも多いです。そのおかげで、産後50日でステージに復帰できたんです。
■「尖った部分」がなくなるのが怖い
――仕事をしながら妊娠、出産、育児と駆け抜けてこられたわけですが、子どもを持ってみて、一番に何を思いますか?
子どもは本当にかわいい。この世で、こんなにも私のことを愛してくれる人がいるんだなと思って感動します。
子どもとふたりだけで過ごすのが辛いという話をよく聞きますが、私には一切なかったんです。いくらでも一緒にいられる。でも、そのことで葛藤することはあります。
――葛藤?
家庭に意識が向いて落ち着いてしまい、アーティストとして尖ったものがなくなるのではないかと疑問に思ったんです。
今でも休みの日はできるだけ子どもと一緒にいるようにしている一方、「創作に向けた活動に充てないのはどうなのかな」と感じることはあります。
――仕事の仕方などに変化はありましたか? 例えば、以前できたことができなくなった、とか。
もちろんありました。たとえば仕事の取り方ですね。
子どもを産む前は、他のアーティストのライブに行き、そこで仕事につながるケースも多かったですが、子どもがいると夜の時間帯に外出しにくくなります。営業活動の別のやり方は今も模索中です。
自分がママであることを仕事でどこまで出すべきかも迷いがあります。アーティストとしての印象をどう与えるかとか、子どもを持ちたくても持てなかった人にとって、気分を害す投稿になっていないか考えて、手を止めてしまうときもあります。
■育児を家族だけに頼るのは無理かもしれない
――仕事を続けるにあたり、旦那さんのサポートは大きいと思います。お子さんが産まれたことで、夫婦関係に変化はありましたか?
夫は本当によくしてくれて、出勤も柔軟で助かっています。一方で、私は「妻として夫に何ができているのか」と考えてしまうことがあります。
普段、私は仕事をしていることが多くて。ツアーは泊まり込みの場合がありますし、歌詞は娘を寝かしつけた後に書くので、私が寝室に入る頃には夫はすでに眠っています。
夫は私が仕事で家を空ける間、育児の負担でストレスを抱えてしまい、先日すこし強めに言われてしまいました。
――ひとりで幼い子どもの世話をするのは本当に大変ですよね。
娘がもっと小さい頃は両親や義両親に預けても比較的お世話が楽でした。1日の大半を寝ていることが多く、それほど活動的でもないので。でも今は1歳7カ月になり、活発になってきました。
同じ本を繰り返し読んでほしいとせがむこともあって、両親からも「大変になってきた」と泣きが入ったことがあります。
今まではベビーシッターなど外部の手を一切借りず、家族の支援だけで乗り切ってきました。育児のサポートにとても恵まれた環境だったと思いますが、今後はそれだけでは難しいのかなと感じています。
■働くママのために、子連れOKな仕事をつくりたい
さまざまな葛藤を抱えつつも、chihiRoさんは産後もアーティストとして活動を続け、子育ても楽しんでいるように見えます。しかし今の日本では、子ども優先で母親はやりたいことを諦める場合も少なくないですね。
ネットでは子育ての辛い体験ばかりが目立ってしまい、嫌だなと感じることがあります。
日本のお母さんは我慢をしすぎだと私は思うんです。「自分はいつも後回しで子どもを優先して頑張る人が偉い」という風潮が強いのではないかと。
私はたまたま子育てに関しては、自分の思い通りにいかないことが楽しいと感じるタイプだったので、なんとかやってこられました。
でも、みんながみんな、そうじゃないだろうし、母親の自己犠牲が当たり前という世の中では、子どもを産みたいとは思えないのではないでしょうか。
――chihiRoさんはひとりの母親として、今後どんな風になりたいと思いますか?
私も今でもいろいろな葛藤があります。それでも子どもは愛しい存在だし、子育ては素晴らしい体験です。そんな素晴らしさをもっと発信したいです。
母親が我慢しない、無理しない――そんな生き方を広めていけたら嬉しいです。
あとは歌の活動に限らず、たとえば、保育園に入れなくて辛い思いをするお母さんたちを集めて、子連れでもOKの仕事をつくりたいと思っています。
Text/薗部雄一
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5月特集は「人それぞれな子どもの話」。「子どもを持つ・持たない」について、現代にはさまざまな選択肢があります。子どもを持つ生き方も、持たない生き方も、それぞれに幸せなこと、大変なことがあり、どちらも尊重されるべきもの。なかなか知り得ない、自分とは異なる人生を送る人のリアルを知ってほしい。編集部一同そう願っています。
いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。