デート相手は恋人じゃなく自分。この春をごきげんに過ごそう。
いつもにこやかな人。一緒にいると楽しくなったり、安心したりするから、また次も会いたくなる。もっと話したくなる。自分自身もそういう人でありたいから、ごきげんでいられる努力は忘れずにいたいなと思う。うららかな春、鼻歌をうたえるような軽やかさでいたい。
不機嫌で人を動かすのは、赤ん坊。
ご機嫌で人を動かすのが、おとなである。
いつだったか、どこかでそんなフレーズに出会ったことがあった。
うん、うん、と深くうなずいて、とても印象的だったから、その日からずっと覚えていて。大切にしている言葉のひとつ。
おとなになると「ごきげんでいる」って難しいのかもしれない。
毎朝の満員電車。
長時間のミーテイングに残業。
会社では先輩上司の顔色をうかがって、家ではくつろぐ暇もなく家事に育児。
あとは、なんだろう、ご近所さんとのお付き合いとかもあるかな。
お金は貯まらず、溜まるのはストレスばかり?
不機嫌になれる理由が、そこにもあそこにも。
わたしたちには感情があるから、イライラすることも怒ることもある。
愚痴を聞いて欲しいとき、誰かに八つ当たりしたいときだってある。
ただ、それが通常モードだともったいない。
相手に気を使わせてしまうし、遠慮させてしまう。
そういう萎縮したコミュニケーションはきっと長続きしない。
そして何より、自分が疲れてしまう。
カリカリして不機嫌な自分を「よしよし」とあやすのは、想像以上にパワーを使うものだから。
みんな笑っているのが、やっぱりいいなぁ。
ちょっと前、とあるカフェで仕事を終えてパソコンを閉じて一息ついたとき。
隣に座っていたおじいさんとバチっと目が合った。
顔立ち的に、海外の方。
アメリカかな、ヨーロッパかなとぼんやり思いつつ、にっこり笑ってみた。すると表情をゆるめて話しかけてきてくれた。
「ずっとキーボードと仲良しだったね。何をしていたの?」
「ごめんなさい、集中していて気づかなかった! 仕事をしていたんです。文章を書く仕事をしているんです」
そんなやりとりから始まって、ほろほろと話が広がっていく。
おじいさんの愛称はステフ。イタリア生まれ、アメリカ育ち。日本に来てもう30年以上が経つこと。若いころは空港ではたらいていて、今は英語とイタリア語を教えていること。
毎週日曜日は礼拝に行くこと。近くに住んでいて、このカフェにはよく来ること。
小一時間ほど話して「またここで会おう」ってお別れした。
それからもたまに会っては近況報告をして、おしゃべりの途中で英語やイタリア語、他にもいろんな言語のレッスンが繰り広げられる。
ステフはとっても博識だ。最後はいつもノートをちぎって「今日のテキストだよ」と微笑んで渡してくれる。短い、けれど、あたたかな手紙つきで。
彼がいつも言ってくれることがある。
「君のスマイルはとてもいい。キープしてね」
「あの日、アヤが笑いかけてくれたから、こんな年寄りでも話しかけることができたんだよ」
それを聞くといつも思う。
ああ、ごきげんでいてよかったなぁって。
笑顔は万国共通だし、言葉の壁をたやすく超えていける。
ごきげんでいるために、すぐにできること。
ひとつは口角を上げること。これが不思議で、きゅっと口の両端を上げるだけで楽しい気持ちになってくる。嘘でしょって思われるかもしれないけれど……(笑)
実は、私も知人から教えてもらって最初は半信半疑。
でも、やってみると効果てきめん。楽しいから笑うんじゃなく、笑うから楽しいっていうのは本当なんだなぁ、と気づく。
もうひとつは自分がにこやかでいられる方法を知っておくこと。
なんでもない日はもちろん、どうしても元気の出ない日、疲れちゃった日がやってきても、自分がハッピーになれる“何か”。
これは人によって全然違うから、自分の心が軽やかであるときに何をしているだろうって考えてみる。
どちらもシンプルなことだけど、日々の慌ただしさの中で置き去りにしてしまいがち。かつて、わたしもそうだった。
ストレス社会で毎日泳いでいるおとなにとって、
ごきげんは努力して手に入れるものなのかもしれない。
いつもにっこりとしている人は、何もしないで楽しいわけでも、ごきげんなわけでもなくて。自分の手でしっかりと「楽しい」をつくっているんだなって気づく。
行きたい場所をマークしておいて予定のついでに足を運んでみたり、会いたい人に連絡をしてみたり、日記をつけて一日を丁寧に振り返ってみたり。
楽しむこと、ごきげんでいることは努力なんだなぁと知った。
自分以外は他人だから、取り巻くすべてを変えることはできない。
相手に「いつも優しくいて」なんて強制することもできない。
嫌なことだって起こるし、避けられない。
たいていのことは自力じゃどうにもできない。
でも、唯一コントロールできるものがある。
自分自身。
あなたの、わたしの、気持ちだ。
友達や恋人とデートをするように、自分の声をじっくり聞いて、自分自身とデートしてあげる日があってもいいと思う。ごきげんでいられるように。
ステフとの出会いのように、誰かの人生に触れるタイミングが訪れたとき、せっかくならいい出会いに、優しい時間にしたい。
相手の人生を変えられなくとも、「君に逢えた今日はラッキーだ」くらいの、ささやかな存在にはなれるかもしれない。
不機嫌で人を動かすのは、赤ん坊。
ご機嫌で人を動かすのが、おとなである。
ごきげんでいる努力を楽しみながら、年を重ねていけたらいいなと思う。
ライター/物書き