離婚から始まる探求の旅【結婚は、本から学ぶ#2】
読書を通じて愛と結婚について考える連載、第2回目の本は、エリザベス・ギルバートの出世作『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書』。本書は愛について深く考えさせられる内容となっており、人生を楽しむ旅が好きな方ならイタリア編だけでも読む価値がある一冊です。
『食べて、祈って、恋をして』との出会い
私がまだサンディエゴに住んでいたころ、『Eat Pray Love』という本が大変話題になっているという話をラジオで耳にしました。それが、この『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書』(エリザベス・ギルバート著,武田ランダムハウスジャパン刊)を知ったきっかけです。
当時はとくに興味を持つことはなかったのですが、ずっと後になって、飛行機の中でこの本が原作の映画を観る機会がありました。ただそのときも、映画を観ただけで満足してしまい、本を読もうとは思わなかったのです。
それから数年後、著者であるエリザベス・ギルバートのTEDトークを観たり、彼女が書いたクリエイティビティについての新刊を読んだりするうちに、その飾らない性格やウィットに富んだ物言い、そして生き方そのものに惹かれ、気が付くとファンになっていました。そして、遅ればせながらこちらの本を手にしてみたのです。
『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書』書籍情報
あらすじ紹介
本書は、エリザベスが6年続いた結婚生活の終わりを悟り、ひとり深夜のバスルームで泣くところから始まります。
当時、夫と建てたばかりのニューヨーク郊外の家に住んでいた彼女は、離婚を決意してその家を出ていきます。それから出会った新恋人との同棲を始めるのですが、なかなか離婚が成立せずに、精神的にも経済的にも苦しむ日々が続くのです。
それでもエリザベスは、以前からやりたかったイタリア語の学習を始め、また「スピリチュアルの師となる人」と出会います。バスルームの床で泣いていたときに神に祈っていた彼女は、このスピリチュアルの師がインドに精神修行の場(アシュラム)を持っていると聞き、いつかきっとそこに行こうと決意。
そして、紆余曲折を経てやっと離婚が成立した後、イタリア・インド・インドネシアを巡る旅に出発し、それぞれの国での経験が、36ずつのストーリーで語られる……という構成になっています。
イタリア編では美味しいワインと食事、綺麗な景色による「心身の癒し」が、続くインド編ではアシュラムでの「精神修行」の様子が描かれます。
そしてインドネシアで、再び心を開いて愛しあえる人との出会いがあり、「自分」を取り戻したような気持ちが芽生えたエリザベスは、再び愛の道を踏み出しても良いのだろうかと葛藤する……というのがおおまかなストーリーとなります。
子どもを望まない既婚女性の葛藤を描く
本を読み始める前にこの小説が書かれた背景だけに注目していたら、「類まれな才能に恵まれた女性が出版企画のアドバンス(本を書くという契約で事前に支払われるお金)を使って、1年にわたり風光明媚な土地で生活するラグジュエリーな自分探しの旅の話」なんて、自分とはあまり関係がないと思っていたかもしれません。
実際に、本書のレビューなどを読んでみても、この設定そのものが共感できないとコメントしている人も少なからずいることは確かです。
でも、そういう心理的なバリアを乗り越えてひとたびストーリーに入り込むことができれば、そこには30代以上の女性であれば共感できるエピソードや彼女の心情の吐露に出会うでしょう。
例えば「子どもをもつべきかどうか」という葛藤もそのひとつです。
イタリア滞在中に、エリザベスの姉・キャサリンが訪ねてきて一緒に観光するところで、エリザベスは(子どもが数人いる姉に対して)自分が子どもを望まないことについて、ひとしきり考えを巡らせています。
アメリカ社会においては、配偶者と家族を築くということは「人生における継続性と意義を手に入れるための、きわめて根本的な手段」であり、家族という継続性のサイクルから意図的に、あるいは仕方なく外れる人は、どんな種類の人間だと思われるのだろう……と、彼女は自問しています。
子どもがいれば、ほかに何をしていないとしても「何かをなしとげた人」として普遍的に理解され、受け入れられる世の中で、自分は作家という仕事を選んだことは幸運だった、とも書いています。世の中の人に「創作のために、家庭をもつことを選ばなかったのだ」と思ってもらえるから、と。
自分自身の人生を不器用に生きよう
一方で、創作をしていても、結婚して子どもを産んでいる作家もいる。だから「創作がしたいから」結婚や子どもをあきらめたというのも、完全に真実というわけではない……と彼女は考えます。
そして「子どもをもつ理由はみんな同じではないし、それが必ずしも利己的とは限らない。子どもをもたない理由も同様だ」としたうえで、子どもが欲しくない、子どもより自分が大事だと感じる私は自分勝手かもしれないけれど、それでも自分自身の人生を生きるしかない、という結論に達します。
それが他の人にはどんなに不器用で無様に見えたとしても、姉のキャサリンの子どもたちから「変わった親戚のおばさん」と思われたとしても、そんな自分のすべてを認めようと思うのです。
創作活動に限らず「ほかの人にどう思われるか」が気になるということは誰にでもありえるでしょう。
例えば私の場合、「キャリア志向で大学院留学までして国連に就職したのに、それを捨てて今では3人の子どもの育児に追われる毎日を送っている」という点だけに注目すると、「それでいいのか(よかったのか)」というセルフトークに苛まれることがあります。
心の底では「人がどう思おうとかまわないじゃない、自分がよければそれで」と理解していたとしても、こういった「心の声」は時に大きく自分自身に降りかかってくるのです。自分が選んだ道を歩む上で、難しい局面を迎えていたりするときは特に。
エリザベス・ギルバートも、(彼女自身が自覚しているように)女性としても魅力的で、しかも作家としての才能に溢れているのだったら、何を悩むことがあるのか? と思うかもしれませんが、この本を書いている時点では、まだ彼女は(世界的には)ほぼ無名といってもいい作家でした。この本が爆発的に売れてとても有名になるのは、旅が終わって少し経ってからのことです。
他の人から「何の悩みもないはずじゃない」と思われるような生き方をしている人でも、時には心の声に悩まされ、立ち止まることもあります。すべての人が、それぞれの立場で自分の人生をまっとうしようとしているのです。
エリザベス・ギルバートのその後
エリザベスが3番目の国インドネシアで出会ったフェリぺと恋に落ちるところで、このストーリーは終わりを迎えます。そして、彼と人生のパートナーとなることを決めた彼女は、紆余曲折を経て結婚することになります。
彼と結婚するまでのストーリーは彼女の『Committed』という本に書かれています。残念ながら邦訳はされていないのですが、こちらも、つらい離婚経験を経た彼女が再び結婚するべきかどうか、結婚という制度自体の歴史や意味を紐解きながら葛藤するストーリーで、とても面白く読みました。
どこまでも自分に忠実に正直に生きるエリザベス・ギルバート。『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書』がミリオンセラーになったことで、もう「これ以上の傑作は生みだせないだろう」という人もいるそうですが、そんなコメントに対して書かれたのが 『Big Magic』という最新刊です。こちらの本は、『BIG MAGIC 夢中になることからはじめよう。』というタイトルで邦訳が最近出版されています。またいつか自分の本を書きたいと目論む私に勇気をくれました。
『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書』は人によってスピリチュアルな面が強すぎる……と敬遠されるかもしれませんが、宗教色はありません。あるのは自分に正直に、真実や男女の愛の形を探求する女性の姿です。
愛する人との関係がうまくいかずに悩んでいる人は、ぜひ手にとってみてください。