育児に及び腰だった夫。息子と2人きりで過ごした日から、彼は父親になった
夫が育児に非協力的でイライラする? そんな人は思いきって夫に育児を任せてみよう。「彼は育児なんてできない」「やり方が下手」などと思わずに。任せることで父親として、子供を育てる自覚が芽生え、結果としてできるようになるのだ。
■夫だけじゃない。わたしも育児は初めてなのに
産前不安だったことの1つに、病院から自宅に戻った後、どうやって生活をまわしていくかがあった。里帰りはしないと決めていたし、実家の母に来てもらうのもいまいち気が乗らなかった。
夫と家事と育児とを分担すれば、なんとかなると踏んではいたが、はたして夫は頼りになるのか。これは新しい生活が始まる、新人母の誰もが持つ不安ではないだろうか。
もともと我が家は、ふたりとも食も住も大雑把だった。食事の支度はわたしの担当だがご飯のメインは盛り付けなど気にせずに大皿にどかんで、副菜は納豆。
食器は棚にしまうことなく、いつも水切りラックから使う。掃除は互いに気が向いたときしかしない(なので、家が汚なすぎて出産前に引っ越した)、洗濯はどちらか気づいたほうがするという分担で生活をまわしていた。
食事の支度は毎日否応なしな分だけ、わたしの負担が大きい気もするが、メニューを好きに決められる、自分の食べたい味付けにできる、といった理由から、むしろ「やりたいこと」でもあり、車の運転だとか重いものを運ぶといった「したくないこと」は夫が担当してくれていたので、なんとなくバランスが取れてはいたと思う。
けれども、そこに育児が加わるとなると、ちょっとこなせる自信がなかった。授乳や世話に手や時間を取られるのは当然のこと、その他の家事だって、以前と同じように適当に済ますわけにはいかないだろう。
産前、育児についての話題に出る度、夫は「いやー、俺は無理だと思う。君に大丈夫でしょ。お母さんになればできるもんじゃないの?」と、わたしに任せる気満々の態度だった。
わたしだって育児は初めてで、手探りでやるしかないのに、なぜ「お母さん」だから自然とできるに違いないと思っているのか。そういうことを言ったけれど「いやいやいや……」とあくまでも及び腰。
育児雑誌で、産後の父親はどう行動するといいかを特集してあるページに付箋を貼って渡しておいたのだか、いつまで経っても読んだ形跡もない。
「自分の子供が生まれるっていうのに、他人事すぎない?」とやきもきしたけれど、生まれたらまた変わることもあるだろうと考えて、この問題は産後に先送りにすることにした。
そして子が生まれた。想像していたよりもずっとかわいくて愛しくて、ずっと腕の中に抱いていたい気持ちだった。一方で夫は嬉しそうではあるけれど、抱っこするのもおそるおそるで、機嫌のいいときは抱いていてくれるものの、泣き始めると「はい」とわたしにパスしてくる。
「渡されても、わたしだって困るよ」と言っても「だって、わかんないし」とあくまでも人任せだ。わからないのは、わたしだって一緒のことなのに。沐浴やおむつ替え、ミルクの作り方は一通り教えたものの、頼めばやってくれるけど、進んではやろうとはしないことも不満だった。
ただし、幸いなこともあった。恐れていたほどには家事が負担にならなかったことだ。今まで仕事をしていた分の時間を割り当てて、手抜き進行でいけば十分にこなせた。
おまけによく寝てくれる子で、夜はしっかり睡眠がとれたし、昼間もたっぷり寝てくれるので、退院後、1週間ほどでゆるやかに仕事も始められた。そこそこには順調なスタートに思えた。ただ、夫の息子に対する不甲斐なさだけが気がかりだった。
■産後1ヶ月前後に起きたちょっとした出来事で
息子が生まれてひと月経つか経たないかの頃だった。外での取材の仕事が入った。1ヶ月検診までは母子ともに外出はしないのが慣例らしいけれども、体力は十分に回復していて、いい加減に家の中にこもっているのにも飽き飽きしていた頃だったから、ありがたく受けた。
取材に出ている間は、夫に見ていてもらう算段をつけたが、運の悪いことに夫のほうも15時から仕事の打ち合わせの予定が入ってしまっているという。それまでには、なんとかして帰ってくると告げ、ひさしぶりの単身で家を出た。
本当は、ついでにどこかでランチでもしようと目論んでいたけれど、授乳して寝かしつけている間に、時間がギリギリになってしまった。残念だったけれど、久しぶりに電車に乗っただけで、ずいぶんリフレッシュした気分だった。
ところが、困ったことに取材がやたらと長引いてしまった。こちらの都合で切り上げるわけにもいかず、14時を回ったところで、「ごめん、帰るの遅れる」と夫に連絡を入れた。「困る」とか「早く帰ってきて」と次々にLINEが届いたけれど、どうしようもできない。
結局家に戻れたのは17時を回った後だった。遅れたことを詫びながら夫から子を受け取ると、打ち合せはどうしたのか尋ねた。すると、怒りながら「連れていった」という。
「えっ、どうやって?」
家には抱っこ紐もベビーカーもあるし子の外出用の洋服も揃えてあるが、まだどれも使ったことはなかった。そもそも、それらのある場所を夫は知らないはずだ。
「いや、仕方なくそのまんま……」
■夫に育児を任せてみるすすめ。「任せられる」ことで変わる
そのときの息子といえば、いかにも新生児らしい純白タオル地のドレス。しかも、よりによって退院時に記念品としていただいたもので、胸に産院のエンブレム入り。
その上から、いつも室内で毛布替わりに体にかけている淡いブルーのおくるみで巻いて、打ち合せのある喫茶店まで連れていったという。喫茶店の人たちも打ち合わせ相手も驚いていたそうだ。
季節は極寒の2月、産院から連れ去ってきたような様相の新生児を連れて現れたんだから、当然のことだろう。夫と息子に申し訳ないことをしたと思いながらも、自分がいない間に困ったことが起きても、対処してくれたことにほっとした。
しかも、そのことがあった日から、夫の息子に対する態度が変わった。前のようにわたしに遠慮していたような態度がなくなり、自発的に面倒を見てくれるようになったのだ。
「ふたりで留守番した日からちょっと変わったよね」と言ったところ、それまでは何かしようとしても、わたしに「そのやり方は違う」と叱られそうでできなかったのが、2人で困難を乗り切ったことで、ぐっと親密な存在として思えるようになったという。
「あの日、家を出る瞬間は子連れ狼の『地獄へ行くぞ! 大五郎』の気分だったよな」と息子に向かって同意を求める夫はすっかり父親の顔をしていた。
産後うつになったという女友達の話を聞くと、配偶者が育児に参加してくれないワンオペ育児だという女性が本当に多い。一方では、たとえ夫が育児に参加できる状況にいたとしても「心配で任せられない」という人もいる。
当の父親本人が「自分には、到底できっこない」と思い込んでいることもある。けれど任せてみると、案外できてしまうものだし、任せられたことでようやくのこと、育てる自覚が芽生えることもあるようだ。
夫と息子が2人で「地獄」に行ったその日以来、夫は前よりもずっと積極的に息子に関わってくれるようになってくれた。こうやって少しずつ、わたしたち新米父母は、子育てに慣れていくのだろう。息子の初めての外出を、夫に奪われてしまったことは少し悔しくもあるけれど、それは仕方ない。