構成=ミノシマタカコ
「引っ越しで人生は変えられる」――はあちゅうさん×速水健朗さん対談・前編
かつて上京した人たちが住む場所といえば東京の西側が中心でした。しかし近年、以前は不人気だった東側、そして価格が高い中心部に人が流れつつあるよう。『東京どこに住む?住所格差と人生格差』を上梓した速水健朗さんと、現在東京都内で2拠点生活をする作家・ブロガーのはあちゅうさんに住む場所について語り合ってもらいました。前編です。
かつて上京した人たちが住む場所といえば、東京の西側が中心でした。しかし近年、以前は不人気だった東側、そして価格が高い中心部に人が流れつつあるよう。『東京どこに住む?住所格差と人生格差』を上梓した速水健朗さんと、現在東京都内で2拠点生活をする作家・ブロガーのはあちゅうさんに住む場所について語り合ってもらいました。
■「鎌倉に住み始める自分」は演出的な意味も?
はあちゅう(以下、は):『東京どこに住む?』は生き方、仕事の本だなと思いました。特に5章は自分に置き換えたりしながら読ませて頂きました。たとえば人の近くに人は住みたがる、や、都会に住むから頭が良くなるといった話は、今まで考えたことがなかったです。
速水健朗(以下、速):一見めちゃめちゃな理論に見えるけど、実際そうとしか思えない現象が起きているんですよね。
どういう人とどういう場所で遊んでいるかが重要っていう話ですよね。実は、この本を書いている最中に、はあちゅうさんと別媒体で対談していて、どこで遊んでるのかとか結構根掘り葉掘り聞きましたよね。はあちゅうさんの『かわいくおごられて気持ちよくおごる方法』は、実際にデートと街の関係についてたくさん語られていて、特に青山の骨董通りのレストランを知っているかどうかで、男のデート力を測れるという話はおもしろかった。だから、わりとこの本のヒントの一つは、はあちゅうさんになっています。
は:うれしいです。ありがとうございます(笑)。
速:もともと住む場所論を書こうと思ったきっかけは、昔なら自由が丘や中目黒、代官山にいた人たちが、ちょっと違う場所に住み始めているんじゃないかという興味なんです。たとえば、もっと東京の東側に住んでいる人の方が、住む場所選びに意識的だったりといった感じです。単に、僕の周りの若い世代は、東京の西側のステイタスのある街にこだわりがなくなっている気がしたので。
は:読んでいて、私の周りにもこういう人がいるなってエピソードがたくさん出てきましたね。鎌倉に住むクリエイターの話では、クリエイターの知人の顔が何人も思い浮かんで。この人たちは、働き方は変えたくないんだな、というのがすごく印象的でした。
速:そっか、住む場所は変わっても、働き方は変わらないのか。
は:日本人は住む場所はいろいろ変えても、仕事する場所は変えないんだな、と。
速:東京だと、会社がオフィスを引っ越すことって珍しくないんです。新しいビルができたらそこに入り、空いた場所に別の企業が入りというふうに、次から次へ、ところてん式に移動していく。それでも都心からは出ていかないんだよね。だから働き方を変えようと思っても変えられない。それなら住み方を変えようと鎌倉に住んだり、通勤のいらない都内に住んだり、自由に選択している人もいる。
は:私は、それをポーズだと思っていて。
速:ポーズ?
は:ちょっと意地悪な言い方ですが、「鎌倉に引っ越しちゃう俺」みたいな。クリエイターっぽさの演出に感じちゃうんですよ。子どもを育てるのにいいからとか、休日は朝市へ行って地元野菜を買う、みたいな生活って、楽しそうだけど完璧すぎるがゆえに作り物めいていて、「うわっ」と思う気持ちもあり。そう言いつつ、10年後私が鎌倉に行っちゃうんじゃないかという不安もあります(笑)。
速:住む場所で、自分のクリエイティビティをアピールするのは、ありかなとも思いますけどね。はあちゅうさんもあのとき偉そうに言ってたけど、今鎌倉です。みたいなことにならないですか(笑)。
は:で、週末に海行ったりして。
速:実際、葉山・鎌倉への移住に関しては、第何次目かのブームになっている気がします。確かに、「どうせ、カッコつけなんでしょ」というやっかみもあるけど、正直うらやましい気持ちはあるかな。都心から1時間の通勤圏内で、海と山という自然があるのは、なかなか他にはない。
は:そうなんですかね。
速:葉山や鎌倉は都心以上に、フェイストゥフェイスのコミュニティが存在している感じ。たまに遊びに行くけど、夜は早く閉まっても、レベルの高い飲食店が多い。本の中で「地元に根づいた」生活が見直されているという話を書いてますが、まさにこれは鎌倉に存在している暮らしですね。単純にいい店があって楽しそうって思っちゃう。
は:鎌倉自体は好きなので、「そこに住んでいる人」には嫌な気持ちは持たないんだけど、住む場所が固定化されている会社員の人たちの、最終的な逃げ場所が鎌倉みたいな感じがして、苦しそうに見えちゃうのかもしれません。「本当だったら長野とかに行きたいんだけど、自分が行けるギリギリが鎌倉なんだよ」みたいな。
速:なるほど(笑)。
■移動時間がクリエイティビティを引き出す
速:はあちゅうさん、ずっと都心暮らしでしょ?
は:都心ですね。彼氏がS区で自分が借りている家がC区。2拠点生活ってすごく不便なんですよ。資料をどっちに送ってもらうとか、今週末はどっちで過ごすとかいちいち考える手間がかかるので、私は1拠点にしたいと思っていますね。あと、2拠点って贅沢病だな、とも。お金持ちって、お金を出してまで不便を買うんだなと思ってます。
たとえばマリーアントワネットって、貴族の贅沢な暮らしに飽きて、バカンスのときは郊外に建てた田園風のお城までわざわざ移動して、乳しぼりや素朴な生活を楽しんでいたんだとか。それが贅沢の究極系かもしれない、と思います。都会で頂点を極めたら、そういうものでバランスをとりたくなるのかもしれませんね。
速:僕は月に1〜2度しか行かないけど千葉の外房に事務所を借りていて、そこにはクルマで1時間半かけて行ってるんですよね。田舎的なものに一切憧れはない人間だけど、なぜ千葉に仕事場を借りたかというと、環境を変えたかった。合理的ではないんだけど、移動することに価値を感じているんです。
は:「2拠点なんだ」と言われると、「そこのレベルに行ったかこの人は……」と思ってしまいます(笑)。
速:でもコストでいうと、葉山・鎌倉に物件を持つのに比べて、かなり安かったんですよ。3分の1から4分の1くらいじゃないかな。
は:そんなに!
速:近接性と遠距離移動のふたつを両取りするというのが僕の戦略です。近所に出版社があって、知り合いがいて、夜遅くまで遊んで帰れるような都心での生活が基本的に気に入ってるんだけど、それだけだといろいろ行き詰まることがある。そんなときに、120キロ離れたクルマで1時間半の仕事場に行くの。「アイデアは距離に比例する」って高城剛さんの名言ですけど、これは本当にあるなって思います。
■人生を変える一番簡単な方法は引っ越し
速:はあちゅうさんの読者やファンで、自分を変えたいという人たちって多くありません?
は:結構いると思います。
速:そういう願望って誰にでもあると思うんですけど、仕事を変えるのは結構大変ですよね。洋服を全部捨てて一新するのも結構大変。でも、引っ越しって意外と楽に何かを変えるための最も手軽な手段だと思っているんです。
僕自身も今住んでいるところに引っ越す前後で、ずいぶん人生変わったなと感じているんです。結果として、今住んでいる場所は成功だった。それ以前の場所とは、エリアもまったく違う場所にしたんです。引っ越しが好きかというと、まったくそうではないんだけど、僕らの仕事って毎日の通勤がないじゃないですか。
は:そうですね。
速:この本でも、あえて通勤をやめる人たちについて書いてます。たとえば、東京は世界的に見ても希な通勤都市。往復2時間くらいかけて通勤している人がたくさんいる。その時間を何に費やすかとか、ライフスタイルの上で大きな意味を持ちます。ちなみに僕の場合は、逆に職場を遠くに借りたことで通勤を作り出した側なんだけど、ライフスタイルの見直しにもなっています。クルマに乗る時間が増えると、ラジオを聞いたり音楽を聴いたりする。
は:確かにクルマに乗るときくらいしかないですね。
速:そう。クルマを運転することで、また音楽を聴くようになった。結婚してから、ラジオや音楽のない生活を10年以上もしていたなと気づいた。今回仕事場を作ったことで、夫婦生活に変化がなくても、生活の変化を作ることができたな、と。
は:私は2つの拠点に煩わしさを感じてしまうので。
速:それはどっちも都心だからかなって気がする。
は:遠いは遠いで煩わしいですよ。電通時代に名古屋に住んだこともあるんですけど、実家に帰るとすごく落ち着いて「こっちが本来の居場所なのに」って思ってしまって。私は東京に住む楽しさを捨てて名古屋に住んでまで、広告の仕事がしたいんだろうか? とかぐちぐち悩んだ時期もありました。
(中編につづく)
中編https://p-dress.jp/articles/2007
後編https://p-dress.jp/articles/2008
はあちゅうさん
ブロガー・作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。在学中にブログを使って、「クリスマスまでに彼氏をつくる」「世界一周をタダでする」などのプロジェクトを行い、女子大生カリスマブロガーと呼ばれる傍ら、レストラン、手帳、イベントをプロデュースするなど、幅広く活動。2009年電通入社後、中部支社勤務を経て、クリエーティブ局コピーライターに。2011年12月に転職し、トレンダーズで美容サービス、動画サービスに関わる。2014年9月からフリーで活動中。
月額課金制個人マガジン「月刊はあちゅう」、オンラインサロン「ちゅうもえサロン」「ちゅうつねサロン」などを運営。著者に『疲れた日は頑張って生きた日 うつ姫のつぶやき日記』(マガジンハウス)、『とにかくウツなOLの、人生を変える1か月』(KADOKAWA/角川書店)、『自分の強みをつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『恋愛炎上主義。』(ポプラ社)『半径5メートルの野望』(講談社)など。雑誌、オンラインメディアなどでの連載多数。催眠術師資格を保有する。
ブログ:http://lineblog.me/ha_chu/
Twitter:@ha_chu
速水健朗さん
1973年、石川県生まれ。ライター、編集者。コンピューター誌の編集を経て現在フリーランスとして活動中。専門分野は、メディア論、都市論、ショッピングモール研究、団地研究など。TOKYO FM『クロノス』にMCとして出演中。『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』『東京β: 更新され続ける都市の物語』など著書多数。
Twitter:@gotanda6
いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。