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女を磨く離婚道 #4 本当に望むなら「幸せな離婚」は実現できる

近藤令子さんが「憎しみを残さない離婚」をしようと決めたのは、現代が「SNS時代」だからこそ。離婚前後で変わらず、元夫との共通の友達がWebとリアルで重なり続ける現実。離婚届はサッと出せたとしても、Web上に築いた出来事や人脈を完全に断ち切って、新たな人生を送ることはできません。近藤さん流・幸せな離婚術とはーー。

女を磨く離婚道 #4 本当に望むなら「幸せな離婚」は実現できる

 いま、離婚を考えている人、あるいは既に離婚に向かって走り出している人、そして離婚を終えて新たな人生を歩み出した人、それぞれに何かしらの傷みや辛さや変化を感じていることでしょう。

 2013年に離婚を経験した私にとって、離婚とは何だったのか? この文章を書くにあたって、たくさん考えました。

 そこで出た結論は、離婚は、私が私らしくあるために必要不可欠な通過点であり、これからの生き方を見つめるための大切な機会だったということです。

 それと共に、離婚を前に襲いかかってきた様々な感情と向き合い、許容し、乗り越えたことで、より幸せになれた、と感じています。

 今回、初めてこのDRESSに寄稿するきっかけをくれた友人の紫原明子さんも、離婚を通して「女としての新たな生き方」を手にした人ではないでしょうか。彼女にならって、私も自分の経験した「離婚」という、ハードだけれど有意義だった出来事を、Web上で初めて振り返ってみます。離婚をめぐって、悩みや不安を感じている人の気持ちが少しでもラクになる一助になれば幸いです。

■離婚を決めた夜から私は走り出した

 離婚を決意したとき、これからどうやって、この過酷なライフイベントを乗り越えるべきか、まったくその術がわからず途方に暮れました。

 それもそのはず、結婚だったら、パートナーと手を取り合って計画を遂行できる。もちろん結婚の準備だって大変ですが、幸せなゴールという圧倒的な目標があります。けれど、離婚はそうはいきません。さてどうしたものか? どんなふうに離婚までの道のりを進んでいこう? どうやって離婚後の人生を切り拓いていこう?

 結論の出ぬまま、その日、私は夜の街を走り出しました。そう、にっちもさっちもいかなくなって、「とりあえず」走り始めたのです。

 深夜や明け方、ランニングのアプリを起動し、iPhoneのイヤホンを耳に装着し、独身時代から好きだった音楽を聴きながら黙々と走りました。ランニングは退屈で仕方がないと思い敬遠していたのに、なぜかそのときは走る以外に選択肢はないと信じていました。

 京都大学の学生が集う左京区の繁華街を抜け、マンションの灯りがともる北山通りを通過し、クルマのヘッドライトが眩しい河原町通りから鴨川の橋を渡って自宅に戻ると、ちょうど10kmの行程でした。大雨の日にずぶぬれで走って、通行人から変な目で見られたことも何度かあります。きっと、鏡では見たくないような鬼気迫る表情で走っていたのでしょう。

 走り続けるなかで、様々な思いに襲われました。憎しみ、迷い、怒り、恐れ、不安……。次々に浮かび上がる負の感情が肉体のしんどさと混じり合い、脳内が泥まみれになったような感覚に襲われました。それを振り切るように走り続けました。

 身体と心は密接につながっています。心理学者が集う大学の研究所で仕事をしていることもあり、身体と心のつながりについての研究事例を目にすることが幾度となくありました。比叡山の修行僧が千日回峰行で荒行をするように、私はハードなランニングを通して肉体を追い込むことで、乱れる心を整えようとしていたのでした。無意識のうちに。

 3ヶ月ほどが経過し、体重が5kg減った頃には、闇の中をさまようような感覚から徐々に開放された自分がいました。突然、走るのをやめました。もう必要を感じなくなったのです。そして、あることを決意しました。

■「絶対に憎しみを残さない離婚をしよう」

 それは、「絶対に憎しみを残さない離婚をしよう」ということでした。

 お金の問題の解決や、自分の立場やプライドを守ることはもちろん大切でしたが、それより重要なのは、今回の離婚後に「誰をも不幸な気持ちに陥らせない」ということでした。息子も、元夫も、双方の家族や身近な人たちも。そして誰より自分も。

 もちろん完全に周囲を傷つけない方法などはありません。離婚届を出すまでの過程には、様々な面倒な作業が待ち受けています。けれど、物事を成し遂げるには、「スタンス」が必要です。私が決めたスタンスは「憎しみを残さない離婚」でした。

 長年の結婚生活によって様々な面で自信を失っていた私ですが、ほんの十数年前には、仕事も人生も存分に謳歌し、夫になる男性と劇的な出逢いを果たし、互いに魅力を感じ合って結婚しました。まぎれもない事実です。

 けれども、歳月は人も状況も変化させます。ちょっとしたすれ違いが大きな不具合をもたらすことだってある。それが人間同士の生活であり、結婚の難しさです。今の夫婦のまま軌道修正できる人もいれば、思い切って関係を解消してやり直そうとする人もいる。どちらが正しくて、どちらが間違っているか、答えはありません。

 私に関しては、前向きに離婚することによって再び自分らしい生活を取り戻すことを選びました。同じように、彼にも人生を再スタートしてもらいたい、彼らしく輝き、幸せになってほしい。共通の宝物である息子の成長を協力し合って支えながら。

 そのためには、たとえ困難であっても憎しみをわずかでも残さずに、幸せな離婚を実現するための努力をしよう、と心に誓ったのでした。その後、心がくじけそうになるような億劫な作業はたくさんありましたが(あたりまえですよね、離婚ですから)、感情的な言葉の応酬も傷の与え合いもなく、つつがなく離婚の日を迎えました。

 結果的には、いま、元夫とは一人息子をはさんで良好な関係を保っています。彼が常に未来志向で合理的な判断ができる人だったことも大きな要因です。結婚も、起業も、そして離婚も二人にとっては前向きに取り組むべきプロジェクトでした。

■「SNS時代」に離婚するということ

 「憎しみを残さない離婚」を目指した理由のひとつには、夫が起業し、それを私が支えたインターネットサービスやSNS(ソーシャルネットワークサービス)の存在があったと、今になって考えます。

 15年前に彼の起業を手伝ってWeb業界で仕事を始めてから、私たちはほぼすべての人脈をWebで共有し、リアルも非リアルも含めた仲間たちと親密な関係を築き上げてきました。 
 たとえば離婚をする直前、Facebookにおける私の友達の3分の2以上は、もともと彼の友達でした。Twitterのフォロワーも多くが重なっていました。互いがWebに存在する以上、離婚後もきっと同じ世界でリンクし続けることは確実でした。

 互いに憎しみを残したまま離婚したら、その後もずっとWebを通して不幸な空気を共有するのではないか。絶対にそれを回避したい。長年、Webの世界で生きてきた人間としての自衛策であったともいえます。

 何より切実に「離婚後も幸せでありたい」という強い願いがありました。

 過去を断ち切って人生をやり直すことはできません。ましてや、現実同様に自分が存在するWebに記録されている様々な出来事や人脈とは、そう簡単に別れを告げることはできません。離婚届は出せても、過去の生活を完全に断ち切って人生をリスタートすることはできないのです。

 だとすれば、別れた相手との思い出も、これまでに築き上げた人とのつながりも、すべてを自分の一部なのだといったん受け入れ、その上で、整理できる情報は整理し、私らしさという色を重ね塗りして新たな人生を始めたい、と思ったのです。そしてそれは正解でした。

 いま、頻繁にSNSに登場する別れた夫に関する情報も、穏やかな心で眺められます。もしこれが、互いに憎しみを残したまま別れていたとしたら……。現在のWebとの関わり方は相当大きく変わっていたと思います。Webだけでなく、現実の暮らしにおいても、たくさんの陰を生み出していたかもしれません。

 友人たちからは、口々に「離婚したのに、とても良い関係を保っているね」と言われています。「不思議だけど、実現可能なんだね」とも。そんなとき、ニコニコと笑える私がいます。

■「前に進む勇気」を手に入れる方法

 もちろん、ここに書いたのと同じことを誰もが実現できるとは思えません。人によって離婚の動機は違うし、相手に対する感情も、相手の態度も違うからです。

 けれど、「離婚後にどんな自分でありたいのか」「どうすれば幸せになれるのか」に思いをめぐらし、自分なりのスタンスを決めることは大切です。

 信頼できる友人や家族のアドバイスをもらうことも必要ですが、何よりも重要なのは、離婚というハードなマラソンの当事者である自分自身の気持ちとじっくり向き合ってみること。離婚相手や、周囲の人の言動にとらわれすぎていないか、ときには自分の殻に閉じこもってでも、心を静かにできる環境を作ってみること。きっと、気持ちがラクになり、前に進む勇気が湧いてきます。

 今でも時おり、夜の街で重い脚と暗い心を引きずって走り続けた当時を振り返り、「あのとき、苦しんで良かった」と、自分を愛おしく思います。

 本当に望むならば、幸せな離婚は実現できる。そのための努力はいくら払っても払うだけの価値はあります。自分自身が次に進み出すためにも。身近な人たちと共に、もっと幸せになるためにも。

近藤令子さん
大阪府堺市出身。京都在住。京都大学こころの未来研究センターで広報業務に携わりながら、ときおりWebの片隅でブログ、エッセイを執筆。90年代は大阪と京都でスポーツイベントの司会やライター業に従事。2001年からは夫(当時)が設立したインターネット企業「はてな」の創業メンバーとして、会社とスタッフの成長を支える。2013年に退職ならびに離婚し、現在にいたる。2014年5月に京都市内でレンタルスペース&キッチン “Place Moment(プレイス・モメント)”を開設。小学生の息子とふたり暮らし。
http://place-moment.net/
Instagram: https://instagram.com/reikon/
Facebook: https://www.facebook.com/reikontan

近藤 令子

インターネット企業「はてな」創業メンバー、京都大学こころの未来研究センター広報を経て2018年春からアメリカの仲間と共にアプリケーション&プラットフォーム企業「Voice4U(ボイスフォーユー)」を設立。京都在住。10歳の息...

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