始まる前の不安は始まった途端に終わる
未来のことを心配しても仕方がないし、ひとたび始まってしまえば「解夏」なのだ――2人目育休からの職場復帰を控えた中野円佳さんが気づいた、始まる前の不安との向き合い方。
昨年、第2子の妊娠後期に小島慶子さんと対談をさせていただいたとき、お二人目の育休からの復帰の直前に「不安障害になった」というお話を伺いました。2人目になれば慣れたもので、さくさくっと復帰するものかと思っていたので、その時は意外な印象を受けました。
育休明け部下を持つ管理職が注意すべき点として「慣れていると思っている2人目育休からの復帰社員は、いきなりエンジンを全開にできると思いがち。でも、2人の育児はまた別なのでフォローを厚めにしましょう」というアドバイスがあげられているのを見たこともあります。そのときはフーンと思っていました。
ところが、今私はまさに2人目育休からの復帰で「めちゃくちゃ不安」な状態にあります。我が家の場合、これまで上の子を無認可の2歳児までの小規模保育園に通わせていたために下の子が保育園に入るタイミングで上の子も転園となってしまいました。
上の子はただでさえ妹が産まれてからやや不安定で、慣れていた保育園ですら行かないと言い張ることも。0歳児はまだ人見知りもなくベビーシッターさんに預けられてもニコニコしていますが、3歳児は行かないと決めたらテコでも動きません。
加えて、4月からは認可保育園には何とか入れたものの兄妹が別園となってしまい、特に下の子の保育園がなかなか遠いのです。朝、2人の準備をさせて、どのような順番で送るか。帰りは。そして今はいいけど今後、下の子の離乳食がはじまったら?動き出したら?歩き出したら?イヤイヤ期がはじまったら?…と考え始めると気が遠くなります。
実は上の子の転園ができなければ幼稚園に行かせることも考えていました。預かり保育つきで園庭が魅力的な幼稚園に行けそうだったので、最後まで非常に悩みました。距離的な問題やフルで仕事をする親が基本という点で結局は保育園にしたのですが、こうした「3歳の壁」で、もう仕事を辞めてしまおうかなと思う人がいるのも正直、納得です。
この不安な状態は上の子にも伝播してしまい、「ドラえもんに、いやなきもち吸い取り機っていうのを出してもらって、吸い取ってほしいの」などと言い出す始末。ううう、不安にさせてごめん…、大丈夫だよ、大丈夫。と、子供に言いつつ自分に言い聞かせます。
それで思い出したのが、「解夏」という映画です。大沢たかおさんと石田ゆり子さんが主演、坂の多い長崎で撮影された美しい映画で、さだまさしさんの『解夏』が原作です。ややネタバレになってしまうので、これから観たい方はこの先を読まないでいただいたほうがいいかもしれないのですが、その中で、とても印象的なセリフがありました。
大沢たかおさん演じる主人公は徐々に目が見えなくなる病気と闘っています。その不安に押しつぶされそうなとき、訪ねたお寺で、修行僧たちが座禅を組んで共同生活を送るのを夏安吾(げあんご)と言い、それが終わる日のことを「解夏」と呼ぶという話を聞きます。
そして、「失明した瞬間に、『失明するという恐怖』からは解放される。その日が、あなたにとっての解夏ですな」ということを言われるのです。これが、タイトルになっていることからも分かる通り、この映画(小説)全体のテーマになっています。
私は第一子の妊娠前に「一体いつ産んだらいいんだろう」「今妊娠して仕事はどうなるかな」と不安になっていたのが、妊娠した途端その悩み自体がなくなり「解夏みたいだな」と思ったことがあります。去年第2子出産の前も、入院している間どうしよう?2人育児できるかな?ととても不安になっていて、いざ出産してみて2人育児が始まってからのほうが気持ちとしてはずっと楽だったという経緯もあります。
たぶん、私も、そして多くの育休から復帰される方々は、そもそも保育園に入れなかった方も多い中で恵まれているとはいえ、4月になると多分ものすごく大変ではあります。その遥か手前で、いずれ訪れる「仕事と育児の両立」という難問に早くから不安を覚える若い女性も多いかもしれません。
でも、実際に「大変になる前」の方が不安はきっと大きい。いざその渦中に飛び込んでしまえば、もうあとは何とかなる、何とかするしかないのです。
我が家の上の子は0歳から通った大好きな保育園での生活があと残すところ1か月。機嫌よく過ごしている彼を見ると、4月から新しい環境で当分泣きわめくことになるのが可哀想になってきます。私自身も、まるで今の幸福が永遠に失われてしまうような気がしてきます。
でも、せっかく幸せな今を、先の心配で塗り固めてしまっては勿体ない。心配しても仕方ないし、始まってしまえば「解夏」で不安はなくなります。少しずつ暖かくなる3月の日差しの中で、不安はいったんわきに置いて、今このときを存分に味わって過ごしたいと思います。