LINEグループに「もう限界」 介護と育児が同時にやってくるダブルケアから、自分の人生を救うために
親の介護と子育てが同時にやってくる「ダブルケア」が、近年増えてきています。ダブルケア当事者や専門家のインタビューから、自分にも来るかもしれない「いつか」に心づもりするためのヒントを探りましょう。
家族や親族の介護と、みずからの子育てが同時に発生する「ダブルケア」。出産年齢が高齢化したり、きょうだいの数や親戚付き合いが減っている現代において、めずらしいケースではありません。
「育児と介護のダブルケアの実態に関する調査」によれば、ダブルケアを行う方々は25万3千人。そのうちの約8割は、30~40代が占めると見られています。女性への負担が大きいことや孤立化しやすいこと、子育てへの影響が大きいことなどが問題だとされているダブルケア。ここでは、3人のダブルケア経験者と、ダブルケアを研究する横浜国立大学の相馬直子さんへのインタビューを通じて、その対応策や心がまえを探っていきます。
※「ダブルケア」という言葉は横浜国立大学の相馬直子さんと英国・ブリストル大学の山下順子さんが共同研究を進める中で生まれた造語です。
■子どもを優先できなくて、泣いた日もあった
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夫と小学生の娘ふたり、両親と暮らす久保あかりさん(40歳)は、父とともに母を介護しています。母は7年ほど前、62歳で突然倒れ、右半身不随に。あかりさんは1歳と3歳の姉妹を育てながら家事をこなし、病院に通うだけでも大忙しでした。
退院後は自宅で過ごしたいという母の希望を汲んで、同居と在宅介護を決意。そのためにバリアフリーのためのリフォームもしなくてはならず、動きまわる次女を制しながら実家の荷物を整理するのが、本当に大変だったといいます。
でも、母の転院はすべて私が段取りしていて、ほかの家族には任せにくい。夫は仕事が忙しくて頼れないうえ、翌日は長女の幼稚園ではじめてのお弁当の日でもあり……私がしないといけないことだらけで、次女を入院させることを即決できなかったんです。次女を最優先するべきなのに、頭ではわかっていても実際にそう決断できない自分が悲しくて、泣いてしまいました」
最終的に、母の転院については父に引き継ぎ、長女のことは夫に任せられたというあかりさん。同居介護が始まってからはさまざまなお世話を父と分担しているけれど、それでも子育てがある限り、負担はなかなか軽くなりません。母が漏らした便を処理しているところに、姉妹がケンカしながら転がり込んできて、もう幼稚園バスのお迎えも来てしまう!……なんて朝も、しょっちゅう。
このままではメンタルがやられてしまうと感じ、あかりさんは、一日一回は自分の時間を確保するように。家族が寝ている夜のうちに、ジムに行ったり漫画を一気読みしたりして、ストレスを発散していきます。父と介護の悩みを共有できたことも、心のケアに役立ちました。「そうでなければ、もっと追い詰められて誰かを虐待していたかもしれない。そういう事件があるのは、正直理解できるんです」と語ります。
ただ、ダブルケアの中にも癒される瞬間があるのだそう。
■「パートだから時間の余裕があるはず」家族の無理解
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松田瞳さん(44歳)は、通信制の大学で心理学を学びながら、保育士としてパートで勤務。夫と高1・中2・小6の子どもたちと暮らしています。車で15分ほどのところに住む義両親が、今年の春、続けざまに介護が必要となりました。
下の子どもたちはもうあまり手がかかりませんが、高校生の長女は自律神経の病気を患っており、こまやかなサポートが必要。学校に行かず「死にたい」とふさぎ込む日もあるため、瞳さんはじっくり時間をかけて話を聞き、寄り添ってあげたいと考えています。一方で、義両親の通院に付き添ったり、日用品を買い物に出かけたりと、介護のタスクも少なくありません。夫や義兄からの「パートの瞳さんは時間の余裕があるからできるはず」という視線も、ストレスの一因でした。
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子どもたちの大学進学費用のため、本当なら今ごろフルタイムでの勤務を考えていたという瞳さん。介護と長女のケアで思うようにいかず、今後も読めない状況です。
そうすれば、子どもとの時間をしっかり楽しめて、いい気分転換ができます。ときには、自分自身のキャリアが、介護の犠牲になっている気がしたりもするけれど……そういうときには、まず『自分が何をしたいのか、どこにいたいのか』を考えます。私はやっぱり、家族のなかで幸せに過ごしたい。それを思い出せば、いまは仕事を先延ばししても、ダブルケアを頑張ろうと思えるんです」
■同じ境遇の人たちと、助け合えたら
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遠山若菜さん(48歳)は、夫と中2の息子と3人暮らし。徒歩10分ほどのところに両親が住んでいて、80歳の父が母を老々介護しています。週2回のデイサービスや週3回の訪問看護といった外部サービスをうまく活用してはいるけれど、夜間は一晩に数回のトイレ介助が必要。
対応している父は、なかなかゆっくり眠ることができません。バセドウ病を患っている若菜さんも、働きながらしばしば実家に立ち寄って、細々としたサポートをこなしています。
一方で、息子の中学からは『ヤングケアラーとダブルケアラーの集い』という案内が配布されました。学校を通じて、一斉にそういうアナウンスがもらえるのはありがたいですね。私もそうですが、自分自身がヤングケアラーやダブルケアラーだという自覚がない方は多いもの。なんとかつながる機会を得て、同じ境遇の方々と助け合いたいです」
■介護者のメンタルを支えるのは「ひとりで抱え込まない」「駆け込み寺のような場とのつながり」「ケア友やパートナー」「仕事」
こうした声を踏まえると、たとえ介護の体制がある程度整っていても、苦しい場面は決して少なくないことがわかります。
まずは、介護者のメンタルケア。時間的・体力的な厳しさを乗り越えたとしても、心の負担はなかなか軽減できないようです。ダブルケアを研究する横浜国立大学の相馬直子さんは、介護者のメンタルを支えるのに有効な3カ条として下記を挙げました。
①絶対にひとりで抱え込まないこと
②当事者同志で共感したり愚痴を言い合える「駆け込み寺」のような場に、いち早くつながること
③「ケア友・パートナー」をつくること。
リアルな場で打ち明けづらい方には、オンラインでの交流がおすすめ。Twitterやブログを検索してみると、ダブルケアの話をする専用アカウントを持つ人や、全国の当事者ネットワークが結構増えているんです。フォローして情報収集するだけでも全然いいし、思い切って自分の話を書き込んでみるのもいい。とくに、介護でつらい気持ちになりやすい夜中は、アカウントの動きが活発だったりします。そこをチェックしてから『1日お疲れさまでした』と自分自身をいたわることも大切です」
相馬さんはもうひとつ、パートナーとの良好な関係づくりも大切だと話します。
30~40代の一般的なダブルケアラーは、自分もパートナーも働き盛りで、もっとも忙しい年代。そういうときこそ、信頼できるパートナーシップが役に立ちます。それはダブルケアのためだけでなく、生きていくために大切な基盤であるともいえますね」
さらに「仕事」も大事です。仕事をしている時間は介護から離れられるため、ある意味「逃げ場」になるから。
■介護が始まる前から、子どもとの信頼関係を築きたい
また、親の介護が子どもに与える影響も気になるところです。
最初に紹介したあかりさんのケースでは、子どもも遊びを通じてリハビリに参加したり、日々のお世話を手伝ったりしていました。「誰かの手を借りて生きていく」風景が当たり前にあることで、子どもが優しく、自然と助け合える性格に育ったという話は、相馬さんの調査でもよく聞かれます。
子どもから直接そう指摘されたケースだけでなく、自分自身の罪悪感から、子どもにトラブルがあったときの原因を介護だと考える親御さんも多いようです」
解決策のひとつは、なんとか子どもを優先すること。親の介護をできるだけアウトソースして、子どもと向き合うための時間を確保するのです。
それから、子どもとの信頼関係もキーになってきます。
介護は突然始まるもの。すべての準備を完璧にしておくことはできません。だからこそまずは、日ごろから家族との信頼関係を築いておくことや、基本の情報収集がポイントだといいます。でも、突然やってくるダブルケアも多く、とにかく「ひとりで抱え込まない」ことが一番大切です。
目をかけなければいけない家族が増えるほど、毎日が大変になり、うまくいかないのは当たり前。「うまくいかないこと」を前提に、自分たち家族のバランスをどう取っていくか考えていきましょう。
ダブルケア相談先:一般社団法人ダブルケアサポート
取材・Text/菅原さくら
専門家プロフィール
相馬直子
1973年生まれ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授。子どもや女性が自由に生きられる社会の条件や道筋について、家族政策の比較研究から考えている。著作に、『ひとりでやらない 育児・介護のダブルケア』(山下順子氏と共著、ポプラ社、2020年)、『子育て支援を労働として考える』(松本洋人氏と共編、勁草書房、2020年)がある。
※ 記事中で経験談をお話しくださっている方々は、すべて仮名です。
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