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この人にはもうなにも届かないとわかってしまった日のこと

連載『ごめんなさいの行方』では、心の底から謝りたいけれど、もう会うことができない相手との話を聞いていきます。いまはもう別れた彼女への気持ちを話してくれたのは、とある制作会社に勤める荒波さん。自分とはなにもかもが正反対だった彼女に、もう伝えられないことと、伝えたかったことについて。

この人にはもうなにも届かないとわかってしまった日のこと

別れた4日後だったんですよ、この連載で聞いてもらおうと思って文章を送ったの。あのときはもう頭がワーッってなっちゃってて、とにかくどこかに吐き出したくて。

すごい感情的なメールじゃなかったですか? 恥ずかしい。私、いままで生きてきて他人にものすごく怒ったことってなかったんですけど、別れたときに初めてキレちゃって。彼女のことがわからなすぎて。いや、というか付き合ってるときからずっとよくわからない人だったんですけど。

■「女の子好きになったことある?」

初めて会ったのは3年くらい前になるのかな。私も彼女も別々の美術系の大学に通ってて、いくつかの大学を集めてやるアートプロジェクトみたいなのに参加してたんです。

最初に会ったときから、私の周りにはいないタイプの人間だなと思ってました。同い年なんですけど、頭がいいっていうか、物事を論理立てて考えられる思慮深い人で。センスもいいし、私にはないものを持ってて、すごいやつだなって。それですぐ友だちになったんですけど。

1年前かな、大学の課題の作業をしながら彼女と電話してたんですよ。そのときに「荒波って好きな人いる?」って聞かれて。いないって言ったら、「女の子好きになったことある?」って。

私たしかに女の子を好きになったことはあったんですけど、一度だけだったのでそれは気の迷いだったのかな、とか思ってて、自分がバイセクシャルなのかどうかはよくわからなかったんです。それでうーんって考えてたら、「変に思われるかもしれないけど、私は荒波のことが好きだよ」って言われて。彼女はいままで女の子のことしか好きになったことがないみたいで。「男怖いしさー」って。

そのときはまだ友だちとして彼女のことが好きって感じだったんですけど、「付き合わない?」って聞かれて、まあそれもいいか、付き合ってみるかって思って付き合い始めました。

■自分とはなにもかも正反対の彼女

で、なんて言えばいいんだろ……ふふふ。付き合ってくうちに、自分のほうがすごい好きになっちゃったんですよね。私はすごく感情に波があるタイプなんですけど、彼女はすごくフラットで、自己肯定感が高くて。

大学で作ってた作品も、私は立体作品作ってて、彼女はインスタレーションっていうか、場を作るみたいな感じので……正直全然わかんないんですよ。でもそのわからなさもいいなと思って。自分とはなにもかも正反対だったから、そこに憧れてたのかもしれないです。

彼女が私のどこを好きなのかっていうのは聞きたかったんですけど、ずっと聞けませんでした。私、小学生のときすごく太ってたことがあって、いまでも自分の見た目に自信ないんですよね。コンプレックスも多くて、なんて言うんだろう……悪いことをしてるわけじゃないんですけど、ずっとぼんやり後ろめたいみたいな気持ちがあって。

彼女はきれいな人だったし、私に好きって言われても困るだろうなと思って、愛情表現はあんまりできなかったです。怖くて。あなたのこういうところがすごく好きで、って頑張って伝えたことが一度だけあったんですけど、「へーそうなんだ」って返されたのがショックで、それもあってあんまり言えなくなったのかもしれない。

ほんとにいつも飄々としてる人だったんですよね。動じないっていうか、他人を絶対に否定しない代わりに自分の気持ちも全然言わない人で。デートで行く場所とかも、私がいつも提案してました。ここ行きたいなって言うと「いいんじゃない」って。嫌だ、って言われたことは1回もなかったんじゃないかな。それはそれで悲しかったんですけど……でも、常にフラットでなにを言っても動じないから、私がしんどいときは電話でずっと話を聞いてくれたりもして、それは本当にありがたかったです。

■「結婚でもなんでもして死ねばいいのに」

お互いにあんまり休みが合わなくて、会う頻度は1カ月に一度くらいでした。ここ最近はもう、会うたびに彼女がどんどん変わってってる感じがして。

いつもそっけないし、男の人に口説かれた話とか平気でするんですよ。それをなんで私に言う? って。私、付き合ったことのある男の人がふたりいるんですけど、そのうちのひとりには浮気されて別れてるので、浮気に対する嫌悪感がすごい強いんです。だから、「浮気しそうになったら言ってくれ」とはずっと言ってて。それでも毎回男の人の話をしてくるから、これは暗に私に察しろと言ってるのかなって。私から別れを切り出してほしくてそういうことを言ってるんだとしたら、腹立つなって思ってました。

別れたのは今年の8月です。夏祭りに行く約束をしてて、いっしょに浴衣着ていこうねって話してたんですけど、前日に「やっぱり浴衣やめよう」って言われて。

お祭りのあと、居酒屋で飲んでるときに別れ話をされました。なんか彼女、男の人ふたりくらいから口説かれてる状況だったらしくて。ひとりは流したけど、もうひとりのほうは私も嫌いじゃないから付き合おうかな、みたいなことを言ってましたね。別に彼女がその相手のことを好きになったわけではないみたいなんですけど、「人生1回だけだし、男の人と付き合うことも経験してみたい」みたいな。好奇心旺盛な人なのでそういうことをするのは予想がまあついたんですけど、「でも、女の子のなかでは荒波がいちばん好きだよ」って言われて、その言葉にさすがにカチンときてしまって。

「結局男かよ」って言いました。傷つけてやりたいと思って。彼女、自分が老いていくのがなによりも怖い、結婚も出産もしたくないってずっと言ってた人だったので、そのあとに「結婚でもなんでもして死ねばいいのに」って言ったら、「そうだね」って笑ってました。

■この人にはなにも届かないんだ

その居酒屋、隣に子ども連れの家族がいたので、店替えようかってことになったんですよ。私も彼女もけっこう飲んでたんですけど、店を出たときに彼女が手を差し伸べてきて。たぶん、酔ってるから支えようとしてくれたんだと思うんですけど。

私それで本当にプツンときてしまって、ビンタしました。彼女の頬を。1回思いっきり叩いて、はっとして相手を見たら頬を押さえてて、それ見てたらなんか思わずもう1回ビンタしてしまって。眼鏡が飛んだんですけど、彼女、なにも言わないんですよ。普通そんなことされたら、痛がったり怒ったりするじゃないですか? でも頬押さえたままでなんにも言わなくて。それ見てたらもう、あー本当にだめなんだ、この人にはなにも届かないんだってわかっちゃったんですよね。

それから店を替えて、ヤケになってもう日本酒3合くらい飲んだんですけど、帰り道で急にしんどくなっちゃって、ワーッて泣きながら友だちに電話しました。別れ話のときに「荒波、このあと私の連絡先とかぜんぶ消しそうだよね」って言われたのがめちゃめちゃむかついたので、家に帰ってから本当に彼女の連絡先ぜんぶ消して、彼女のSNSとかも見ないようにして。もらったものとか、化粧品とかもその日にぜんぶ捨てました。

それからはずっと腹が立って腹が立って仕方なかったんですけど、別れてから1カ月くらい経って、じわじわと罪悪感が湧いてきたんですよね。私が「結婚でもなんでもして死ねばいい」って言ったとき、彼女いつもどおり飄々としてましたけど、本当はすごく傷ついてたのかもしれないって思って。わからないけど。絶対言っちゃいけないことを言っちゃったと思うんですよ。

それに、彼女のわからなさにばっかり腹を立ててたけど、付き合ってたときって私も私で本音を言えてなかったじゃんって。本当は愛情表現とかももっとちゃんとできたらよかった。いまとなってはそれにもごめんって思います。

復縁はしたいとは思わないです。まったく。やっぱり彼女と付き合ってるときってずっとしんどかったので、別れたあとは肩の荷が下りたっていうか、ちょっと清々したのも本当なんですよ。もうしばらくは人とも付き合わないと思います。

友だちにはもう戻れないと思うから、1年くらい経って私の気持ちがもし落ち着いたら、彼女にちゃんと謝りたいって思います。ちゃんと謝って、「じゃあね、それじゃ」って別れたい。

***

あ、そうだ……いま大きい駅に「人をぶっちゃダメなんだよ」ってポスター貼ってあるのわかります? 暴力防止のための啓発みたいなやつだと思うんですけど。

あれ見るといっつも彼女をぶっちゃったの思い出すんですよ(笑)。ふふふ。ビンタはね、絶対ダメでしたよね(笑)。たぶんもうしばらく、見るたびに思い出すんだと思います。

生湯葉 シホ

1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。

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