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居心地のいい暮らしを叶えるために、“なんとなく”を手放した

「平成元年に生まれた私も、7月には30歳」。20代の終わりを前に4度目の引っ越しを決めた、編集者のまほぴさん。“なんとなく”をやめ、居心地のよい生活を手に入れるために、最後に手放すものとは。

居心地のいい暮らしを叶えるために、“なんとなく”を手放した

最後に残ったものは、黒猫の小さなイスだった。

クローゼットの奥の、段ボールの底の方にそれはしまってあった。手に取った瞬間、懐かしさがこみ上げてくるとともに、なんだか途方もなく遠いところまで来たような気持ちになる。購入当時の私は18歳で、高校生だった。今の私は29歳で、7月に30歳を迎える。

■住んでいる部屋が、心地よくない

初めての引っ越しは、18歳の4月。大学進学のため上京し、そこからひとり暮らしが始まった。最初の住まいは大学から2駅隣の町にある学生専用マンションだった。7畳のワンルームで、お風呂とトイレが一緒になっているユニットバスタイプ。当時インテリアにはまったく関心がなく、とりあえず住めればいいと思っていたので、家具は家族が選んで買ってくれたものを使っていた。

収納や整理整頓の才能は驚くほどなかった。欲しいものはすぐに買ってしまうので、文庫本、マンガ、新書などさまざまな書籍が瞬く間に増殖していった。本たちが勝手に細胞分裂をして増えているんじゃないかと思うくらい、増えるスピードは早かった。本棚に収まらないものは床から積み上げてタワーにした。

2回目の引っ越しは、22歳の4月。広告制作会社への就職が決まり、職場の近くに引っ越した。6畳のワンルーム。心おきなく湯船に浸かれる生活がしたかったので、トイレとお風呂が分かれている物件にした。日当たりが良くて気に入っていたけれど、玄関から入ったらすぐに寝室という変わった間取りだったのと、家賃が高めだった。

3回目の引っ越しは、25歳の8月だ。隣人から身に覚えのない苦情を受け、暮らしにくくなってしまったのがきっかけだった。大家さんに相談をして紹介してもらった、中野坂上の駅から徒歩4分のところに引っ越すことにした。

6畳1Kの物件。キッチンは3畳くらいあり、お風呂とトイレは別。築40年だけどフルリフォームされていて部屋はきれいだった。何よりお風呂に追い炊きがついているのに家賃がそれほど高くないのが魅力的だった。木造だから隣人が夜中に歌っている声がよく聞こえたけれど、それほど気にならなかった。むしろ、隣人が神経質ではないことに安心してよく眠れた。


大学進学、就職、隣人からの苦情。
これまでの全ての引っ越しには、外的な理由があった。

引っ越しや家具の買い換えはお金がかかる。そのためベッドや本棚など、最初のひとり暮らしのときに揃えた家具をずっと使い続けてきた。シングルベッドは10年使っていたので、寝返りを打つと大きな音で軋んだし、無理矢理本を突っ込んでいた本棚は、棚板がゆがんでたわんでいた。

しかし古くなった家具や、整頓されていないたくさんの物に囲まれて暮らすうちに、少しずつ居心地の悪さを感じるようになっていった。住んでいる部屋が、自分にとって心地よいものになっていないと気づいた。

同時に「健やかに生活したい」という思いが芽生えた。
職場が変わり、終電やタクシーで帰る生活から18〜19時に会社を出る生活へシフトしたことが自分の価値観に影響を与えたのかもしれない。健康やストレスについての理解を深める本を読んだり研修を受けたりして、「無理をせず穏やかに過ごすこと」の大切さと難しさを意識するようになった。

何をするにも資本となるのは、身体と心だ。目の前のことや「今」を楽しむためには、健やかに生活することが大事なんじゃないか。そのために、自宅を居心地の良い、くつろげる場所にすることは重要なことなんじゃないか。そう考えるようになっていった。

■4年半ぶり、4度目の引っ越し

「引っ越そう」
今年の2月、突如決意した。外的要因からではなく、「居心地のいい生活がしたい」という内的動機からだった

新しい部屋に住むなら、独立洗面台がほしい。今よりも広い部屋にして、セミダブルベッドを置きたい。集中したいときはカフェに行っていたけれど、自宅でも仕事や読書ができるようにコンパクトな机を置きたい。あと、できれば追い炊きのある物件がいい。

そんな理想を思い描きながらSUUMOを眺めていたら、気になるお部屋が見つかった。その日はちょうど休日だったので、不動産会社に問い合わせて内見に行くことに。すると、担当者からもっといい物件の提案があった。

部屋の広さは8.3畳の1Kで、30㎡。独立洗面台つき。お風呂とトイレは分かれていて、お風呂には追い炊きと浴室乾燥機がある。その物件は私が理想とするすべての条件を満たしている上に、職場まで乗り換えることなく1本の電車でいけることがわかった。さらに、新築でWi-Fiがついている。す、すごい!
家賃はこれまでよりも1万円上がったけれど、もろもろの条件を考慮してもおつりが来るくらいお得だと思った。

内見に行くと、フローリングには窓から差し込んだ太陽の光がいっぱいに広がっていた。私はその場で「ここに住みます!」と即答した。
理想の暮らしをイメージしてから物件を探していたので、迷いはなかった。

それから1カ月間、引っ越し当日までの間にとにかくいろいろ捨てた

上京時から10年間使ってきた、無印良品のシングルベッド。
たまに動かなくなる気まぐれな洗濯機。
棚板がゆがんだ高さ2メートルの大きな本棚。
ボタンがひとつ外れてしまったカリモクのソファ。
コーヒーの染みがとれない、緑色の絨毯。

本も、できる限り手放すことにした。「本棚は持たず、本は一度読んだらすぐに手放す」というカズレーザーさんの生き方に憧れるけれど、持っている300冊をすべて処分するのはさすがに難しかった。「こんまりメソッド」に基づき、ときめく本だけを残した結果、なんとか80冊まで減らすことはできた。

なんとなく買ったTシャツや似合わなかったスカートも、一緒に処分した。
目に付くものからとにかく捨てていったので、引っ越し前の持ち物はだいぶ減っていた。

こうして、約4年半ぶりに引っ越しをした。「もっと自分にとって居心地のいい暮らしがしたい」という想いから決めた引っ越しだった。

■30歳、しっかり大人をやっていけるだろうか

それでもなお、“なんとなく”連れてきてしまったものがひとつだけあった。

引っ越しから1カ月経ち、新しい町での暮らしにも慣れてきたある日。前回の引っ越しからそのまま開けていなかった段ボールを開けた。中には黒猫のイスが入っていた。10代の頃、そのかわいさに惹かれて、当時一世を風靡した雑貨店「SWIMMER」で買ったアイテム。

思い返せば、すべての引っ越しのたびに捨てずに連れてきていた。

でも、箱を開けてみてわかったのだ。「好きなアイテム」だったこのイスは、知らない間に「昔好きだったアイテム」になっていた。クローゼットの奥に閉じ込め続けるうちに、今の私にフィットしないものになっていたのだ。

“なんとなく”の寄せ集めで暮らすのは、もうやめたい。
だから、10年以上捨てられずに所有していたこのイスを、私は平成の終わりと同時に手放す。


平成元年に生まれた私も、7月には30歳。
小学校の先生、ピアノ教室の先生、中学校の担任、高校の顧問、大学の3歳上の先輩、就職先の同僚……。「平成元年生まれなの!?」といろんな人に驚かれ、時にはちやほやされてきたけれど、もうそんな時代もおしまいだ。気づいたら30歳目前のいい大人になっていた。未だにその実感がない。「若手」で「新人」の20代が永遠に続くと思っていた。

大人ってもっとしっかりしてるものだと思っていたけれど、自分は全然しっかりしてないな。ハタチになったとき、社会人になったとき、人生の節目でいつもそんな風に思ってきた。今だってそうだ。30歳ってもっとしっかり大人をやっているはずだけれど、私はまだまだ周りの人に助けてもらいながら、なんとか毎日生きている。

これから新しい時代が始まる。平成が終わり、20代が終わって、30代が始まる。未だに抜けたところの多い自分が、この先も上手くやっていけるのか、ちょっと怖くもある。
けれども言ってしまえば、時代が変わると言っても元号が変わるだけで、ひとつ歳をとるだけだ。これまで通り、生活は続いていく。

日々の仕事や暮らしの中で選択に迫られたとき、私は今の自分がよりワクワクする方を選びたい。その気持ちさえ持ち続けられたら、何も怖いことはないような気がする。ちょっと能天気だろうか。でもこれが、「29歳の今の私」がこの先も大切にしたいと思っていることだ。

未来に何が起こるかはわからないけれど、いつでもその時々の自分にフィットした心地よさを追求していきたい。
黒猫のイスと一緒に“なんとなく”を手放して、自分の意志で物事を選びとって生きていきたい

日当たりのいいフローリングに寝そべりながら、そんなことを考えている。


Photo/池田博美

4月特集「決別のときじゃない?」

まほぴ

映画と漫画と短歌と銭湯が好きです。コピーライターから編集者へ転身し、株式会社コルクで編集&マネジメントをしています。

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