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すべての出口は、きっと次の世界への入口に繋がっている

表現の自由を守るために戦ったクラブ裁判や職業選択の自由を守るために戦ったタトゥー裁判など、弁護士として特殊な活躍をしてきた亀石倫子。世間から白い目で見られることがあっても、弁護士としての仕事に誇りを感じ、自分の居場所だとも思っていた。けれど、そんな彼女は今、これまで足を踏み入れたことのない新たな世界で戦っている。

すべての出口は、きっと次の世界への入口に繋がっている

弁護士になって今年で10年目。毎年この手帳を愛用してきた。

大きめのA5サイズ。見開きで1週間の予定が把握でき、1日の予定を時系列で記入することができる。

民事事件の依頼者との打ち合わせ、刑事事件の被疑者・被告人との接見、裁判所での公判や調停、書面を作成したり、膨大な証拠書類を検討したりするための時間、弁護団会議、大学での学者との面談。
弁護士の仕事のスタートはおおむね午前10時。そこから午後10時頃まで隙間なく予定が入る。

1日の出来事を書くページには、依頼者との打ち合わせ内容や突然ひらめいた立証のアイデア、判決理由のメモなど、その日あったことをすべて記録する。ある刑事裁判で、被疑者と接見した際の会話の内容を立証する必要が生じ、この手帳を証拠として請求したこともあった。

この手帳は、わたしの弁護士人生のすべてだ。
財布や化粧ポーチを忘れることはあっても、手帳を忘れることはなかった。

ところがこの10冊目の手帳を、最近は持ち歩かなくなった。今夏の参議院選挙の予定候補者となり、その活動のため、弁護士業務ができなくなったからだ。

■ずっとそばにあった手帳が、今はない

わたしのスケジュールは、すべて選挙事務所が管理し、ウェブ上のカレンダーを複数のスタッフと共有している。

たとえば朝7時から駅で街頭演説をする「朝立ち」。府議会や市議会の予定候補者の「事務所開き」や「決起集会」への参加。支援団体での講演活動。ポスター用の写真撮影や、SNS用の動画撮影などもある。

こうした予定が選挙事務所に次々入り、同時刻に重複すれば、いずれを優先するかをスタッフが判断する。夜10時に東京での講演を終えたタイミングで、翌朝9時に大阪での予定が入ることもある。

紙の手帳に書いたり消したりでは追いつかない。 10冊目の手帳は、ほとんど書き込みがないまま、法律事務所のデスクに置きっぱなしになっている。この9年間ずっとそばにあった手帳が、今はない。

■「犯罪者の味方をする悪徳弁護士」と書かれることもあった


弁護士のなかでも、犯罪をしたと疑われている被疑者や被告人の弁護をする「刑事弁護」を専門にする人は多くない。私はその仕事に打ち込んできた。

大阪市内の老舗クラブが風俗営業法違反で摘発された事件では、クラブ事業者の職業選択の自由、DJやダンサーなどクラブで活動をしている人たちの表現の自由を守るために最高裁まで戦い、無罪が確定した。

タトゥーの彫り師に医師免許が必要か否かが争われた裁判でも、彼らの職業選択の自由を守るために弁護活動を行い、大阪高裁で逆転無罪判決を勝ち取った。

警察がGPS端末を利用して対象者を監視していた手法をめぐっては、捜査の必要性と国民のプライバシー保護のバランスを問い、最高裁から違法判決を引き出した。

犯罪をしたと疑われている人を弁護する仕事は、社会から理解されにくい。「犯罪者の味方をする悪徳弁護士」などとネットに書かれたこともある。でも、自分自身のなかにもある偏見や先入観を乗り越え、彼らの正当な権利や自由を権力から守る仕事に、大きな意義を感じていた。

そこは、30代半ばにしてようやく見つけた自分の居場所。世間から白い目で見られることの多い被疑者や被告人の側にたち、彼らの権利を守るために国家権力と対峙する。世間から理解されることはなくても、この仕事に誇りを感じ、少しずつ自信を持てるようにもなった。

■人生をかけた決断

弁護士として、「中堅」と呼ばれるようになるタイミング。私は、これまでの10年を振り返りながら、これからの10年で何をすべきかを考えていた。

3年前に独立して、経営をスタートさせた法律事務所の規模や取扱分野を拡大していくのも、今後の方向性のひとつかもしれない。

法律の専門家として、メディアで発信をしたり書籍を出版したりするのも、大きな挑戦に思えた。

タトゥーの事件では、裁判費用をクラウドファンディングで募るプロジェクトを行ったが、たとえばそんなふうに社会を変える方法もある。

社会のために、なにか意味のあることをしたい。

政治の世界への挑戦を勧められたのは、ちょうどそんなことを考えていたタイミングだった。

「政治家になる」という選択肢は、まったく頭の中になかった。だから、最初はもちろん断った。断る理由を必死に探した。 けれど、考えれば考えるほど、断る理由が見つからなくなった。

法律の不備のために困っている人を助けるのが弁護士ならば、法律の不備を是正して、新しい法律をつくったり、時代にマッチしない法律を改正したりするのが政治家の仕事。アプローチは違っても、行きつくところは同じだ。

注目されるのは苦手だし、バッシングされるのも嫌。プライバシーなんてなくなるだろう。だけど、本当に社会のために意味のあることをしたいなら、そんなことは言っていられない。一生に一度の、人生をかけた決断をしなければと思った。

■すべての出口は、次の世界への入り口だ

とはいえ、政治の世界は右も左もわからない。自分が選挙に出ることはもちろん、誰かの応援に関わったことさえなかった。

日々の活動のなかで、戸惑うこと、恥をかくこと、注意されることもある。大勢の選挙スタッフや支援者、ボランティアの方々に支えられる日々。国政選挙という想像もつかないほど巨大なイベントが、まさか自分の人生に起こるなんて。心細さ、自信のなさ、得体の知れないおそろしさが、いつもぴったりついてくる。

だからこの10冊目の手帳を見ると、たまに少し前までいたその場所へ逃げたい気持ちになる。慣れないことばかりの「今」に戸惑っていることの裏返しなのかもしれない。

けれど、びっしり書き込まれた過去9冊の手帳を振り返ってみれば、そんなに楽しいことが書いてあるわけではない。いや、楽しいことなんてめったになかった。

26歳で突然司法試験の勉強を始めてからの8年間、そして、弁護士になってからの10年間。いつの時代も、次の10年をどんなふうに過ごしたいか、どんな30代、どんな40代を迎えたいか。そう考え、いつもしんどい思いをしながら、少しずつ成長してきた。

普段はためらうことなくモノを捨てられる私だけど、弁護士人生のすべてが詰まったこの手帳だけは、捨てることができない。それでも44歳の今、また新しい挑戦ができることに感謝して、しばらくの間は手放してみようと思う。身の丈に合わない無謀な挑戦をして、また少し成長できるだろうか。

“every exit is an entry somewhere else(すべての出口は、次の世界への入口だ)”ということわざがある。本来は、なにかを途中で投げ出しても結局同じことになる、という戒めらしいのだけど、私はポジティブに受け止めて、気に入っている。

なにかを手放せば、次の新しいことが待っている。

4月特集「決別のときじゃない?」

亀石 倫子

「法律事務所エクラうめだ」代表弁護士。GPS捜査違法事件、タトゥー彫り師医師法違反事件など著名な刑事事件を担当。

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