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今の「働き方」にさよならする勇気。その先に“新しい私”が見える

20年に渡って、クライアントと共に大きなチームで働くことが多かった兎村彩野さん。平成の終わりにその働き方を手放し、ひとりでモノづくりをするコンパクトな働き方を始めました。今までの働き方とさよならした背景や新しい働き方を通じて見えてきた未来を綴っていただきました。

今の「働き方」にさよならする勇気。その先に“新しい私”が見える

私の仕事はイラストレーターとアートディレクターです。どちらの仕事もたくさんの人とチームになって仕事を進めていきます。

20年ほどふたつの仕事をしてきたので、仲間と働く、段取りをする、わかりやすくまとめていくなど「チームワーク」の技術と経験が身につきました。誰かのために率先して段取りや下準備をしていくのはとても楽しい作業で、お気に入りの働き方でした。得意だなぁとも感じています。

そんな時間の流れの中で、ふと、自分ひとりでコンパクトに働いてみるのはどうかな、と思うようになりました。プロダクトを作って、紹介して、小さなオンラインストアで販売して、発送までしてみたい。今までしていた仕事を小さくして、全部の流れを私ひとりで体験してみたいという思いでした。

その体験からどんな気持ちが生まれるだろうか? どんな新しい視点で世界が見えるだろうか? 興味をもちました。

また40歳を前に、本質的な肉体の衰えや時間の有限さをより感じるようにもなってきました。若さに甘えて、ただがむしゃらに取り組むだけでは身体がもたないような、新しい感覚が生まれています。

なにかここらで一度、人生をしっかり振り返り、できること・できないこと・やりたいこと・やらないこと・挑戦したいこと・人に託したいことを心と体両面で整理してみたくなったのです。

20年よく働いてきたなと思います。関わってきた人の数も随分増えました。一度ちゃんと自分と向き合って、自分の内側の声に耳を傾けてみよう。そう思うようになりました。

■自分にとってバランスのいい生き方を探したい

ここ数年は、テクノロジーやネット文化が、より一層浸透しました。その流れで小ロットでもプロダクトが作れるようになったり、オンラインストアでひとりで商売もできるようになりました。

店舗をもたなくても、お客さまとダイレクトに繋がることができ、本当にそのモノを欲しい人と、本当にそのモノを作りたい人が、一緒にモノづくりできる時代になりました。

そこで、クライアントさんと大きな流れで動く、レギュラーでの仕事から引退することにしたのです。今まで大きなチームで働いてきた自分が、今度は個人で小さく働くスタイルに挑戦して、先の人生に向けて、自分にとってちょうどいいバランスの生き方をもう一度模索してみよう、と。

これから始まる40代。
新しい自分と会うために。今の「働き方」と一度さよならしよう。

■何もかも、自分ひとりで決定する働き方

今、すべてが自分に委ねられる時間を過ごし中です。決定権がすべて自分にあります。予算管理も経理も。どんな小さなことも大きなことも、自分ひとりで決めていきます。チームで働いてたときと比べて、見える世界が大きく変わりました。

実は今、「自分の欲しい文具をひとりで作り、オンラインで販売する」という商いをしています。自分だったらこう使いたい、自分だったらこういうモノを作りたい――。自分から出てくるそういった自分の心の声をベースにしたモノづくりです。

中でも工程数や決定事項が多い「兎村手帳」は、製造してくださるメーカーとのやりとりから紙選び、仕上げ方、サイズ、色、デザイン、価格、すべてを自分で決定しています。

決定という体験を積み重ねています。製品の発送ひとつとっても、うれしくてお礼状を書きたくなったり、気に入ってくださった方をSNSで見つけると感動したり。

わからないことは専門家に質問しながら、工夫して挑戦し続ける。この日々がとても楽しいです。地味ですが、地味なのが素敵で、コツコツ続けることで、後になってどんどん花開いていく感覚がつかめ、今までの働き方では見落としていた感覚を知り、自分の中の知識が増えていきます。

■今の自分を受け入れてから、手放してみると楽になる

まだまだ「大きなチームで働く」と「小さな個人で働く」の違いがわからないので、しばらくひとりで黙々と作業する日々が続きますが、少し先の未来で、どのバランスで働きたいか決められそうです。

「なりたい自分を追いかける」生き方も素敵ですが、「なった自分を受け入れる」生き方はもっと素敵です。肩書きで表せる「なにもの」かになるより、今日の自分を客観的に感じて、知らないことを知るために未知のジャンルに挑戦したり、知っていることを比較するために視点を変えて同じことを試してみたりするのは大事なことでした。

自分の中に知識や情報を一度貯めたら、どんどん忘れていくようにしています。たくさん貯めて、忘れて、残ったモノを信じる。こうして忘れる技術を私は「リリース力」と呼んでいます。

貯めるのは簡単ですが、忘れる作業は意外と難しいです。意識しながらも無意識に忘れていくため、作為的にしにくいぶん、貯めるときよりパワーを使うからです。そのためにいつも少し余力を残しています。

大きくリリースするときは、見極めて思い切って「今」という場所から「さよなら」して、自分自身をリリース。

好きなことを手放すのは少し勇気が必要ですが、本当に好きであれば手放しても離れてくれないし、もしかしたら好きという思い込みに縛られているのかもしれない。昔は本当に好きだったけど、今はそんなに好きではない。でも、もったいないから好きなふりをしているかもしれない。

私はたまに私に騙されます。自分を大胆にリリース(さよなら)することで、好きがもっと輝いたり、もっと忘れられないものになったりします。

■今までの働き方を手放して出会う、新しい私

最近、自分をリリースしてみて気づいたことがいくつもあります。20年も描いてきた絵がいつの間にかとても好きなものになっていたり、嫌いだった自分のくせ字がなんだかかわいく見えたり。

カッコつけないダサい自分が愛おしかったり。チームで働くとき、誰と働くかがすごく大事だとわかり、これから先、誰と一緒に過ごして生きていけたらいいかを考えるようになったり。人生の時間には限りがあることを痛烈に感じたり。

逆に、今日できることは意外と多かったり、焦って今日やらなくても死なないなとも知ったり。いろいろな発見がありました。

生きている時間の中で、働いている時間はけっこうな割合を占めます。そう考えると、「働き方」は「生き方」に直結しやすい。タイミングや自分の成長に合わせて、思い切って働き方にさよならすることで新しい自分に出会えたりします。

成長するためにあえて「さよなら」する。その先に「こんにちは」が待っています。

Text・Photo/兎村彩野

4月特集「決別のときじゃない?」

兎村彩野

Illustrator / Art Director

1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。シンプルな暮らしの絵が得意。愛用の画材はドイツの万年筆「LAMY safari」。

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