20代の頃は、「自分は変われる」って思ってたんだよ
エッセイスト・吉玉サキによる連載『7人の女たち』では、とある7人の女性たちが抱えてきた欲望や感情を、それぞれへのインタビューを通じて描きます。今回は、仕事でも家庭でも、自分自身の傲慢さを振りまいてきた玲さんのお話しです。
――驕り高ぶって人を侮り、見下すこと。
この連載について担当編集さんと打ち合わせしていたとき、「傲慢」で検索すると上記の言葉が出てきた。
編集さんは「こういう一面を全ての人が持っているって考えたら怖いですね」と笑いながら言う。それを聞いて、少し動揺した。私は頻繁に人を侮ったり、見下したりしているからだ。
少し複雑なことを伝えるときに「どうせ言ってもわからないだろうな」と相手の理解力を侮ることや、意地悪な人に対して「人間性が低いなぁ」という気持ちを抱く。
そのたびに、「自分の理解力や人間性はどれほどのもんだよ」と、自分の傲慢さに立ち止まる。謙虚に、謙虚にならなければ……。
そんな私に共感してくれたのは、知人の玲さんだった。
■「私はやってるし、できてる」という自負がある
玲さん(仮名)は演出家・脚本家として劇団を主宰する39歳。会社員でもあり、プライベートでは二度目の結婚生活を楽しんでいる。言葉の一つひとつから思慮深さを感じる、かっこいい女性だ。
彼女は「自分の傲慢さを自覚してる」と話す。
「芝居にしろ仕事にしろ、私はやってるし、できてるからね。その自負があるからこそ、やっていない、できていない人をバカにしてる。表には出さないけど」
彼女いわく、傲慢さとは「相手への侮蔑」と「自分はできているという自負」でできている。「こいつダメだな」と「私はできてるけどね」が合わさって傲慢さになるのだという。
玲さんは、人をバカにするたびに反省をする。同業者である今のパートナーも同じで、ふたりで「あの作品はダメだ」などと批判しては「あぁ、こんなに傲慢ではいけないねぇ」と反省する。
しかし彼女は、才能がない人のことを「才能がないな」と思うことはあるけれど、それを見下しだとは思っていない。それは、彼女にとって正当な評価だからだ。
「まぁ、正当な評価ができてる前提でいる自分は傲慢だなと思うけどね」
玲さんは、演出家としても会社員としても、リーダーとしてチームを引っ張っていくときはジャッジせざるを得ない、と話す。
才能がない役者のことはちゃんと「才能がない」とジャッジしなければ、輝かせ方を見誤ってしまう。会社でも、「この人はこの能力が低い」というジャッジをしないと、適切な指示が出せない。
「もちろん、言い方には気をつけるけどね。だけど、内心でのジャッジは立場上、必要かなぁ」
自分の下した評価が正しくないかも……と不安になることはないのだろうか。
「いつも不安は感じてるよ。正当な評価を下せているのか、常にその評価軸を疑うようにしてる。じゃないと、それこそただ傲慢なだけじゃん」
そう言って、彼女はケラケラと笑った。
■お互いの傲慢さによって夫婦関係が破綻した
玲さんは29歳で離婚を経験している。
その原因は夫婦間のマウンティング合戦にあった。
「私は彼の思慮の浅さを内心でバカにしてたし、彼は私のことを『お前は何もできない』って言い続けたし。まぁ、モラハラだよね。お互いに傲慢の重ね合い」
彼がモラハラに走ったのは、玲さんが演出家として評価されていることへの嫉妬があったと彼女は考えている。
お互いに自意識が強い方ではあったが、彼の自意識には行き場がなかった。一方で玲さんは自分の想いを作品に昇華して脚光を集めている。そうした状況から「生活能力は自分のほうが上だ」というマウンティングをしないと自尊心を保てなくなったのだろう……と彼女は分析する。
そのうち、彼は「演劇をやめてくれ」「嫁が外で評価されて嬉しい夫はいない」と言うようになった。玲さんは「私と結婚するっていうのはそういうことだって、最初からわかってたでしょう」と思ったが、口には出さなかった。
「別に、打ち負かしたいわけじゃないからさ。バカにする気持ちと愛情は両立できるし、実際、いろいろヒドかったけどそれなりにうまくやってたのよ。だけどある日、彼がパーンとやらかしたの」
その日、玲さんが芝居の稽古を終えて遅くに帰宅すると、家中がめちゃくちゃになっていた。あらゆる物が床に散乱し、ソファは引っくり返っている。彼女は「泥棒が入った!」と狼狽した。
しかし、それは彼の仕業だった。玲さんが演劇をやめないことへの抗議とも言える。その出来事がきっかけとなり、彼女は離婚を切り出した。
けれど、彼はなかなか離婚に応じてくれない。「私との結婚を続けたい理由は何?」と聞くと、美味しい料理を作ってくれる、デートができるといった回答が並び、唖然とした。
パートナーに何らかのメリットを求めて一緒にいるのは自然なこと。そう理解しているものの、それにしたって、パートナーである自分への尊重が感じられなかった。
「尊重ってそういうことじゃねぇよ、って思ったよね」
見下す気持ちは、相手への敬意で相殺される。きっと、傲慢であっても、相手をリスペクトできていれば関係は継続できたはず。玲さんはそう話す。
だけど、ふたりはお互いに敬意を失ってしまった。残ったのは傲慢さと愛だけ。愛は、ふたりの関係を支える柱にはならなかった。
■傲慢さを乗りこなす
玲さんは「30歳成人説」を提唱している。
「20代の私は世間に振り回されることもあったけど、体力あるから闇雲に頑張れちゃったのね。でも、30過ぎてから人生を俯瞰で見れるようになって。そこで自分の一番デカい傲慢さを思い知ったよね」
どういう意味か尋ねると、彼女は「自分は変われると思ってたんだよ、20代は」と笑う。
「たしかに、自分は変わるよ。でも、それってさまざまな要因で勝手に変化していくことのほうが多いのね。自分の思うままに変われるわけじゃないし、どうあがいたって変えられないこともある。意思や努力で自分のすべてを変えられるという考えは、思い上がりだったよ」
玲さんは30代になってからそのことに気づき、生きるのが楽になったという。
「今はね、傲慢な自覚があるからこそ、自分を振り返って反省することができるって思うんだ。自分を謙虚だと思い込んじゃったら、それこそ真の傲慢だよなって」
玲さんにとって、傲慢は自覚することでたびたび我が身を振り返れるツールなのだ。
使いようでどうにでもなるものですね。そう私が笑いながら言うと、レイさんも「そうね」と笑う。そして、思い出したように言った。
「一昨年かなぁ。乗りこなすって言葉が自分の中で流行ったのね。自分で自分を乗りこなせたら楽だなぁと思って。そう思うと、傲慢さとかだらしなさとか、自分の直さなきゃと思ってたところもコントロールしやすくなった」
玲さんは真っ直ぐに前を見つめている。
「直すんじゃなくて、乗りこなす。どうせ直らないんだから、直すことよりもうまくコントロールすることに知恵を使う」
そう言って彼女は、また笑った。
私はいつも、謙虚にならなければと思っていた。
だけどそれは、傲慢さによって人間関係を失うのが怖いだけだ。自分を変えたいなんて、本当は思っていないのかもしれない。
だって、傲慢は私の自負心のあらわれだから。
傲慢さを乗りこなす。
この日玲さんにもらったその言葉を、いつでも取り出せるように持ち歩きたい。帰り道、コートのポケットに手をつっこんで歩きながら、そんなことを考えていた。
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1983年生まれ。noteにエッセイを書いていたらDRESSで連載させていただくことになった主婦です。小心者。