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親になっても、自分のために怒っていいのだと思えた

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エッセイスト・吉玉サキによる連載『7人の女たち』では、とある7人の女性たちが抱えてきた欲望や感情を、それぞれへのインタビューを通じて描きます。今回は、「親になった自分は怒りを露わにしてはいけない」と思い続けてきた由美さんのお話しです。

親になっても、自分のために怒っていいのだと思えた

激しい怒りを感じたときはいつも、「由美ならどうするだろう?」と思う。由美は学生のときからの友人。知っている限りとても落ち着いた性格で、怒っているのを見たことがない。

怒っていても表に出さないのか、それとも怒りを感じることが少ないのか……彼女の自宅に遊びに行ったとき、本人に聞いてみた。

「怒りはね、すごく感じてるよ。主に無実の夫に。彼からしてみたら理不尽だよね」

彼女は、怒りの感情に折り合いをつけようともがいている最中だった。

■娘が1歳になったあたりから、夫にモヤモヤとした怒りを感じるようになった

由美(仮名)は35歳の主婦で、1歳8カ月になる娘を育てている。

もともとは脚本家志望で、バイトをしながら某有名脚本家のアシスタントをしていた。5年前に結婚し、不妊治療の末に娘の華ちゃん(仮名)を出産。今は育児をしながらできる範囲でアシスタントとしての仕事をしている。通勤するのではなく、頼まれたときだけ自宅作業をする。

華ちゃんが1歳になったあたりから、由美は夫に対して漠然とした怒りを感じるようになった。

「彼が会社から帰ってきて華に優しく接してるのを見ると、なんだかモヤモヤしちゃって」

パートナーはとても良き夫で、良き父だ。家計を支えてくれるうえに、家事にも育児にも協力的。感謝しているし、尊敬している。夫も、家事と育児をしている自分に敬意と感謝を向けてくれている。

けれど、どうしても腹が立ってしまう。

「あなたは日中家にいないからそんないい父親でいられるのよ、みたいなこと思っちゃって……。でも、そんなのって夫にとっては理不尽なことだし、顔や態度には出さないように気をつけてるんだけど、にじみ出ちゃってるみたい」

相手は生活の中で、彼女のモヤモヤを敏感にキャッチする。ある日、夫に「由美が俺の目を見なくなったのが辛い」と言われた。
自覚はなかった。けれど、「怒りたくないから無意識のうちに目を見ないようにしてたんだ」と気づいた。

「それって拒否反応じゃない。自分でもヤバいなぁって思った」

■夫にもっと共感してほしい

由美は、夫の冷静で愚痴を言わないところにモヤモヤするという。

「私が大変なときね、夫はすぐに具体的な解決策を出すの」

たとえば、マンションのエレベーターが工事のためにしばらく使えなくなったとき。由美が「華を抱っこして階段下りるの大変だよ~」と言うと、夫はすぐに「じゃあ電動自転車を買おう。階段での労力は解決できないから、階段を降りてからの負担を減らそう」と言った。

もちろん、その提案はありがたいし頼りになる。

だけど、由美は夫に一言「そっか、大変だね」と言ってほしかった。

「交際中はそういうところが好きだったの。私も愚痴は好きじゃないし。でも、華を育てるようになってからは、私がすごく愚痴っぽくなっちゃって……。彼とふたりで『大変だよね』って言いたいのに、彼だけがテキパキ解決しようとして」

女性が愚痴や悩みを言うときは、解決策ではなくて共感を求めている……というなんとも雑な言説をよく聞くが、まさに今の由美はその状態にあるようだ。

由美は「夫にもっと共感してほしい」という。

たとえば、今の華ちゃんはいわゆる「遊び食べ」の時期で、ご飯をぐちゃぐちゃにしたり、テーブルや床に巻き散らかすことがある。ある日、由美は華ちゃんの遊び食べに疲れて泣いてしまった。しかし、帰宅した夫にそのことを話したら「なんで泣くの?」と言われたという。

遊び食べは赤ちゃんの成長過程で当たり前のように起こること。おそらく夫は、「普通のことだから親が悲しむ必要はないよ」と言いたいのだろう。

けれど、仕方ないと頭では理解していても、せっかく作ったご飯をぶちまけられる日々が続いたら心が弱ってしまう。

「そこは『そうなんだ、辛いね』でいいじゃんね。共感してよ、って思う。でもそのことを彼には言えないんだ……。なんで言えないんだろうね。夫婦って、もっとなんでも言い合える関係かと思ってた」

彼女は目を伏せて弱々しく笑った。

■「怒るのは自分の忍耐力が足りないせい」という考え方が自分を苦しめる

「私だって泣きたくない。どんなときも笑顔でいたい。それができないから辛いのに……」

そう言って、唇を噛んで彼女は涙を流す。華ちゃんは、ママの涙に気づくことなくアンパンマンのDVDに夢中になっている。由美はいつもこうして、華ちゃんに悟られないようにひっそりと泣いているのかもしれない。

彼女の頬をつたう涙は、知らず知らずのうちに溜まった疲れが溢れたかのように見えた。

「華はおとなしくて育てやすいほうだし、夫も協力的だし。もっとやんちゃな子を育てていたり、ワンオペのママだってたくさんいるのに、それに比べれば私なんて楽しているのに……」

華は育てやすいのに、疲れる私がおかしい。夫はとても良いパパなのに、怒りを感じるのは自分の忍耐力が足りないせいだ――由美はそんなふうに、疲れや怒りを自分に禁じているように見える。禁じるからこそ、怒りの行き場を見失ってしまうのかもしれない。

しかし、疲れも怒りも、自分の意思とは関係なくオートマティックに湧いてくるものだと思う。湧き上がった感情を表に出すかどうかは理性でコントロールできるし、由美は人一倍それが得意だ。

けれど、いくら彼女が理性的でも、心に怒りが湧き上がってくること自体は防げない。心に生じた怒りを否定することで、余計に心が疲れてしまうのではないだろうか。

■親になっても、自分のために怒っていい

そんな話を聞いてから数日経ったある日、由美から電話がきた。

彼女は「昨日、初めて夫に怒ってみたの」と言う。

由美が朝起きると、トイレが嘔吐によって汚れていた。深夜に飲み会から帰ってきた夫が吐いたのだろう。今までなら、何も言わずに彼女が掃除していた。

けれど、その日の彼女は「現状を変えるために、ここは勇気を振り絞って怒ってみよう!」と決意した。そして、起きてきた夫に「トイレ掃除しといてね」と言ったそうだ。

「私にとっては大きな一歩だよ!」

こうして少しずつ伝えることに慣れていけば、近い未来、「もっと私の話に共感してよ」と言えるようになる日も来るかもしれない。

しばらく話していると、彼女はポツリと呟いた。

「私、親になってもまだ自分のために怒るんだなぁ。自分でも未熟さにビックリするよ」

けれど、そう話す電話の向こうの声は、不思議と明るいものだった。


彼女と同じように「怒ってしまう自分に問題がある」と怒りを溜め込んでしまう人は多いだろう。私も、心に生じた感情が溢れないように、蓋をすることがよくある。

けれど、心の中は自由だ。「言っちゃいけないこと」はあっても、「思っちゃいけないこと」なんてきっと何ひとつない。

だから、どうか怒ってしまう自分を責めないであげてほしい。由美との通話が終了したスマホのホーム画面越しに、そんな祈りを誰かにささげた。

『7人の女たち』の連載一覧はこちらから

7人の女たち#1
どうせ食べるなら、罪悪感なく笑顔で食べたいじゃない

7人の女たち#2
「この人と恋愛しても幸せにはなれない」。なのに、身体が勝手に相手を選ぶ

7人の女たち#3
親になっても、自分のために怒っていいのだと思えた

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吉玉 サキ

1983年生まれ。noteにエッセイを書いていたらDRESSで連載させていただくことになった主婦です。小心者。

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