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「生きてたことが幸運だ、とは思えない」脳腫瘍とひき逃げで二度死にかけた漫画家の話

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「生きてるだけで丸儲け」なんて全く思わない。二度死にかけた漫画家が語る心境。

「生きてたことが幸運だ、とは思えない」脳腫瘍とひき逃げで二度死にかけた漫画家の話

「僕、漫画を描こうとすると死にかけるんですよ」

彼は笑いながらこう語る。初連載終了後、次はいよいよオリジナルの連載というタイミングで脳腫瘍が発覚した。そこから手術とリハビリで復活し、あと一歩で連載決定という状況まで持ち直したが、そのタイミングで今度はひき逃げにあい、障害者となった漫画家・サシダユキヒロさん。

そのあまりにも不運な、そして壮絶な一連の出来事をコミカルに描いたエッセイ漫画『俺は2度死ぬ』がTwitterで話題に。東村アキコ氏のツイートによりさらに反響は大きくなり、漫画をまとめたサイトの閲覧数は20万PVを超え、書籍化も決定した。

短い間に二度も死にかけて、一生障害を背負って生きていくことになったとはいうものの、彼の漫画にはあまり悲壮感はない。むしろ、入院中にあったおかしな出来事を淡々とネタのように描いているのが印象的だ。

果たして彼は、いま自分に起こった稀有な現実をどう受け止めているのか。

俺は二度死ぬ:第一部

https://twitter.com/i/moments/960084351714119680

ノンフィクション自叙伝漫画風エッセイ

■二度死にかけ、身体に障害が残る今

――『俺は2度死ぬ』は、サシダさんが経験した出来事をコミカルに描いています。実際、脳腫瘍のあとにひき逃げで二度死にかける、というのはなかなか想像できません。脳腫瘍とひき逃げはどれくらいの期間の中で経験したことなんですか?

サシダユキヒロ(以下、サシダ):まず、脳腫瘍が見つかったのが、33歳頃ですね。ちなみに漫画の連載をしていたのが32歳頃で、医師曰く、ほぼ確実に脳腫瘍を抱えながら連載をしていた、とのことです。ひき逃げにあったのは、それから約5年後、38歳頃のことです。

――5年の間に二度死にかけたんですね。そして、ひき逃げのあとに障害が残った。

サシダ:そうですね。今は杖と補助具がないと歩けない状態です。ひき逃げをされた後、リハビリを受けたのですが、退院1カ月前に「え、この状態で外の世界に出されるの?」と不安になり落ち込んだのを覚えています。

――もう少し身体が動くようになると思っていたんですね。

サシダ:僕は脳腫瘍になった際にリハビリを経験していて、そのときにほとんど元通りになったので自信があったんです。「リハビリすればなんとかなるだろ」って。でも、退院1カ月前の僕は、皿を洗うことすらすごく難しくて、そのまま外に放り出されることが急に怖くなった。

――今までできていたことが、できなくなってしまう。

サシダ:リハビリの病院でも医師から「後天的に障害者となった場合、どうしてもその障害を受け入れられなくてメンタルを壊してしまう人が多い」と聞いていました。実際僕も受け入れる事ができず退院後メンタルを壊してしまいました。退院後1、2年は本当にしんどかったです

■障害者になって、今までの世界が一変した

――障害が残った状態で外に出ることで、特に辛かったことはなんだったのでしょうか。

サシダ:なんだろう、世間の目が障害者に対して予想外に冷たかったことかな。そういった状況があるっていうのは知っていたんですが、たとえばエレベーターの出入り口で僕の動きが遅かったりすると、後ろの人に舌打ちをされたりすることが普通にあるんです。

――他人の悪意にさらされやすくなった。

サシダ:あとは、満員電車に怖くて乗れないとか。もみくちゃにされること自体は、そこまで辛くはないんですけど、駅のホームについて扉が開いたときに出入り口で押されたら、絶対に自分の体を自分で支えられなくなってしまう。

いまアシスタントで通っている職場への通勤自体は、電車のラッシュは避けられる時間帯なので、普段はバスと電車を乗り継いでいますが、雨の日はバスが混雑するんですよね。だから乗るのが怖くなってしまう。そういうときは、職場に電話して休ませてもらっています。とにかく人混みが怖くなりました。

――満員電車や混雑したバスに乗れないと、それだけでかなり行動範囲が狭まりますよね。

サシダ:そうですね。今は都心にも行けるようになりましたけど、最初は怖かったです。誰も見てくれないし、ぶつかられたら怖いし。

自分が若い頃によく遊んでいた新宿という街が、障害者になった途端にすごく使いづらい場所になってしまった。これは障害者になってから気づいたのですが、新宿って道が平らじゃないんですよね。少し斜めになっていて、すごく歩きづらい。駅もエスカレーターやエレベーターが遠いので、構内を歩くのも大変です。

――障害を持つことによって今までの世界が一変したんですね。

サシダ:そうですね。ただ、Twitterで「周りの人は障害者のことを全く見てくれない」と言ってはいますけど、じゃあ自分はちゃんと見ていたのか? というと、やっぱり障害者になる前は邪魔にならないようにするとかその程度で、そこまで意識していなかったと思うんですよね。

だから、そういうもんだよな、という気持ちもあるっちゃあるんです。

■起こったことは仕方ないから、ネタにする

――そういったお話を聞いていると、どうしても『俺は2度死ぬ』という作品があれだけ明るくてコミカルな雰囲気なのがまた不思議です。

サシダ:それは、僕がこの作品を描く上で決めていることでもあるんですが、ただ面白がってもらいたいんですよね。「こんな不幸な人いるんだ」って面白がってほしい。だって、有限な人生の時間の中でたった5分でも僕の作品に割いてくれるなら、その時間だけは楽しいなと思ってもらいたいじゃないですか。重たいことを重たく描くだけにするのはやめようと思って。

『俺は2度死ぬ』には、入院生活中の出来事やリハビリでの体験がコミカルに描かれるシーンも登場する。

――どうしてもエピソード的には、重たくて悲しい気持ちになるのかな、と思って読み始めたところがあったので、そこが意外でした。

サシダ:この漫画を描くにあたって、何かメッセージ性をもたせるとか、誰かの心を揺り動かしたい、といった気持ちはなかったんですよ。というか、僕がそういった作品を描けるとも思ってなかったので。ただ、実は少し描きながら心境が変わったところはあって。

――はい。

サシダ:というのも、作品を発表してから、想像以上の反応を読者の方からもらうようになったんですね。ただ面白いと思ってほしいと描いていた作品が、「救われた」とか「この作品を読んで力が出た」といった感想をもらうようになった。

それこそ障害やひき逃げの被害者など同じような境遇の人から個別にメッセージをいただくこともあります。自分が描いた作品が、誰かの心を動かしたり、共感してもらうことができているんだ、って驚いたんです。

――読み手の反応が予想外だったことで、サシダさんの心境にも変化があった。

サシダ:もちろん面白いものを描きたいという前提は変わらないんですが、僕の中で少し意識することは増えたかもしれません。それこそ、障害者のことをもっとわかってもらいたい、という気持ちはあるので、Twitterでもそれを呟いたり、関連するツイートをシェアしたり。

僕のことをよく知ってる後輩や友人からは「Twitterが綺麗な人になりすぎて気持ち悪いから素を出してください」って言われるんだけど、別にそれも僕の素なんですけどね。

――作品の反応によって自分と同じ苦しみをもっている人に気づいた、という面もありそうですね。たとえば、この辛さをわかってほしい、という思いで漫画を描くようになることもありましたか。

サシダ:それは正直全くないです。別にわかってほしいともは思わないです。だって、こんなしんどい気持ち、わからなくていいならわからない方がいいはずなんです、絶対。

ただちょっとだけ、そういう人はしんどいよなって気遣う心をもってもらえたらうれしいなとは思いますけど。

■「生きてるだけで丸儲け」とは思えない

――サシダさんは、とても不運なことが連続して起こったわけですが、一方で、死にかけながらも二度も一命をとりとめて、障害は残りながらも車椅子ではなく自分の足で立って歩けるところまでは回復した。そういう面をもって「不幸中の幸いだったね」と思う方もいると思います。

サシダ:正直、死ななかったことは、運が良かったとは思いますが幸運だとは一切思えないです。

――そうなんですね。

サシダ:よく「生きているだけで丸儲け」って言うじゃないですか。僕は、どうしてもただ生きていたことが幸運だとは思えない。

障害が残りながらも、犯人が保険に入っていなかったことで十分な慰謝料をもらうことも見込めず、できないことが増えたのに以前のように仕事をしないと生きていけない。脳腫瘍はともかく、ひき逃げは、犯人という怒りの対象が存在しているので気持ちも解消されない。

漫画にしているのも、起こってしまったこと、それ自体は事実として変えようがないことだから、だったらもうネタにするしかない、というのがこの作品を描く上で一番大きなモチベーションだったんです。

――作中には、これから頑張るタイミングだったのに、という無念さもありましたね。

サシダ:そうですね、交通事故直前に、僕は自分の連載が決まりかけていたんですよ。でも、交通事故で入院している間に、タイミングを逃してしまった。

脳腫瘍のときも、それまで連載していた原作付きの漫画が終了したので、次はオリジナル作品でいこうと担当編集さんと話していた最中だった。

だから僕、漫画描こうとすると死にかける、みたいな感じなんですよね(笑)。

■人が人を好きになる力ってすごいんだな、って

――この作品を読んでて印象的なのが、サシダさんは周りにいつもたくさん人がいらっしゃるな、というところです。

サシダ:それは、実は描くときにいつもドキドキしているところではあるんですよね。もしかしたらこの漫画を読んで「友達が多い自慢したいのかよ」とか「ナースにモテるっていいたいの?」って思われたらどうしよう、って。

――たしかに、毎日誰かしらお見舞いにきてくれる、というのは珍しいので、そう思う人も中にはいるかもしれませんね。

サシダ:僕は、そういう気持ちは全くないんです。むしろここで一番伝わったらいいなと思っているのは、「結局人生で一番大事なのは、人とのつながりなんだな」ってところで。この感覚は脳腫瘍を経験した頃から特に強くなっているんです。僕はいろんなことに恵まれていないけど、人にだけは恵まれていたなって思える。

――生死の境を二度経験して、いま人生で一番大切なのは人の縁だった、と思えた。ちなみに、この一連の出来事の中で、特に「生きていてよかった」と実感する瞬間はありましたか。

サシダ:脳腫瘍のときに好きになった看護師の人と、手術のあとに話していた瞬間、ですかね。

――作品にも描かれていた方ですね。連絡先を渡したお相手。

サシダ:脳腫瘍の手術の前に不安に思っていたのも、彼女とまた話せるのかな、会えるのかな、っていうことだったんです。だから、無事手術が終わって彼女と話をしているあの時間が、「あ、いま僕は助かってここにいるんだな」って強く実感した瞬間だったんですよね。これを言うのは恥ずかしいんですけど、人が人を好きになるってすごく大きな力になるんですよね、やっぱり。

取材・Text/園田菜々
取材協力/サシダユキヒロ(@y_sashida

サシダユキヒロ@俺は2度死ぬ書籍化決定 on Twitter

https://twitter.com/y_sashida/status/1058001572007833601

“俺は二度死ぬ:第一部 https://t.co/p9CIaMZueP 俺は二度死ぬ:第二部 https://t.co/8FBmEcwziZ 俺は二度死ぬ:第三部 https://t.co/tvIEXQLwUU”

『俺は2度死ぬ』は、ぶんか社より来初夏発売予定。描き下ろしエピソードも収録予定。

12月特集「死ぬこと、生きること」

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園田 菜々

記事を書く仕事をしています。ハリネズミのおはぎとロップイヤーのもなかと暮らしている。Twitter:@osono__na7

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