砕け散った彼女の笑顔には、愛と孤独と欲望が詰まっていた。『チワワちゃん』吉田志織
階段でも、控え室でも、機材置き場でも、彼女の目は光っている。エネルギーがこぼれ出ているのが、わかる。映画『チワワちゃん』でタイトルロールを勝ち取り、鮮烈な“死”を刻みつけた吉田志織に、インタビュー。
吉田志織が演じる“チワワちゃん”は、バラバラ殺人事件の被害者だ。誰に、なぜ殺されたのかはわからない。遺体の身元が「千脇良子」だと報道されても、本名を知らない遊び仲間たちは、それがチワワちゃんのことだと気づかなかった。
そんな役のことを、吉田志織はうらやましかったという。
「チワワは、なんでも自分がしたいようにやっているんです。本人にとっては、それが当たり前。“やりたいように生きる”ということを、いかにも普通にやってのける清々しさに、ちょっと憧れる部分がありました」
だから彼女は、チワワちゃんになって生きてみたい、と思った。「撮影期間だけでも、映画の2時間だけでもいいから」と話す様子は、その“人生”を叶えた高揚をどこかまだ引きずっている。体当たりの演技で勝ち取った、自身初のメインキャストだ。
■自分とつながった他人を生きる、消耗
背が小さくて胸が大きくて、底抜けに明るい。やりたいことを脊髄反射で選び取り、思うままに生きている。そんなチワワちゃんの死後、仲間たちが語るのは、自分に見えていた“彼女の姿”だ。ある人にとっては家庭的、ある人にとってはビッチ、ある人にとっては孤独。さまざまな横顔を持つチワワちゃんを演じることには、もちろん苦労もあった。
「アップダウンの激しい役だから、カメラがまわるときだけお芝居のスイッチを入れるのは、どうしても気持ち悪かったんです。だから、撮影現場ではつねにチワワとして居よう、と決めました。チワワって、頭じゃなくてハートで感じる子なんですよね。だから、私も頭で考えるのをやめて、内側からあふれるエネルギーとか感性に乗っかるように動いて。それでようやく、やるべきことがクリアになった気がします」
つねに他者の人生をトレースすることの消耗は、当然激しい。ロケを終えてホテルの部屋に帰り、自分ひとりになったときだけ、吉田志織を取り戻せる。
「自分に戻った瞬間、どっと衝撃がくるんです。脱いだり、身体を張ったり、激しいシーンが多かったけれど、チワワでいるときはなんとも思わない。でも、私自身が帰ってきたとたん、さみしいとか悲しいとか、そういう感情がわいてくる」
もしかしたら、私とチワワはつながっていたのかもしれない、といま気づく。
「どんなことがあってもチワワがつらいと思わないから、そのぶん私がつらくなる、みたいな。リンクしているからこそ、自分自身のほうが削られていくような感覚がありました」
そのねじれは、もうほどけているのだろう。懐かしい日々を振り返るように話す。
■どうして、そんな笑顔ができるの?
いま目の前に座って、言葉を探しながら質問に答える吉田志織に、チワワちゃんの面影はほとんどない。危なっかしくもなければ、向こう見ずでもない、なのに。ときおり刺す瞳の輝きにだけ、役が重なって見えるのが不思議だ。
「私とチワワは、やりたいと思ったことに対しての瞬発力が似てるんです。やると決めたら、目がキランとして、次の瞬間には動いている。たとえば私は地元が北海道なんですけど『あ、明日から東京でやっていこう』と思って、翌日に上京しちゃったんですよね」
チワワちゃんもそうだ。みんなが焦ったり立ち止まったりして、周りを見ながら次にどうするかを考えているとき。うしろからすごい勢いで走ってきて、みんなを軽々と追い抜きながら『みんな何してるの? 行こうよ! 行かないの?』と、無邪気にあおる。
「チワワのほうが私よりもっと、なにも考えていません。知っている世界が狭いからなのかもしれないけれど、だからこそ立ち止まらないで、なんにでも飛びつけるんです。素敵なものを見つけたらぱっと動く、本当にワンちゃんみたいな反射神経で」
岡崎京子が描いた同名の原作漫画には「チワワ、どうしてそんな笑顔ができるの?」というコピーがついていた。映画の台本にも使われていない一節だ。
「でも、どの登場人物が言ったのかもわからないその一言が、すごく私の心に響いたんです。そんな疑問が浮かぶということは、発した人にとってチワワの笑顔は、どこか『うわっ』と感じるものがあったんだと思うから」
そんな人生を送りながら、どうしてそんなに明るく笑えるの? とも取れるし、あれだけ好きに生きていて、どうしてそんな顔で笑うの? とも取れる。だから吉田志織はスクリーンのなかで、現場の一瞬一瞬で、壮絶なほど笑った。
「チワワの笑顔はただ楽しいだけじゃなくて……愛とか明るさとか、孤独とか性欲とか、いろんな全部がごちゃ混ぜになったもの。本人にそんなつもりはなかったと思うけど、生き急いでいるんですよね。だから私も、チワワとして生きる時間を楽しむことで、精一杯でした」
演じきったいまでも吉田志織は、チワワちゃんという女の子に、憧れとかすかな嫉妬を抱えているような気がした。
■苦しむことで、生きていく
花火というには見栄がすぎるし、稲妻というには優しすぎるけれど、とにかく鮮やかな残像を残して、チワワは死んだ。役をとおして、生きることと死ぬことについて感じた想いを、尋ねてみる。
「自分だっていつ死ぬかわかりません。そう考えれば、チワワのように太く短く、自由に生きるのもアリだなって思う。もしも明日死ぬとなったら、私もチワワのように生きていれば楽しかったのに、って後悔するかもしれない」
だけど、と、言葉をつなぐ。
「生きることって、楽しむ以上に苦しむことだと思うんです。苦しんで、でもそれを乗り越えていくことのなかに、やっと喜びがある。この作品には、なにかがズレるとバラバラに崩れかねない人間関係も描かれているけれど、そういう刹那的なつながりもすごく大切で……そういう一つひとつからいろんな刺激と葛藤をもらって、生きていくしかないんです」
取材・Text/菅原さくら
Photo/池田博美
Styling/津野真吾(impiger)
Hairmake/YOSHi.T
映画『チワワちゃん』 2019年1月18日(金)ロードショー
出演:門脇麦 成田凌 寛一郎 玉城ティナ 吉田志織/村上虹郎 栗山千明(友情出演)/浅野忠信
監督・脚本:二宮健
配給:KADOKAWA
公式サイト:https://chiwawa-movie.jp/