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「好き」の気持ちに素直に、諦めずに続けること。人生は何歳からでも変わっていく

Web上でアップされていた漫画『恐怖の口が目女』。兎村彩野さんはオンラインでそれを読んでいましたが、友人である作者がコツコツ描き続けた『恐怖の口が目女』は、出版社の目にとまり見事、書籍化されることに。年齢に関係なく、自分が好きなことをコツコツと続け、諦めず取り組んでいく――作者のその真摯な姿勢から学んだこと。

「好き」の気持ちに素直に、諦めずに続けること。人生は何歳からでも変わっていく

若い頃、音楽活動をする仲間たちのお手伝いをしていた。私がとても好きな音楽を作るグループ。メンバーやお客さんの作る空気があたたかく、みんなと友だちになった。

そのグループの中で友人になったのが崇山祟くん。当時からべらぼうに絵が上手かったと記憶している。音楽と同じくらい丁寧に描き込まれた彼の絵が好きだった。
 
『恐怖の口が目女』は、祟山くんがSNSでシェアをしていた漫画だった。かなり初期の頃に作品を知ったので、そこから更新されるたびに読んでいた。

当時は祟山くんがどこかの雑誌に連載しているわけでも、仕事として描いているわけでもなかった。彼が時々気ままに描いて、Webにアップしていた漫画だった。

■作者と、作品と、一緒に走った感覚

毎回更新したらFacebookで「更新しました〜!」と投稿してくれる。それをタイムラインで見つけてはひたすら追いかけ続けた。週刊誌や月刊誌を読まない「単行本派」の私が、かなり長い期間、唯一連載物で併走した作品だと思う。

後半、クライマックスに向けて執筆スピードが上がってきて、完結したとき、ちょっと私も抜け殻になった。作者と読者の関係だけど、完璧なウルトラマラソンコースを一緒に走りきったような不思議な達成感と多幸感が溢れた。感動した。
 
毎回、彼がひたすら描き続ける姿がカッコよかった。彼の作品をネットで読ませてもらえるのが嬉しくて、念力で「売れろ! 売れろ! いつか漫画本になって売れろ!」と画面越しに応援という念力を送り続けていた。

彼の中にある気持ちが溢れて作品になっている。そこにある静かな情熱が、日々私を引っ張ってくれていた。誰かのがんばる姿、溢れる気持ちや不安を描くことでしか片付けられなかったものもあるのだろう。ただただ、静かに応援し続けた。

■祈り続けていたら、待望の書籍化

「この才能、どうにか世に出てくれないだろうか?」と勝手に祈り続けていた友人であり、漫画家である。それが本当に出版社の目に留まり、まとまって本になった。商業連載スタートではない、Web上にコツコツ描いていた漫画が書籍化となった快挙。
 
予約した漫画が届いたとき、封筒を開けて泣きそうになった。オンラインのモニターでしかふれることができなかった作品。それを自分の手で持てた。物質になっていた。

「持てる! 祟山くんの漫画が手に持てる! 電源がなくても読める!」 1冊の書籍として持てることが、こんなに嬉しいのかと。そして私よりもっと嬉しいのは彼であってほしいと願った。
  
祟山くんの漫画は別格に好きで、友だちだからという贔屓もあるけど、彼という人柄や彼の暮らしのいろいろなことを知っているから、贔屓していいと思っている。ただ、そんな贔屓なんかなくても、きっと本屋で目が合えば買ったと思う。

理由なんてない。面白そうだから買う。どの絵もどのコマも物語の結末への道筋も、娯楽ホラーの領域を越えている。ホラーの要素を取り入れた文学なのだと思う。1冊でしっかりまとまる完璧な漫画。

■作者が私に、歩き始める勇気をくれた

書籍化が決まったとき、祟山くんは43歳になっていた。40代に入ってから彼は新しい職業を得て、新しい人生を送るようになった。いろいろあって、1年半ひたすら漫画を描き続けていたのは奇跡や才能を越える努力の塊だ。

それに、「描きたいから」という最もピュアな創作の気持ちだけが溢れる時間をすべて魅せてくれた。動き続ける、勝手にやっちゃう。すべては「描きたいから」というシンプルな気持ちだと思う。そのピュアさが痛いほど私を導いてくれた。

「立ち止まっていないか?」「描きたい気持ちを誤魔化していないか?」

彼の漫画がアップされて読むたびに、私の本当の心が裸になっていった。何もしていない自分が恥ずかしかった。恥ずかしいと思わせてくれる祟山くんが尊かった。

大人になると勝手に動くのは怖くなる。決まった日々を生き抜くだけでも大変な時代。それでも諦めずに、わき上がる自分の気持ちに素直になって動き出すことはできる。その先に、何かあるかもしれないし、何もないかもしれない。

結果はそこまで歩いた人にしか見えない。私もその景色が見たかった。手のひらに『恐怖の口が目女』の本がすっぽり納まったとき、もう私は歩き出す用意ができているのだと知った。

■描いてくれて、ありがとう

『DRESS』から漫画に関するコラムの依頼があったときに、この話以外書くことが見つからなかった。漫画そのもののレビューをすべきだとは思ったのですが、そんなものはこの漫画の前では意味がなく、友人と併走した1年半を思い出していると、漫画の中身だけを切り取ることはできません。

この本がこの世にあることがこのコラムのすべての意味だし、人生に影響を与えた漫画だとしたら、彼と作品の存在すべてが影響です。

「私は私の心に嘘をついていないか? 不安なら早く描け!」

この言葉を戒めるために、死ぬまで本棚の端っこにいてもらおうと思っている漫画です。祟山くん、漫画を描いてくれてありがとう。

漫画表紙写真/兎村彩野
画像/Shutterstock

DRESSでは9月特集「今夜は、漫画を抱きしめて」と題して、漫画から素敵な影響を受けた人々が、作品の魅力を綴るコラムやインタビューをお届けしていきます。

兎村彩野

Illustrator / Art Director

1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。シンプルな暮らしの絵が得意。愛用の画材はドイツの万年筆「LAMY safari」。

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