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「負け組」になってからが人生たのしい、と思った日

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あなたには辛いときに思わず読み返したくなる漫画がありますか? 今回は、多彩な連載を執筆するコラムニスト・りょかちさんに「人生で巡り会った最高の漫画」を紹介してもらいました。東京という街で焦燥感に追われていた彼女が出会った漫画とは――。

「負け組」になってからが人生たのしい、と思った日

東京は、劣等感の街だ。

少なくとも、上京してきた頃の私にとってはそうだった。

地元でもわかりやすいくらい優等生だった私は、小さい頃はいつでも「一軍」の人間だった。

中学生のときは生徒会だったし、高校生のときは特別選抜クラスに入っていたような人間だった。

誰かの脇役の人生? ありえない。「正しい人生」はいつも、私の手の中にある。

だから、自分で何かを選ぶことが苦手だった。

だって、いつも誰かに選ばれる人生だったから。

そんな私の人生で「足りない」思いをはじめてしたのが、東京という街だった。

第一志望だった出版社の最終面接。

控え室に座って都会的で洗練された候補者と並べられたその日、私は、ひとりだけ張り切って派手なワンピースを着ていた。その、目が痛いほどにわかりやすすぎる色合いが、最強にダサかった。


私はその日、やっぱり選ばれなかった。


私をSNSで「りょかち」として知ってくれている人は、社会人になったばかりの当時の私を「若手で文章が書けて、SNSで活躍するキラキラした人」だと思っていたかもしれない。

だけど実際の毎日は、周りが思うよりもずっと地味で孤独だった。

WEBディレクターとして毎日たくさん失敗しながら遅くまで働いて、休日は誰とも会わずに唯一の趣味である文章を書くという繰り返し。

平日の毎日は、ハードルだと思っていなかった小さな段差にさえ躓いてしまうような日々だったし、SNSでの知名度がどれだけ高まっても、悔しい思いをすることがなくなることはなかった。

むしろ、遠くの世界が見えれば見えるほどスーパースターが無数に現れて、焦ることが多くなったくらいだ。

「この街に実在している自分を、ちゃんと好きになれるのはいつになるんだろう」

東京の真ん中で、勘違いして上京してきたローカルスターのような気持ちになって、眠れない土曜日がたくさんあった。SNSには、休日の夜を楽しそうに過ごす友人たちの姿が、画面をスクロールするたびに延々と現れる。

こんな惨めな気持ちになっているのは、世界で自分だけなのではないかと思える日もあった。

■殴られ続けても、好きな場所で挑戦して、私は勝ちたい

そんなとき、よく読んでいたのが『3月のライオン』だ。

プロの将棋の世界で奮闘する、「神童」と呼ばれた少年・桐谷零の話。

東京の下町にひとり引っ越して孤独に将棋の板と向かう合う彼を、私は同志のように思ったし、作中に出てくる名人たちは、まるで私の周りにいる優秀なひとたちのようだった。

SNSのタイムラインも寝静まった土曜夜の午前二時。決まって漫画を読み始めるのはこの時間。

「勝ち続けること」を目指す彼らの姿に心を奮わせられてきた、私のバイブル。

けれど同時に、「負ける楽しさ」を教えてくれたのもこの漫画だった。

その日も、何気なく『3月のライオン』を読み返していた。

おそらく5回目くらいだったと思う。主人公が高校の友人に将棋を教えながら、「負け」に関する話をするこのシーンを読もうとしたころには、もう夜中の三時半になっていた。

「どのくらい強くなればこんな悔しい気持ちとおさらばできますか?」

将棋部員が放ったこの言葉は、「この街に実在している自分を、ちゃんと好きになれるのはいつになるんだろう」という気持ちにひどく似ているように思った。


「負ける気持ちとはいつまでもおさらばできない」


「強くなっても、強い敵が現れたら負けるし、そしたらすごく悔しい」


「進めば進むほど悔しくなる」


そんなふうに、主人公は自分の戦場のルールを語る。


—————だけど。


きっと主人公は将棋が好きなんだろうなあ、とわかった。

そして、「なぜそう思うのか?」と自分に問いかけたとき、「私も一緒だから」と答える自分がいた。

私も、負けながら勝つ日々が好きだから。


誰かに負けることを知らなかった、地元で暮らす私。

東京に出てきて、いつになっても自信を創り上げようとしては崩れ去る毎日を送る私。

たしかに、いつまでも私は私を好きになれないままだけれど、いつのまにか愛おしく思っているのは、今の自分の生活だったのである。


いつも苦しくて、悲しくて、時々眠れない。けれど、時々だけど、勝利に酔いつぶれて眠る日もある。次の日も余韻でくらくらする日もある。その濃縮されたアルコールみたいな喜びが、すべてのマイナスをねじ伏せて私を高揚させてくれる。

だから、やっぱり勝ちたい。

勝つ楽しさと残酷さを、この戦場で、私は覚えたのだ。


誰かに選ばれて泳ぎ着いた場所で、痛みのないワンパンで誰かに勝ち続けていた頃よりも、殴られ続けても好きな場所で挑戦して、時折りでも勝利を握りしめることができる今の方が、明日に手触り感がある。

桐谷零は「将棋」という厳しい戦場で「負け」を恐れず、けれども「負ける悔しさ」を飼い慣らしつつ、自分の好きなものと向き合い続ける。

私はそんな主人公の姿をぼんやりと見ながら、彼と同じ「勝ち」も「負け」もある世界で生きていることをシアワセだと思った。

■「負け組」になれる人生を選んでいるというシアワセ

自分が、世の中の「一軍」であるという意識は、とうの昔に失ってしまった。

けれど『3月のライオン』を読むことで、凡庸な自分の毎日を好きになれたような気がする。

自分がどんなに勝ち続けたいと願っていても、負けたり勝ったりしてしまうのが凡人の人生だ。

だけど、「一軍」じゃなくなって気づいたことがある。

それは、勝っても負けても悔しくない人生よりも、負けると悔しい人生の方がずっと楽しい――ということ。

この作品の中には、大好きなシーンがもうひとつある。

主人公のライバルである、病弱で人生のすべてを将棋に賭ける二階堂晴信のシーン。

宿敵である主人公・桐谷零に敗北した彼は、帰りのタクシーで「負けた…強かった…あんなに強くなってるなんて…………」とつぶやいたあと、不敵な笑みを浮かべてこう続ける。


「――でも次は絶対に負けない」


人生の醍醐味は、こんなふうに、負けないことに躍起になれることではないだろうか。そして、負けたくない戦場に出会うことである。

あの頃、小さな町で負けを知らなかった私に、こんな表情はできない。

身体の中から湧き上がる、鈍色だけどピュアな推進力を、あの頃の私は知らない。


「でも、次は絶対に、負けない」


こんなふうに、悔しくなれる試合があるならば、人生は上等だ。悔しさで心が歪みそうになれるうちは、喜びで心が躍る余地もまた、存在しているからである。私はこれからも、東京で闘っていきたい。

負けに怯えながら、「負け組」に恐怖する心に感謝して。



Text/りょかち
1992年生まれ。京都府出身。学生時代より、「自撮ラー」を名乗り、話題になる。現在では、自撮りのみならず、若者やインターネット文化について幅広く執筆。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎刊)。その他、朝日新聞、幻冬舎、宣伝会議(アドタイ)などで連載。

Twitter:@ryokachii

DRESSでは9月特集「今夜は、漫画を抱きしめて」と題して、漫画から素敵な影響を受けた人々が、作品の魅力を綴るコラムやインタビューをお届けしていきます。

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DRESS編集部

人生を自分らしく楽しむ大人の女性たちに、多様な生き方や選択肢を提案します。

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