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「平凡の呪い」から解き放たれるために、僕はアホになった

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平凡な人生である。姉は文武両道の優等生、兄はスポーツ万能。そんなふたりを追いかける僕は、学業も運動神経もそこそこ、強いて挙げれば人当たりの良さだけが取り柄の平凡な少年だった。

「平凡の呪い」から解き放たれるために、僕はアホになった

僕は、さして特筆することのない学生生活を送っていた。超売り手市場と言われた2008年の就職活動においても、周りが続々と大手企業へ内定が出るなか、一人なかなか受け入れてくれるところが見つからなかった。

大きな自信も個性もなく、業界研究すらろくにしないまま盲目的にコピーライターに憧れていただけの若者を雇ってくれるほど社会は甘くない。結局、人材会社に契約社員として拾ってもらい就職浪人を免れたものの、心はずっとモラトリアムを彷徨っていた。

振り返ると、どこにいても居心地が悪かったように思う。

持って生まれた人当たりの良さが、学校内の文化系、運動系、ヤンキー系、それも男女問わず別け隔てなく仲良くなれた分、どのグループにも確固たる自分の居場所はなかった。

たくさんの人と付き合いはあっても、心を許せる友だちは数えるほどもいない。

言いようのない劣等感と反骨心ばかりが育まれた学生時代。

心の拠り所は、たいてい漫画だった。

■迫られる人生の選択。決断の基準はただひとつ

心が弱っているとき、テンションを高めたいとき、そして大きな決断を迫られているとき。そんな折に触れて読み返す漫画がある。

南勝久先生の『なにわ友あれ』だ。

なにわ友あれ(1) (ヤンマガKCスペシャル)

¥ 540より

平成元年〜2年ごろの大阪の泉州という非常にローカルかつガラの悪い地域を舞台に繰り広げられるヤンキー漫画で、一部『ナニワトモアレ』と二部『なにわ友あれ』をあわせて59巻もある。

女性向けWebメディアにおよそ似つかわしくない作品ではあるが、そこは迎合しても仕方がない。

漫画の中での好きなシーンがある。喧嘩に明け暮れるクズな主人公・テツヤが大阪環状線の走り屋集団スパーキーに入り、どんどんクルマに魅せられていく中で、ヒロちゃんから伝説の改造車を譲ってもらうときの会話だ。

「若いうちに本物のスリル味わいたいってかーー? だからって環状なんか経験したってロクな大人にならんぞ!」

「でもオモロイ大人にはなれるんちゃうの?」

大阪環状線を時速180kmで走る環状族は、事故ったらもちろん即死。テツヤはそんな大惨事を目の当たりにしても、車の魅力に取り憑かれていた。「ロクな大人」よりも「オモロイ大人」になりたいーー。そんなテツヤの台詞が、社会人5年目を迎えた僕の心を揺さぶった。

約10年の社会人生活において、ベンチャー企業への転職と自身の起業という、ふたつの決断をした。悩んだときは、テツヤの台詞が脳裏に浮かぶ。

「でもオモロイ大人にはなれるんちゃうの?」

アラサーの男がそんなノリみたいなテンションで進路を決めて「アホちゃう?」と思われるかもしれない。しかし、大きな決断ほど、合理性よりも「オモロイかどうか」で決めた方がいい。

そんな生き方が、理屈抜きにかっこいいと思った。

そして僕はアホになった。転職も起業も、確固たる勝算はないが、オモロイ大人に近づいている確信がどこかにあった。

■成功も失敗も、すべて自分の責任

話を再び『なにわ友あれ』に戻す。本作シリーズの第一部で主人公を張り、第二部でもテツヤと並んで主役級の存在感を放ったグッさんは、僕の心のリーダーだ。

イケイケの環状族・トリーズンレーシングの初代会長・ヒロちゃんたちの引退とともにチームを脱退したグッさんは、当時数十~百人規模のチームが多数を占めるなかでスパーキーという新しいチームをたった4人で立ち上げた。

二代目会長と反りが合わないがために、潰されるのを覚悟で新しいチームを作る。たとえその道が向かい風であっても、自分の人生の舵を他人に握らせたくなかったのだろう。頑固でわがままで、融通の効かないやつだ。

成功も失敗も、すべて自分の責任。

ゼロから何かを始めるということは、要するにそういうことだ。それだけ大変な思いをするからこそ、大きなインパクトを残さなければ意味がない。

グッさんが、こんなことを言っていた。

「10年ーー20年ーー30年後ーーーー。
 俺らの知らん誰かが環状族を思い出す時ーー……話す時……。
 そこにスパーキーの名前が常に上がったらーーーー……最高やんけ!!」

今やSNSの発達により自ら発信する機会が増え、自分の手柄を自ら主張できてしまう風潮がある。

だからこそ、自分たちが成し遂げたことに対する評価を他者に委ねるスタイルを貫くグッさんたちの生き方に美学を感じた。

シンプルにかっこいいと思った。

グッさんはこの台詞で、「誰に対して大きなインパクトを残したいか」の重要性を説いている。

自分の人生を一生懸命に生きるということは、「自分がどの土俵で戦いたいか」「誰のために人生を捧げたいか」という問いに対する答えを導き出すこと。その答えを導き出すことができたら、あとは不特定多数の誰かにどう思われようがブレない強さを持てばいい。

自分が貢献したい世界の外側の声に耳を傾ける時間がもったいないからだ。

グッさんにとっての環状族がそれであり、僕にとっての漫画がそれなんだと思うと、自然と視界が開けてきた。

■アホになれば、「平凡の呪い」から解放される

『なにわ友あれ』に登場するキャラクターたちは、何者でもない平凡な不良少年たちだ。彼らは、環状族という走り屋集団と出会い、悩みながらも自分の生きる道を見出していく。

平凡というのは、僕にとってある種の呪いだった。しかし、その呪いは他者との比較の上で成り立つものであり、他人のふんどしを借りて相撲をとっているようなものだと気がついた。

グッさんたちが自分の居場所を求めてレーシングチームを立ち上げたのと同じように、僕は起業という道を選んだ。それが、僕なりの「平凡コンプレックスからの脱出」だったのかもしれない。

社会人になり、スタートアップの世界に飛び込み、起業という道を選んだ。「すごいね」「大丈夫?」「そろそろ安定したら…」周囲からはいろんな声をもらったが、それに一喜一憂することはなくなった。2回アホになってみて、少しずつ人生の主導権を自分のもとに取り戻せてきている感覚がある。

ここからどんな道が続くかは分からないが、僕はこれからも、道に迷ったらいったんアホになってオモロイ道を選ぶだろう。

グッさんやテツヤたちのように、ジジイになったときに酒でも飲みながら笑って話す日が来ることを願って。

Text/タクヤコロク
1985年兵庫県宝塚市生まれ。「マンガのセレクトショップ」がコンセプトのiOS向けマンガアプリ『マンガトリガー』編集長。好きなマンガは『ナニワトモアレ』『惡の華』『からくりサーカス』など。

Twitter:@coroMonta

DRESSでは9月特集「今夜は、漫画を抱きしめて」と題して、漫画から素敵な影響を受けた人々が、作品の魅力を綴るコラムやインタビューをお届けしていきます。

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DRESS編集部

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