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【漫画家・海野つなみ】他人を許すことは、自分を許すこと。ダメでもいい、私なりに頑張るための一冊

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一昨年、社会現象となったドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)。このドラマの原作となる漫画を描いたのが、キャリア29年の少女漫画家・海野つなみさんだ。既存の枠や偏見にとらわれず、新しい生き方や関係性を描き出す彼女に、“人生の一冊”とも言える漫画について話を聞いた。

【漫画家・海野つなみ】他人を許すことは、自分を許すこと。ダメでもいい、私なりに頑張るための一冊

取材場所にあらわれた海野つなみさんは、ワンピースがよく似合うほがらかな女性だった。ふんわりとしたパーマヘアを揺らしながら、大きな声で笑う。

一昨年、新垣結衣さんと星野源さんが踊る「恋」に、契約結婚から生まれたもどかしい「恋」に、心を奪われた人は少なくないだろう。あの時間はすべて、海野さんの漫画に端を発したものだ。

そんな海野さんに、彼女自身の人生に寄り添う一冊を聞いてみる。

彼女がおもむろにハンドバッグから取り出したのは、熱い劇画タッチが目を引く『燃えよペン』(島本和彦)だ。1990~1991年にかけて執筆され、のちに『吼えろペン』という人気連載に発展した。

サンデーGXコミックス『燃えよペン』 著:島本和彦  発行:小学館

漫画家・炎尾燃がさまざまな苦難に直面しながらも、破天荒にそれを乗り越え、名作(?)を描き上げていく熱血物語。文字通り、血反吐を吐くような極限の状況が、激しいトーンで描かれる。

つまり、海野さんの柔らかな作風とは、どうにもつながらない一冊だ。どんなところに惹かれているのか、尋ねてみた。

「漫画家って、常にしんどい仕事だから……アイデアが出ないときも、ペンがなかなか進まないときも、しんどいじゃないですか。そんなときにこれを読むと、無駄な熱さに影響されて、テンションがどんどん上がってくるんです。私にとっては、ドーピングみたいな漫画なんですよね」


第11話「完全無欠計画編」で炎尾燃は、原稿締切が何本も重なるなか、自分なりに完璧な進行計画を立てる。しかし、1本目の佳境と2本目の始動が並行しているようなスケジュールで、もちろん予定通りに進まない。

(c)島本和彦/小学館 サンデーGX

(c)島本和彦/小学館 サンデーGX

「私にも、似たような経験が何度もあります。そもそも無理をしているのに、終わらない。これ以上の無理なんてどうしたらいいの? と思うけど、主人公の炎尾先生は、修羅場で『あえて、寝るっ!』って言っちゃうんです(笑)。その台詞に元気をもらいます。

それに、やっぱり寝ないでやってもだめなんですよね。頭が働かないから同じコマを延々描いてしまったり、男性キャラに女物の洋服を着せていたり……アナログで作業していたときは、スクリーントーンをカッターで削りながら居眠りしちゃって、目が覚めたら指も原稿も血だらけでした……(笑)」

(c)島本和彦/小学館 サンデーGX

(c)島本和彦/小学館 サンデーGX

かろやかな海野さんの作品も、炎が燃えさかるような闘いの末に生まれている。

原作紹介のときに使用される『逃げるは恥だが役に立つ』のコマにも、苦い思い出があるという。

「第一話って、とにかく時間がないんです。キャラの造形や家のインテリア、間取り、務めている会社の業種や同僚など、決めなければいけない設定が山のようにあるうえ、書きだめもできない。だから、逃げ恥の初回も、ぼろぼろの状態で描き上げました。よくメディアに使っていただくコマだけど、平匡さんのバランスがなんだかおかしいし、絵が“寝ている”なぁって反省してます……」

©海野つなみ/講談社

■世界で一番好きな漫画を、描けている

そんなに大変な思いをしてまで、海野さんはなぜ漫画を描くのだろうか。

「漫画を描くのは苦しいけれど、やっぱり楽しいものなんですよね。だって、自分で描く漫画は、すべてを自分の好みにできるんです。こんな人がいたらいいな、とか、こんな言葉を言ってもらえたらいいな、っていうのを叶えられる。

私、自分の描いたもので感動したりするんですよ。ページをめくりながら『こんな描き方されたら泣いちゃうよ~!』とか『なんでこんなにツボなの⁉』とか思ったりして(笑)。だから、私は世界で一番、私の好きな漫画が描けてるんです」



生きることを少し窮屈に感じているような人たちに対して、海野さんの漫画はやさしい。だけどその出発点はいつも、社会への大義ではないのだという。誰かに何かを伝えたいから描くというより、自分や周りの狭い範囲に向けて、描きたいことを描く。だからなのか、私の作品ってすぐは売れないんです、と笑う。

でも、いいものに時代は追いついてくる。

現に、海野さんの「契約結婚ってなんだか面白いなぁ」というささやかな興味からはじまった“逃げ恥”は、多くの人に届いた。人生の転機を迎えるアラサー女性たちの物語『デイジー・ラック』も、15年以上前の作品ながら、今年になってドラマ化を果たしている。

「だから、近ごろはすこし責任を感じはじめているところなんです。“逃げ恥”みたいに、いろんな社会問題を描いていったら、いましんどい思いをしている人たちがもっと楽になれるんじゃないかって。

いままでは『自分がこの作品をどうしたいか』だったけれど、最近は『この作品は世の中でどう役立つんだろう』と考えはじめているので、もしかしたら漫画のつくり方が変わってくるかもしれませんね。年齢を重ねたこともあり、ちょっとでも世界をよくしたいなって思うようになりました」

■自分を許すことは、他人を許すこと

そんな心境の変化を迎えたタイミングにも『燃えよペン』が効いてくる。

「大きな役割を背負おうとすると、良いこととか、名言を言おうとしてしまいがちじゃないですか。でもそうすると、うまくできない自分のことを責めてしまう、というか。

だけど『燃えよペン』の炎尾先生って、めちゃくちゃな人なんですよ。アシスタントたちに無理難題を押しつけたり、名言を放ったかと思えばすぐに手のひらを返して、しょうもない主張をしたりする。そんな彼の姿を見ていると、自分のダメさを素直に受け入れられるんです。ダメでもいいから、私なりに頑張ろうって思える」

(c)島本和彦/小学館 サンデーGX

海野さんにも、仕事をするエンジンがかからず、だらだらだらだらしているうちに過ぎてしまう一日がある。忙しい時期に身体を壊して、仕事が予定通りに捗らなかったときもある。

でも、自分のダメなところを許して、一緒に歩んでいくしかない。

「自分のダメさを許すことって、他人を許すのとイコールなんですよね。『こういう立ち居振る舞いはよくない』という目で周囲を見張ってばかりいると、その厳しい目は自分に跳ね返ってきて『私の行動で周りに迷惑をかけているかもしれない』と、苦しくなってしまう。でも、最初から『それくらい、いいじゃない』という視線でいれば、何があってもお互い様。何事にも広い心で向き合えるんです」


海野さんの漫画にも、そういう登場人物は多い気がする。

2003年から不定期連載を続けている『回転銀河』の和倉千絵も、そう。周りに過剰に期待せず、だけど相手のいいところを見ようとするキャラクターだ。“逃げ恥”のみくりと平匡も、お互いを尊重することで、フラットで心地よい関係を築こうとした。

「どちらかに偏った見方は気持ち悪いなっていう感覚が、昔から自分のなかにあるんです。登場人物たちの関係性もそうだし、描くほうの視点でいえば『こっちの話では脇役だったキャラクターだけど、実はこういうことも考えている』みたいな……作品の世界でちゃんとバランスをとりたいんですよね。

そもそも何事でも、絶対に正しいものってないじゃないですか。見え方とか切り取り方次第で、どんなふうにも見られる。だから、私がいろんな切り取り方で描くことが、世界をより広げると思っています」


それでも、手が止まったときは。

『燃えよペン』の冒頭見開きにある「熱血マンガ十訓」だ。

“思い切って描け”

“失敗したら新しいのを描け”

(c)島本和彦/小学館 サンデーGX

「本当はこう描きたいけど、読者の反発があるんじゃないかと迷ってしまうときは、思いきって描く。ノリノリで描いたはずなのに読み返すと微妙だったり、いまいち筆が進まないときがあっても、長く引きずらない。新しく、もっといいものを描けばいいんです。こういう言葉を胸に、炎尾先生のような熱さだけは忘れないで、描き続けていきたいですね」

海野つなみプロフィール

漫画家。1989年『お月様にお願い』(なかよしDX秋の号)でデビュー。『逃げるは恥だが役に立つ』全9巻『新装版 デイジー・ラック』『新装版 回転銀河』発売中。9月13日に10人の漫画家の原作を担当した『その日世界は終わる』が発売予定。

Twitter:@uminotsunami

DRESSでは9月特集「今夜は、漫画を抱きしめて」と題して、漫画から素敵な影響を受けた人々が、作品の魅力を綴るコラムやインタビューをお届けしていきます。

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菅原 さくら

1987年の早生まれ。ライター/編集者/雑誌「走るひと」副編集長。 パーソナルなインタビューや対談が得意です。ライフスタイル誌や女性誌、Webメディアいろいろ、 タイアップ記事、企業PR支援、キャッチコピーなど、さまざま...

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