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結婚=大人? 前編

結婚して我慢している女こそが大人で、自由に仕事している女は一人前じゃない・・・みたい?

結婚=大人? 前編

 結婚していない人は、いつまでもコドモだ。まともな社会人ではない……
ちょっと前まで、それが当たり前のように語られていた。私の親の世代、ひょっとしたら姉の世代もそうかも知れない。

 まともな大人なら、結婚して当然。結婚しないのは何か事情があるのだ、曰く付きなのだとみなされ、仕事の信用にも関わるとか、一族の沽券に関わるとか言う人は、数は減っても今もいる。

 結婚すると、家計管理やら親戚付き合いやら、二人の恋愛感情とは関係のない、むしろ興ざめな懸念事項がいろいろと生じる。今までは誰かの彼女に過ぎなかった女が、妻という肩書きを与えられて、奥さんと呼ばれ、その役割にふさわしい人物かどうかを周囲に品定めされる。

 惚れたはれたで二人だけの毎日を生きるのではなくて、やりくりやしきたりなどの、感情とは別の動機で進めなくてはならない案件をいくつも抱えて生きるのだ。それらをいかにうまくこなせるかが家庭という社会の最小単位を維持する能力とみなされ、一人前扱いされる。

それはとても甘い生活とは言い難い。いろんな味が混ざり合って、気疲れすることも多くなる。そんなとき、こう言うのだ。

いいわね、独身の人は。自分の好き勝手に暮らせて。
いいわね、子供のいない人は。夫婦の好き勝手に暮らせて。
いいわね、仕事をしている人は。いつまでも自分勝手な女でいられて。

 家庭をもつことが成熟の証であると考えるなら、こんな怨嗟は生まれない。本音は

許せない、私は妻としてこんなに我慢しているのに。
許せない、私は母としてこんなに我慢しているのに。
許せない、私は女としてこんなに我慢しているのに。

 つまり、我慢大会なのだ。より多くの我慢をした人が偉い。我慢しない人間はわがままな子供だと。同じ女として少しでも自分より好きなことが出来そうな人間を見ると「自分勝手でいい気になっている」と非難する女たち。

あなたが不自由なのは、わたしのせいじゃない。あなたがそれほど我慢を強いられているのは、誰のせいなの? と問おうものなら、あなたになんかわかるものか、私がどれほど頑張っていると思うの?と反論される。

そう、みんな頑張っている。
ひとりの人も、ふたりの人も、家族で暮らしている人も。
仕事をもつ人も、もたない人も。

自分こそがもっとも我慢をしている、頑張っているという被害者意識が強い人は、その裏返しで、自分こそもっとも自己犠牲的な、利他的な人間であるという自負を強める。他の人は自己中心的な子供だけれど、私は違う。自分を殺せる理性と忍耐力を持っているのだ。オトナとは、そういうことだと。

社会制度としての結婚という側面よりも、この「みんな、私と同じくらいか、それ以上の我慢をするべきだ」という思い込みが「結婚していないなんて、コドモね」と言わせるのではないか。

そうやって工夫しないと、人生を肯定できないときもあるだろう。だけど私は思う。
ねえねえ、あなたはなぜ、結婚したの?
大人になるってさ、もっと楽しいことだと思うよ。

次回に続く
 

小島 慶子

タレント、エッセイスト。1972年生まれ。家族と暮らすオーストラリアと仕事のある日本を往復する生活。小説『わたしの神様』が文庫化。3人の働く女たち。人気者も、デキる女も、幸せママも、女であることすら、目指せば全部しんどくなる...

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