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漫画を読んで手に入れたのは、生きやすさと優しい気持ち

物語と現実の世界をつなげて漫画を読むと、視点を変えて過去の出来事や自分の性格を見つめ直すことができる。大人になって漫画を読むようになり、そんな気づきがあった笹山美波さん。漫画を読む前よりずっとリラックスして生きられ、たくさんの人に優しくできるようになったと感じる今、笹山さんが大好きな3作品を紹介していただきました。

漫画を読んで手に入れたのは、生きやすさと優しい気持ち

漫画の話が苦手だった。ほとんど読んだことがなかったからだ。例えば「あきらめたらそこで試合終了ですよ……?」と『スラムダンク』の名台詞を聞いても、何のことかピンとこないくらいひどかった。実家にいた頃、「お金が減るだけで、得るものはない」と禁じられていたのが原因だと思う。

漫画にまったく触れたことがないわけではない。子どものときに通っていたピアノ教室で、レッスンの待機時間にだけ置いてあった漫画を読んでいた。青山剛昌さん原作の『名探偵コナン』だ。

読むと頭が良くなった気がして嬉しかったし、登場人物にジンやシェリーなど洋酒の名前が使われていて、格好よくて好きだった。以来、洋酒がどんな味かずっと気になっていたが、大人になって遂に飲めたときには、「これがあの"悪の組織"の!」といたく感動したのを覚えている。

漫画を読まないと「人生損してる」と言われることが多い。悔しくなって、手当たり次第に名作を手に取ったこともある。こなすように読んでいたせいか、そのときはあまり面白く感じられなかったが、こうやって物語の世界と現実とを繋げて読むことができれば、楽しめることに気がついた。

それ以来、禁止されていたときの分を取り返すように、毎月10冊以上は欠かさず読んでいる。友達やAmazonから提案される作品のほとんどを購入しているので、もっと数多く読んでいるかもしれない。

■『恋は雨上がりのように』で、恋する気持ちを取り戻す

最近は少女漫画がお気に入りだ。初めて好きになった少女漫画は、眉月じゅんさんの『恋は雨上がりのように』。主人公の女子高生・橘あきらが、アルバイト先のファミレスの店長・近藤に密かな片思いをする話。私の勝手な考察では、あきらは近藤とコーヒー1杯のやり取りで2回恋に落ちる。1度目は初対面の客として。2度目はバイトとして。

1度目は、あきらが客としてファミレスを訪れたとき。近藤はあきらが落ち込んでいるのに気づき、コーヒーをサービスした際にあきらがブラックを飲めないのを察すると、後から手品でミルクを出して楽しませる。

2度目は、あきらがバイトの休憩中に近藤へコーヒーの差し入れをするとき。近藤はブラックとミルク付きのふたつが並んでいるのを見ると、「もう覚えたからね」と言ってブラックを受け取る。

1度目の近藤のいたずらな心配りはときめきをくれるが、2度目のほっとするやりとりは大事な人に認められた気分になる。漫画を通して、顔やその姿を見るだけで嬉しくなるような人ができたときと、その人と距離を詰めることができたときの喜びを思い出し、久々にキュンときた。

そして、妙に生真面目な性格から仕事や勉強を優先しがちだった私だが、誰かに恋焦がれ真っ直ぐに思う生き方をしてもいいんだと許された気分になった。

■"気にしい"だった自分を解放してくれた『凪のお暇』

次に好きになった作品は、コナリミサトさんの『凪のお暇』。主人公は周りの空気を読みすぎなOL・大島凪。会社では雑用を押し付けられ、同僚からは愚痴のサンドバッグにされ、プライベートでは彼氏からモラハラをされる散々な日々を送っていた。

凪は、あることをきっかけに仕事も人間関係もすべてて投げ出しリセットを試みる。他人の顔色を伺う性格も変えたいのだが、なかなか変われない。疲れ切った彼女がひとり自宅で食べるのが、ツナ缶と豆苗の炒め物。私はこのシーンが大好きだ。

(C)コナリミサト(秋田書店)2017

誰かに見られたらちょっぴり恥ずかしい”節約飯”だが、凪はこの豆苗炒めをとても幸せそうに食べる。モラハラ彼氏には豆苗を育てて食べるのを「貧乏くさい」と批判されていたが、このシーン以降、やっと好きなものを自分のために大事にできるようになり、より心が豊かになった感じがした。

私も若い頃は、他人に嫌われないよう自分を偽ることが多かったので、凪には強い懐かしさを覚えた。無理やり迫られたときや、理不尽な怒りを向けられたとき、好きなものを否定されたとき。嫌な感情を抱いているのも、それを相手に向けるのも、我慢して対応するのも辛いのを知っている。感情移入せざるを得ない。

吹っ切れて、すべてリセットして変わろうという気持ちになるのもわかる。だから、いろいろな人に振り回された後で、自分らしい暮らしを取り戻した彼女には強い共感を覚えたし、同時に今の私を認めてもらえた気分になった。『凪のお暇』は、弱い彼女が一つひとつコンプレックスを克服し成長するのに若い頃の自分を重ね、応援したくなる漫画だ。

■漫画を読むと、他人や自分にもっと優しくなれる

物語と現実の世界をつなげて漫画を読むと、視点を変えて過去の出来事や自分の性格を見つめ直すことができる。気持ちを改めさせてくれるし、肯定してくれることもある。

そのお陰で漫画を読む前よりずっとリラックスして生き、たくさんの人に優しくできるようになる。漫画は読んだ分だけお金はかかるが、たくさん心の中に得るものがあるし、何より楽しいから好きだ。

Text/笹山美波
「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのプロデューサー、マーケター。フリーランスライター。鰻オタク。文学と食を繋げて楽しむのがライフワーク。

画像/Shutterstock

DRESSでは9月特集「今夜は、漫画を抱きしめて」と題して、漫画から素敵な影響を受けた人々が、作品の魅力を綴るコラムやインタビューをお届けしていきます。

DRESS編集部

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