「夜中にお風呂でハーゲンダッツ」は変ですか? 食べ方は自由でいいと教えてくれた漫画
人には知られたくない、見られたくない「秘密の食べ方」は、多くの人にあるのではないか。こんな食べ方、していていいんだろうか? そう悶々とする方へ読んでほしい漫画『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』(おおひなたごう/KADOKAWA)をご紹介します。
深夜、湯船に浸かりながら食べるハーゲンダッツが好きだ。
固めのハーゲンダッツが、風呂場の蒸気でだんだんとゆるんでいく。ベストになったタイミングで、そっと銀のスプーンで口に運ぶ。
汗をかいているせいか、カロリーの一部がチャラになった感覚さえある。無敵な気分だ。嫌なことがあった日も自力で乗り越えるために、我が家の冷凍庫には結構な確率でハーゲンダッツがスタンバイしている。
風呂場で食事なんて、行儀が悪い! と、怒られてしまいそうだ。他にもいくつか、定番の食べ方がある。どれも、深夜でもコンビニで手に入るものばかりだ。
■ひとりで食べる「背徳飯」
サクレレモンに濃いめに作ったジントニックをぶっかけて食べる(しゃりしゃりで効率良く酔えておいしい)。
カップヌードル シーフード味に牛乳と粉チーズを入れる(よりクリーミーになっておいしい)。
チキンラーメンにブラックペッパーをたっぷりふりかけ、鍋から食べる(洗い物が最小限で済むし最後までほかほかでおいしい)。
深夜にセブンプレミアム 千切りキャベツにこれまたセブンプレミアムの金のビーフカレーをかけて食べる(白米の分のカロリーがカットできるし、セブンのカレーは奇跡的においしい)。
卵かけご飯は卵黄を2個のっけて、あおさ醤油をかけていただく(2個もいっちゃった! という贅沢感がたまらなくておいしい)。
……言える範囲では、ざっとこのくらいだろうか。ひとり暮らしをしていたときは、ワンコインで手に入る、自分だけの密かな幸せを楽しんでいた。そして同時に、背徳感も覚えていた。
■自分の機嫌をとるための、かわいいドーピング
「この姿、人に見られたらどんな風に思われるだろうか」と。ついでに、部屋の隅には1回しか読んでいないマナー本のベストセラー『ティファニーのテーブルマナー』をほったらかしていることも思い出した。
別に誰かに迷惑をかけるわけでもない。外では絶対にしないし、そもそも、公言しない限り誰にもわからない。自分のご機嫌は自分でとるしかないのだ。
こういう風に心の蘇生術をいくつか持っていないと、10年も労働を続けるのは難しい。長年社会人をやっていると、そりゃあ世知辛いことだってある。
それでも、SNSに愚痴は吐き出さない。それがあまちゃん会社員なりのプライドでもあるのだ。しかし、息が詰まる。これからもできるだけ楽しい気分で働くために、時には深夜のアイスやコンビニグルメでドーピングも必要だ。
■こだわりが反映される「食べ方」を描いた作品
それでも、「わたしの食べ方、これでいいのか?」と不安になってしまう。そんなときに出会った漫画作品が、『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』(おおひなたごう/KADOKAWA)だ。
食べるタイミングや「ちょい足し」には、人の数だけそれぞれのこだわりがある。漫画『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』は、食べ方をテーマにした作品だ。グルメ・お料理漫画はレッドオーシャンだが、その人のこだわりが出る「食べ方」に着目した作品は珍しい。
主人公は着ぐるみショーで生計をたてる俳優・二郎。ブレイク前の女芸人・みふゆと交際している。このカップル、「食べ方」をきっかけに、事あるごとに大ゲンカをするのである。
目次だけサラッと読んでも面白い。「ショートケーキの苺 いつ食べる?」「焼き鳥 串から外す?」「カレーのルー どうかける?」どれも、いろんな派閥がありそうだ。
「そんな食べ方をするなんて、どんな教育を受けてきたの!?」など、相手をクリティカルに否定するような展開はないから安心してほしい。この作品、嫌なヤツが不在なのだ。
■「自分が好きな食べ方をすればいいんだ」と肯定できた
第1話「目玉焼きの黄身 いつつぶす?」内のエピソードを紹介してみよう。ふたりで初めて迎えた朝、二郎に朝食を振る舞うみふゆは「目玉焼きに何かける?」と、醤油・ソース・粉チーズ・わさび・からし・マヨネーズなどなど、おびただしい数の調味料を差し出す。
『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』(おおひなたごう/エンターブレイン)1巻11ページ
(C) おおひなたごう /KADOKAWA
「いろんな食べ方をする人がいるから」と笑顔のみふゆだが、二郎は「(この調味料は)彼女の男性遍歴を物語っているのでは……」と勘繰ってしまう。みふゆからしたら、おもてなしの感覚だろうに、そんな深読みをされたらたまったもんじゃない。
目玉焼きの黄身の取り扱いについても、ふたりはすれ違う。半熟の黄身を割り、白身と付け合わせを絡めるのが大好きな二郎。しかし、みふゆは目玉焼きの黄身を潰さない。最後まで黄身をキープした後、ぱくっと一口で飲み込むのだ。
『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』(おおひなたごう/エンターブレイン)1巻15ページ
(C) おおひなたごう /KADOKAWA
彼にとっては受け入れがたいその食べ方を、全否定する二郎。しかし、みふゆには「食器を洗う際に面倒だから、皿を極力綺麗に保ちたい」という理由があった。普段は皿を洗うときのことなんて考えていない二郎だから、みふゆの気持ちがわからなかったのだ。
「食べ方」という切り口から、さらっと「どちらが家事のオーナーシップをとるか?」という問題に繋がっているのも面白い。食べ方って、これくらい根深いのだ。
一風変わったそれぞれの食べ方を通し、「相互理解」が進んでいく本作。各キャラクターの育ってきた背景や、生活の中で重んじることがにじみ出ている。
読んでいるうちに、「みんなそれぞれ、好きに食べればいいんだ」と、なんだか晴れやかな気持ちになった。わたしはこれからも、堂々とお風呂場でハーゲンダッツを食べることにする。
Text/小沢あや
フリーランスの編集者 / ライター。Engadget日本版にて「ワーママのガジェット育児日記」連載中。モーヲタ歴19年の超女性アイドルおたく。豊島区長公認の池袋愛好家でもある。Twitter:@hibicoto、note:hibicoto
書名:『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』
著者:おおひなたごう
発行:KADOKAWA
既刊10巻(『月刊コミックビーム』で連載中)
(C) おおひなたごう /KADOKAWA
写真/Shutterstock
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