「ネパールから出稼ぎに来ている彼らにとって、一年に一回故郷に帰るフライトの中で飲むウィスキーは格別。カタールでお酒なんて飲んでいられないし、家族を置いてお金を稼ぎに来ているわけですから、ネパールに帰ってもそのお金でお酒を飲むなんて自由はありません。だから、どうか嫌な顔をせず、サービスをしてあげてください」
一杯のウィスキーから生まれた物語
私が持っている「当たり前の価値観」と、相手が持っている「当たり前の価値観」は違う……けれど、私たちは普段の暮らしの中で、その違いをどれだけ意識することができているでしょうか。
一人ひとりがそれぞれの目的で搭乗する飛行機。
その毎日のフライトでは、たくさんのストーリーが日々生まれています。
本連載「空から学んだおもてなし術」では、そんなストーリーと巡り合うCA(客室乗務員)にお話しを伺い、心がほっこりするような物語とともに、皆さんの生活がさらに豊かになるようなヒントをご紹介していきます。
AIの時代、どんなに便利な世の中になったとしても「私たち人間同士だからこそ生み出すことができるストーリー」がそこにはありました。
左:星名亜紀(筆者)/右:田中ロウマさん
今回のゲストは田中ロウマ(たなか・ろうま)さん。
大学卒業後、製薬会社にてMR(医薬情報担当者)を経験し、その後、国内エアラインに客室乗務員として入社。その後、カタール航空に入社し、異文化である中東での生活を送りながら、世界80カ国を飛び回りました。
その後日本に帰国し、エアライン専門学校に講師として勤務。
現在はヨーロッパ系エアラインで乗務をされながら、エアライン受験生のサポートもされています。
■堅実な製薬会社を辞めてCAになると決意。両親を説得するためにまずしたこと
――現在CAとして活躍されているロウマさんですが、。本音でズバリと書かれているブログも人気ですよね。エアライン受験生からだけでなくそのお母様や、飛行機好きの男性からも支持されていると伺っております。
国内、中東、ヨーロッパとエアラインを渡り歩いてきただけあって、話のネタもとても豊富。男性CAさんの立場からの視点がすごく新鮮です。そんなロウマさんですが、もともとCAを目指すことになったのはどのようなきっかけがあったのですか?
実は、小学生くらいのときにはすでに「CAになりたいな」という想いはなんとなく持っていたんです。でも、大学卒業後は親の期待に応えようと、製薬会社のMRという堅実な道を選びました。しかし、心の中ではずっと「何かが違うなぁ……」とモヤモヤを感じていたんです。
そんなとき、ちょうどエアラインの募集が出て、ちょうど営業で島根にいた私は自問自答。
「なぜ今島根にいる? こんなことしている場合ではないよね?」と。
そして、そのまま島根から大阪まで6時間以上かけて営業車をかっ飛ばし、エアライン受験用の写真スタジオに向かいました。
――ご両親は応援してくれていたのですか?
いや、猛反対でした。だから相談はしませんでした。
受かる前に反対する人に相談しても、反対の意見しか返ってきませんから。相談する前に、まず行動。そして、結果を出してから説得させようと思いました。
――試験には合格されたのでしょうか?
はい。親にこっそり受講していたエアラインスクールのレッスンもたくさん残ったままで、すんなりとCAになることができたんです。母もその結果を見て、納得してくれました。
自分のステップアップは自分でやるしかありませんよ。自分で選んだ道だから、ちゃんと責任をとる覚悟もしていますし。そのうち母も、私が何をするにしても「この子は目標を決めたらそこに向かって突き進み、確実に達成していくから」と応援してくれるようになりました。
――そこから、中東、ヨーロッパと渡り歩いてきたんですね。中東での生活はどうでしたか?
カタール時代は、100 カ国以上の国際色豊かなクルーと、80カ国以上に飛び回っていました。日本線以外は、一緒に飛ぶ仲間は基本いつも国籍がバラバラです。文化、育った環境、宗教、価値観、肌の色、髪の色、すべてがそれぞれ異なります。大変なこともありましたが、やはりすごく貴重な経験をさせてもらいました。
■一杯のウィスキーの重み。「私の当たり前」が「相手の当たり前」ではないと学んだ
――そのような環境の中でフライトしてきた中で、何か思い出のフライトはありますか?
ネパールのカトマンズへのフライトです。
ネパールのフライトってネパールへ里帰りする人たちがわんさか飲むので、ウィスキーが飛ぶように売れていくんですよ。そのスピードが半端ない! エコノミークラスで、ボトルが9本空いてしまうんですから。
いつもそのような状況でしたので、クルーたちの中にはため息混じりの表情で「またか」という態度でサービスする人も多かったんです。だって普通は、そんなに機内でお酒を飲みませんよね。
――まぁ……たしかにそうですよね。
でも、あるとき、ネパール人の客室責任者からこんな話をされました。
ネパールからの出稼ぎの人たちは、だいたい工事現場と警備の仕事をしているのですが、40度から50度にもなる屋外で必死に働いています。
その人たちにとって一年に一度のフライトの中で飲むウィスキーは本当に特別なものだったのだろうな……そんな風に想像すると「一杯のウィスキー」への見方が完全に変わりました。
――自分の視点から、相手の視点へと変わったんですね。
それからのフライトでは、とびきりの笑顔で、ウィスキーを並々と麦茶のように注いであげるようになりました(笑)。
すると、その男性が、「こんなに気持ち良くサービスしてくれたのは君が初めてだよ」と初めてチップをくださいました。日本円で言うと100円程度の金額でしたが、平均月収2万円の彼らがそのチップへ込めた思いを考えると本当に嬉しかったですね。
――日本人だけで仕事をしているとやはり「日本スタンダード」が出来上がってしまいますもんね。
そうなんです。私はそのように異文化の中で働くことで「私にとっての当たり前」は「相手にとっての当たり前」とはまったく違う……「そんなこと当たり前だろ」と思うかもしれませんが、実体験としてそういったことを学びました。
例えば、たまに機内でお客様に「男性用トイレはどこですか?」と話しかけられるのですが、ついつい「機内には男性用も女性用もありませんけど!」と、”そんなことも知らないのですか?”という態度になってしまいがち。
でも、世間を見渡すと、いまどき男女共用トイレなんてどこにもないんです。
汚い公園の公衆トイレですら男女別ですからね(笑)。
機内が職場で、その環境が当たり前と思っていたことは、ほかの方にとっては当たり前ではないことが多々あるんだということをわかっていると、「今どき男女共用のトイレなんて機内以外どこにもないですよね! 申し訳ございません」というお声掛けが笑顔で出てくるかもしれません。
■相手との「当たり前」のギャップを感じることが、コミュニケーション上手になるための第一歩
――その学びはロウマさんの普段の生活の中でも活きているのですか?
日本人同士の「当たり前」が、それぞれの人によって微妙に違うことにも敏感になりましたね。
以前は、人と話していても興味のないものに質問するタイプではなく、「ふーん」という態度で終わってしまうことがよくありました。でも、この学びのおかげで「人との当たり前の違いを楽しんでみよう」という気持ちが芽生えたんです。
例えば、私は映画にまったく興味がありません。暗闇に2時間もいたら眠くなるし、値段も安くないし、数カ月まではDVDで見られるし、なぜわざわざ映画館に行くのか理解ができなかった。
昔であれば映画に興味がある人がいてもスルーしていたと思います。でも今は、「なぜ?」と会話することにしたんです。「映画は楽しくない」が当たり前の自分と、「映画は素晴らしい」が当たり前の相手とのギャップを知りたくて。
そうすると、暗いからこそ集中できたり、周りにも同じ心境の人がたくさんいる映画館の中で観るからこそその空気感を楽しんで一緒に泣けたり、アクションは大スクリーンだからこそ楽しめたりと、そこには新しい発見がたくさんあった。
――そのように自分と相手の間に生じる「ギャップ」に興味を持ち、会話をすることって難しいような気もします……。
私は「マツコデラックスさんってすごいな」といつも思うのですが、マツコさんが出演されている番組では、ゲストの方の意見をバシバシ否定していくシーンも多々あります。でも、同時に相手の興味を聞き出していくんです。そのように、たとえ興味がなくても、さまざまなことに対して関心を持ち「聞く」ことであの会話の幅の広さ、知識の深さを手に入れられたんだろうなと思います。
――ロウマさんのお話しを聞いていると、もちろん愚痴や不満などもあるとは思うのですが、仕事へ対しての「愛」をものすごく感じます。きっとこれからもずっとフライトをされていくのですね。
はい、もちろん大変なことはありますが、この仕事はずっと続けていきたいですね。
この仕事って一種の中毒のようなもので。私も一旦降りて地上職(エアライン講師)をしたことがありましたが、やはりどうしても戻りたくなって戻ってきてしまいましたね。
現在はフライトをしながら、エアライン受験生のサポートもしているのですが、その子たちと一緒にフライトをしたり、空港でお互い制服姿でばったり出会えたりするのが楽しみでなりません。
田中ロウマ プロフィール
福岡県生まれ。
大学卒業後、製薬会社にてMR(医薬情報担当者)として勤務。しかし、学生時代からの夢であった客室乗務員を目指し、国内系エアラインへと転職。
その後、世界を飛び回ることのできる国際線乗務に憧れ、中東系エアライン・ヨーロッパ系エアラインへと転職を繰り返す。
現在は日本とヨーロッパへ月に3往復程度乗務しながら、キャビンアテンダント受験生に向けたプライベートスクールROMA&Co.を開校。日系大手、外資系エアラインへと新しいキャビンアテンダントを送り出している。
受験生へのエールは
It always seems impossible until it’s done.
何事も達成するまでは不可能に見えるものである
ブログ : https://ameblo.jp/flyskyroma/
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