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元スクールカースト底辺。つらかったけど少しだけ生きやすくなった理由

スクールカースト底辺だった、と自らの学生時代を振り返るライターの姫野桂さん。カースト上位の女子からは見下され、男子からはいじめに近い行為をされてから、容姿と恋愛コンプレックスを抱えて生きてきた。自分に自信がなく、男性も苦手。でも、普通に恋愛をしてみたい。そう思って飛び込んだ世界は――。そこで手にした生きやすさとは――。

元スクールカースト底辺。つらかったけど少しだけ生きやすくなった理由

■スクールカースト底辺にいた

スクールカースト底辺だった。自分の恋愛・容姿コンプレックスのすべての源はここにあると言ってもいい。中学2年の2学期、私立の中高一貫の進学校へ編入した。転校して数日は、いろんなグループの子が話しかけてくれた。転校して間もないし、まずはおとなしくしておこうと、校則通りに制服のスカートを膝丈にしていた。

すると、スカート丈が太ももの半分ほどしかない女子が「なんでスカート丈長いと?」と聞いてきた。そのときは「そうかな?」と聞き返して終わったが、その瞬間からスクールカースト底辺と認識されるようになった。

スクールカースト底辺のグループは、例えば、遠足や修学旅行のバスで前の方の席に座っていることが多い、と言うと伝わるだろうか。別の表現をすると、アニメやマンガなどのオタク趣味を持つおとなしいグループ。スカート丈は長く、あまり見た目に気を遣っていない印象。

一方、スクールカースト上位のグループは、常に流行に敏感でテンションが高い。スカート丈は短く、校則違反である化粧も少ししていた。上位と下位の違いが、なんとなく伝わったと思う。

オタクの子たちが属するスクールカースト底辺グループにいたが、私は社会現象を起こすほどの作品はチェックしてそれなりに楽しむものの、アニメやマンガ、ゲームにそこまで詳しくはない。オタクの子から勧められたマンガを読んでみるも、特にハマることはなかったし理解もできなかった。だけど、このグループの子たちは私を傷つけるようなことはしないし、みんな良い子たちだった。だから一緒にいた。

スクールカースト上位の女子全員容姿が良いわけではない。顔のつくりは関係なく、どれだけイケている格好をしているか、どれだけノリが良いかでそのカーストに属せるのかが決まっていた。だから、カースト底辺にもきちんと化粧をして流行の服を着たら将来モテまくるだろうなと思う、キレイな顔立ちの子はいた。

カースト上位の子たちは基本的に底辺の子たちを見下している。ある日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻ったら、上位の子たちがおしゃべりをしていた。私が教室に入った瞬間、ニヤニヤしながら話を中断。場はしーんとなったけれど、嫌な雰囲気を肌で感じた。

忘れ物を無事確保して教室を出た瞬間、彼女たちの爆笑が響いてきた。私は下を向いて廊下を走り学校を後にした。スクールカーストは男子にも存在していて、上位同士の男女は仲が良い。上位の男子からいじめに近い行為を受けたこともある。

■風俗店で恋愛コンプレックスの荒療治をした

スクールカースト底辺の過去を引きずったまま、大人になった。ネット上では女性芸能人のことを「劣化した」だの「二十歳以上はBBA」だの、女性の人権を軽視した発言があふれている。

中高時代にカースト上位の男子からいじめられた過去と、女子大で男性と関わる機会がほぼなかったのもあり、世の男性はみんなそう思っているのだと想像していた。一部のミソジニーたちの発言を真に受けて、当時25歳だった私はもうダメだと思っていた。まともに恋愛をしたこともなかったが、付き合ったことのある男性は女性芸能人の写真や私の友達の写真を見て「すごいブスだねw」と言ってくることが多々あった。

男性嫌悪をしながらも、恋愛をしてみたかったし彼氏が欲しかった。周りの女子たちは普通に恋愛をしているように見えた。どうすれば好きな人に普通に愛されるのかが自分にはわからなかった。容姿に恵まれていない女性でもなぜ彼氏がいるのか、なぜ幸せそうに見えるのか心底不思議だった。

自分は女として自信がないし、男性のことがわからない。荒療治として28歳のとき、友達が働いていた風俗店を紹介してもらい、働いてみた。水商売の経験すらない私が突然風俗業界に飛び込んだ。少しマニアックな店で粘膜接触が一切ないため、病気の心配がないのが入店の決め手だった。既にライターとしてバリバリ忙しく飛び回っていたので、本職に支障が出ないよう、月に1度しか出勤しなかったものの、リピートをしてくれる本指名のお客さんがすぐについた。ありがたいことに、お客さんがつかない日もなかった。

お店のホームページに顔写真は掲載されていないため、どんな女の子が来るのかお客さんは直前までわからない。ホテルのドアを開けた瞬間「こんなキレイな人が来るとは思わなかった」と、まだプレイ前なのに延長を申し込まれたことや、「他の子と違ってすごく仕事ができるよね」手際の良さをベタ褒めしてくれるお客さん、「来て本当に良かった。ありがとう」と何度もお礼を言ってくれるお客さんもいた。

帰宅後はどんなお客さんを接客したか名前と特徴、話した内容、その日の収入をエクセルに記入。次回指名してくれた際はその資料をもとに前回の話を振ると「覚えてくれていたんだ!」とお客さんは目を輝かせる。私はここだとちゃんと、女性としての価値があった。男性と普通に接することができた。風俗店で働くとスレてしまい、女性としての価値がなくなると言う人もいるが、私はそうは感じなかった。

ただ、接客中は生き生きとしているものの、帰りの電車に乗ってからは魔法が解けたかのように、いつもの自信のない私に戻ってしまっていた。風俗店で稼いだお金は1円も使わず定期預金に入れている。

■コンプレックスと向き合うことは自分をよく知ること

ただ、大人になってから、容姿を褒められることが増えていた。高校時代はかなり太っていたものの、二十歳を過ぎて痩せ型体型になってから、それはさらに顕著になった。

ライターの仕事を始めた当時、顔出しをしない予定でいた。しかし、編集者から「きれいなんだから絶対顔出しをした方がいい」と強く勧められ、宣材写真を撮ってみた。最近では、モデルも兼任してお出かけスポットを取材する記事もレギュラーで書いている。

撮影時はカメラマンさんに指示されなくても、ある程度のポージングを堂々とできるようになった。また、カメラマンさんから「仕事とは別で練習をしたい」と言われ、個人的にモデルの仕事を受けることもある。

ポートレートモデルをしたときの写真
photo by.YUSUKE YAMANAKA

ヌードモデルをしたときの写真
photo by. YUSUKE YAMANAKA

風俗店での勤務経験とモデル仕事をこなせたこと。これらで私の容姿へのコンプレックスは少し薄れていった。しかし、どんなにがんばったってコンプレックスそのものがなくなることはない。自分の容姿は悪くないのだと思えるようになったが、ある一定の角度からの顔には自信がないし、まだまだ恋愛コンプレックスは根強く残っている。

コンプレックスは受け入れて向き合わねばならないもの。それに気づいたのは、1月、過労に加えて男性関係がこじれたことが原因でメンタルを崩し、心療内科を受診したことがきっかけだ。精神療法で自分と客観的に向き合うと、どんどん自分の“荷物”が軽くなっていった。

自分と向き合うというのは、自分をよく知ることでもある。医師と話していると、今の自分がどんな状態で、どうすれば生きやすくなるのかが見えてきた。現在、さらに自分を深く知るために、臨床心理士による性格の傾向のテストを受けている最中だ。

性格の傾向テストに使った冊子

性格の傾向テストに使った冊子

今まで、容姿が良いとは思えない人や、性格が良いとは思えない人でも恋人がいるのが不思議だったが、それは自分のことをよく知った上で、自分を素敵に見せるポイントを知っていたからなんだとわかった。

最近流行りの、どんな色のメイクや服が似合うのかがわかる「パーソナルカラー診断」や、どんな系統の服が似合うのかが分かる「骨格診断」も、自分を知る方法のひとつだ。

コンプレックスはいきなり解消しようと思わず、まずは自分を客観視して余計なものを取り払う作業が必要なのだと思う。もう少し早く心療内科を受診していれば、楽な生き方を手に入れられていたのではないか。しかし「たられば」なんてウダウダ言っても仕方ない。自分のことを知って生きやすくなった今を、精一杯楽しむのみだ。

Text/姫野ケイ
Photo/YUSUKE YAMANAKA

4月大特集「愛すべき、私のややこしさ」

https://p-dress.jp/articles/6537

『DRESS』4月特集は「愛すべき、私のややこしさ」。多くの人はなんらかのコンプレックスを抱えて生きています。コンプレックスを意識しすぎるとつらく、しんどいものです。でも、それをうまく受け入れ、付き合っていけば、少しだけ生きやすくなるはず。本特集ではコンプレックスと向き合うヒントをお届けしていきます。

姫野 桂

フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やWebなどで執筆中。専門は性...

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