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介護とは人の命を支えること【岩佐まり】

家事ができないほど頭痛のひどくなった母をおかしいと思い始めたのは19歳のとき。現在、34歳となったフリーアナウンサーの岩佐まりさんは、自身のブログ「若年性アルツハイマーの母と生きる」を長年綴りながら、どのようにお母さんと向き合ってきたのでしょうか。岩佐さんへのインタビューを前後編でお送りします。

介護とは人の命を支えること【岩佐まり】

アメーバブログ「若年性アルツハイマーの母と生きる」が大きな話題となり、2015年に書籍版『若年性アルツハイマーの母と生きる』を発売し、TBS系『サンデー・ジャポン』でも取り上げられた岩佐まりさん。

昨年末には、島田洋七さん、ねじめ正一さん、安藤桃子さんらとの共著で『私と介護』も出版しました。

19歳のころ、母の異変に気づいて以来、舞台女優の夢を追いつつもフリーアナウンサーに転向し、キラキラとした20代の時間を介護に費やしてきました。

15年もの介護生活を通して、今、彼女が何を思うのか。岩佐さんに、若年性アルツハイマー型認知症という病気について、また一番混沌としていた介護初期の話を中心に伺いました。

■原因不明と言われ続けて。ようやく受けた診断がアルツハイマー予備軍だった

――岩佐さんのお母さんは、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。お母さんの様子がおかしいと思い始めてから、若年性アルツハイマー型認知症と診断されるまでのことを教えてください。

19歳で私が大阪から上京したときに、実家で暮らす54歳の母が家事もできないくらい頭痛に悩まされていることが最初のきっかけでした。病院でCTスキャンを撮っても異常なしと告げられてしまうので、正直母が病気なのかどうかもわかりませんでした。

1年後、電話口で母が同じことを何度も繰り返すので、大学病院に行ってもらいましたが、単なるもの忘れとの診断でした。そこから3年後、母が58歳のときに、大阪で2カ所しかない「もの忘れ外来」で、認知症の前段階であるアルツハイマー型軽度認知障害(MCI)と診断されました。

MCIの段階では薬がありません。薬がないのであれば日常生活をどのように過ごせばよいか、どうすれば認知症へと進行しないのかをお医者さんに教えてもらいたかったのですが、病名を告げられただけで、何をすればよいのかまったくわからない。もう、ただ母を見ているしかない。後にアルツハイマー型認知症を発症する可能性が非常に高いですし、なかなか物事を前向きに考えられませんでした。

――お母さんが変だなと思い始めてからアルツハイマー型軽度認知障害(MCI)の診断が下るまで、3年以上の時間がかかりました。その間、お母さんに関することで、どんなことが起きましたか?

MCIの診断がされるまでの約3年間は、一言で言うと、「おかしい」の連続でした。とにかく、なくし物が多かったです。症状が進むと、なくす内容が変わってくるのですが、初期の頃は小さなもので、家の中での置き忘れでした。携帯電話や指輪をどこに置いたのかわからない。ただ置き忘れが連続して起きるので、探し物が増えてしまい、本人は余計にわからなくなってしまうんです。

病気が進むと、今度は駐輪場で自分の自転車をどこに置いたのかがわからなくて家に帰れなくなったり。大切な持ち物をどんどんなくしていきました。公衆トイレにカバンごと忘れたこともありました。

――その後、アルツハイマーと診断されたのはいつですか? またその診断をされたときに、どう思いましたか?

アルツハイマーの診断が下ったのは、「もの忘れ外来」の診察から2年後でした。私が25歳、母が還暦になった年です。MCIの段階ではサプリメントしか処方されなかったので、アルツハイマーになったことで、やっと母は薬が飲めると思って、私自身は喜びましたね。

■母をブログで顔出し紹介した理由

――岩佐さんは、2009年4月からアメブロで介護ブログを開始しました。この頃はまだお母さんが大阪の実家にいらして、お父さんが仕事をしながら見ていた頃です。やがてお父さんから介護は無理と突きつけられ、東京で母娘ふたりの介護生活が始まります。2014年1月からブログでお母さんの顔出しをすることに、勇気が要りませんでしたか?

最初は本名も隠していたので、顔出しは勇気が要りましたね。

当時、アルツハイマーが、暴言を吐いたり徘徊したりする高齢者の病気というイメージで捉えられていたので、それを払拭できたらと思っていました。母は毎日すごくいい笑顔をしていましたし、初期のうちは日常生活でもやれることはありましたから、テレビなどでそういう側面が放送されていないのが嫌でしたね。

ブログの反響がだんだん大きくなってきて、初めて母を顔出しで載せたのが、大好物のチョコレートを持った母の満面の笑みだったんですね。好きなものも親子の愛も忘れていない。こういう穏やかな日常を伝えていかないといけないんだと思いました。

――世の中、嫌なこととか辛いことのほうが何かと共感を得やすいですもんね。

そうなんですよ。皆さん、「介護=辛い」と思っているから。でも私は、介護自体はそんなに辛いと思わないです。辛いと思ったら、やらないですよ。

――介護辛くないですか? 本当にそう思いますか?

介護の初めの頃は困惑した時期もありましたが、介護自体をやめたいと思ったことは一度もなかったですね。やればやるほど、楽しいと思えることがたくさんあります。介護の楽しい部分はやっぱり伝えないと、と思いますね。

――介護の嫌な側面ばかりが世間に伝わってしまうことを払拭したい気持ちはわかりました。でも、20代で自分の未来もわからない状態で介護をしていたにも関わらず、なぜ介護に対してそこまで悟りを開いた境地に至ったのですか? 何かきっかけでもあったのですか?

私はもともと高校生の時に介護福祉士に憧れていて、特別養護老人ホーム(以下:特養)の実習を経験しているんです。でも今思えば「後に介護をやるようになるから、その前に芸能界でやるだけやれ!」と見えない力が背中を押したのでしょうね。

――その頃の特養は、まだ認知症とは言っていなかった時代ですよね? 介護というより、現場は「措置」と言っていた頃かと。

認知症ではなく、痴呆と言っていました。私が目の当たりにした現場はほとんど「措置」の状態で、拘束ありきで見ていて辛かったです。自分の親だったらここには入居させたくない、単純にそう思いました。

■「愛がないと介護はできないのか」問題について

――ブログにもお母さんとのコントのようなやりとりがたくさん書いてありましたが、今、思い出せるお母さんとの楽しい思い出を教えてください。

最近は認知症も進んで、母は言葉をなくしていますが、初期の元気な頃はいろいろ面白いことがあって、楽しかったですよ。母は便器の中に物を入れるのが大好きで、朝、トイレに行くと、くまのぬいぐるみが便座に座っていたり、便器の中に入っていたり(笑)。

朝起きてトイレに行くと、クマのぬいぐるみがちょこんと。

あと、私が寝ているときに布団から手が出ていると、ラップに包まれたおにぎりを掌にのせてくれたり、掃除のブラシを握らせてきたり。足が布団から出ていると、くすぐってきたり。いたずらっ子と一緒に住んでいる気分でしたね。

――著書『若年性アルツハイマーの母と生きる』の「はじめに」で、「愛がなければ介護は難しい」と書いていらっしゃいました。岩佐さんはお母さんと姉妹のように仲が良いですが、DRESS世代の中には、義理のお母さんの介護をどうしようと思っている方もいらっしゃいます。やはり、介護は愛がないとできないと思いますか?

介護を仕事にしている方は、仲が良い悪いで介護をしているわけではないですよね。愛情は、仲の良し悪しではなく、目の前の人を助けてあげたいと思うかどうかなんだと思います。もし義理のお母さんに対して憎しみしか持てなかったら介護は難しいでしょう。でも、そうでなければ、肉親でも他人でも助けたい気持ちは一緒じゃないかと思います。

今、介護業界にしゃべるロボットが導入されているのですが、彼らに認知症の介護はできないと思うんですよ。ロボットに足りないのは愛なので。

――AIなんですけどね(笑)。

そう、AIなんですけど、愛がないという(笑)。相手のことを考えて考えて動くのが認知症介護で、作業だけすればいいというものではないのです。

今後は、介護をやりたいと思った人がどんな仕事をしていても誰でもできる社会になってほしいし、逆に介護をしたくないと思う人はやらずに済むようになってほしいです。介護をされる側の気持ちを考えたとき、嫌々介護をされていてはいたたまれないでしょう。

(後編へつづく)

岩佐まりさんプロフィール

1983年大阪生まれ。フリーアナウンサー。これまでにケーブルテレビのキャスター&レポーターや、ネットチャンネルの司会などを務める。2003年に55歳の若さで「若年性アルツハイマー」を患った母を、2013年より働きながらひとりで介護している。2009年に、介護の様子や気持ちを綴ったブログ「若年性アルツハイマーの母と生きる」を開始し、同様に介護で苦しむ人たちなどの間で共感を呼ぶ。2014年に数々のTV番組で紹介され話題となる。著書に『若年性アルツハイマーの母と生きる』、共著に『私と介護』がある。
https://ameblo.jp/youko-haha/

『若年性アルツハイマーの母と生きる』書籍情報

Text・Photo/横山由希路
プロ野球の見すぎで「やきうモンスター」とあだ名されるライター&編集者。エンタメ系情報誌の編集を経て、フリーに。コラム、インタビュー原稿を中心に活動。ジャンルは、野球、介護、演劇、台湾など多岐にわたる。

※写真の一部は岩佐さん提供

DRESS編集部

いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。

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