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SNSに依存している女性は美しいのか?

SNSの登場によって、大小問わず、目の前にはたくさんの情報が溢れるようになった。必要なのはその情報をすべて取り入れることではなく、情報の取捨洗選択。あなたはそれができているだろうか。

SNSに依存している女性は美しいのか?

SNSが登場したことで、生活が少し変わったな、と思う。

個人的に、人との接し方、情報収集の仕方が変わった。

情報はだいたいTwitterが一番早い。噂レベルのものもあるので、ソースを調べて、どれが嘘でどれが本当か精査しなければならないけれど。

また、コミュニケーションツールという点においても変化が生じた。

今までは会う、電話、メールをする……など「個 対 個」だったものが、「個 対 全体」になりつつある。

以前ならば、「わざわざ○○さんに情報を伝える」というものだったが、今は「私の最新情報はこのようなものになっています」と誰に宛てるでもなく、自分を知っている人にふわっと伝えるようになった。

反対に、友人の個人的な情報でも、自分からキャッチしようとしなければ、重要なイベントを知らずに過ごすことになる。

でも、ふと疑問にも思う。

そもそも、SNSに公開されている個人の情報ってそんなに知るべきことなのか?

大切な友人だったら、会ったときに聞けばいい。

友人が直接話してこないのだとしたら、自分に伝えたい情報でもないのだ。

無理に情報を手に入れようとする必要はきっとない。だとすれば、SNSを覗く時間ですべきことは他にある。

そう思ってからは、他人のSNSと適度に距離をとるように努めた。

■インターネットにあふれる欲望が、SNS依存の道へつながる

なんでもそうだけれど、依存している人は美しくはない、気がする。

私はフリーで仕事をしているので、なかなか外に出ることが少ない。人と話す機会も少ない。

しかし、SNSが登場してから、自分から話をするためにアクションを起こさなくても、気軽に人と接することができるようになった。

だから、かなりマメにSNSをチェックしている時期があった。

そのときに感じたのは「SNSにおける一つひとつの発言パワーはすさまじい」ということだった。

きっとこれは、多くの人が面と向かっては発言できない内容をインターネットを通じて、発信しているからだと思う。だからこそ、SNSにはさまざまな人間の欲望が渦巻いているように感じられた(いい意味でも悪い意味でも)。

■情報は情報にしか過ぎない。読み流すことが大事

言葉も情報も時に暴力的だ。

誰かが投じた小さな言葉が胸をえぐることがある。

それはまた自分もそうかもしれなくて、何気ない言葉で誰かを傷つけているかもしれない。

知らなくていいことを知ってしまい、傷つくこともある。

SNSは読み物ではない。何かを知るきっかけはたくさん落ちているかもしれないけれど、SNSに依存している人は、それができなくなっている。

流れてくる情報をすべて把握しないようにしよう、というのも大切だ。

自分が知らない情報があったとしても仕方がない、と割り切る。

本当に必要な情報なら、遅かれ早かれ自分のところにやってくるはずだ。

毎日、溢れ出してくる膨大な情報量。

日常生活をこなしながら、それらの情報を無意識のうちに処理するというのは脳も心も疲れる。なんでもそうだが、ほどほどに。

それができる女性が、余裕を持った美しい人に見えるのではないだろうか。

■ネットは広い世界であるはずなのに、引きこもっている

SNSに初めて触れたとき、「なんて広い世界なんだろう」と思った。スマートフォンが登場してからは、指一本で違う空間へ飛ぶことができるような、そんな気がした。

しかし、改めて自分のSNSを見てみると、とても狭い世界だと感じた。

相性の合う・合わないはあるにしろ、近しい考えの人間が発信したものが続々と更新されていく。

それは、「自分が選んだ人たち」で、「不快に感じない発言をしない人たち」の発信だ。

そこでふと感じる。

世界が広がったように見えて、実は自分にとって都合の良い環境に引きこもっているのかもしれない、と。

自分が心地よい空間を自分で作っているんだから、自分の価値観から離れたものというのは目につくはずがない。それが悪いとは言わないけれど、胸を張って良いと言えることでもない。

あるとき友人が、ポツリと言ったことがある。

「たまに自分のSNSの外を覗きにいくと、自分とはそぐわない思考や情報が溢れていて怖くなる。傷つきたくなくて、また覗きにいく勇気は湧いてこなくなる」

SNSの限られた自分の世界にこもっている間に、見ている世界はいつの間にかとても小さくなってしまっていたようだ。

その世界を広げるにはどうしたらいいのだろう。

毎日スマホを覗いていると、忘れてしまいがちだが、実際に誰かと会い、話してみるのは大切だ。

熱のこもった言葉で、実際の「声」で意見を交わす。

そうすると、SNSで触れるよりも、「自分と違う考えの人」は怖くないはずだ。

そして、違う意見の人の世界に興味を持つ。そこから、再びSNSを利用すればいい。

私たちの世界は「ひとつ」ではない。

いろいろな世界が目の前に広がっている。何か縛られず、さまざまなところに身を投じてみる。ほんの少し勇気を出して、動いてみてもいいのではないだろうか。

ふくだ りょうこ

シナリオライター。1982生まれ、大阪府出身。大学卒業後、2006年よりライターとして活動を始める。現在は胃が虚弱な痩せ型男性と暮らしながらラブストーリーについて考える日々。焼き鳥とハイボールと小説、好きなアイドルのライブに...

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