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DMで知らない人から急に悪口を言われたとき、私がしていること

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数多くの恩恵を享受できるインターネットではありますが、一方で悪意を人にぶつけることも簡易化されています。一生の記憶に刻まれてしまうこともある他人からの悪口。不意に目にしてしまうこともあるためなかなか対策が難しい中、エッセイスト、生湯葉シホさんが提案するのは「悪口オート仕分けルール」というもの。

DMで知らない人から急に悪口を言われたとき、私がしていること

エッセイストという仕事柄、ネット上で知らない人からたまに悪口を言われる。自分の書いた記事がある程度拡散されたりすると、「押しが強くて怖い」とか「キモい」とか、「文体が生理的に無理」みたいなメッセージがnoteのコメントについたりTwitterのDMに送られてきたりする。

人間なので、はじめはそのたびに律儀に落ち込んでいたのだけど、だんだんむかついてきて「なんで嫌いな人にわざわざ『嫌いです』って言いにくるやばいやつの言うことを真に受けて落ち込まなきゃいけないんだ」と思うようになった。とはいえ「怖い」とか「キモい」みたいな言葉にはそれだけで力があるので、見れば見るほど一方的にダウナーな気持ちにさせられてしまう。

というわけで、私は2年くらい前から、“特定の言葉を言われたらガン無視を決め込む”という「悪口オート仕分けルール」を採用すると同時に、他者からのいわれのない悪意に対してかなりシステマティックな対応をするようになった(前提として、匿名の立場を利用して他者にひどい言葉を投げつける行為は最低だし、そういうことをしてくる人がもしこれを読んでいたなら自分の行為を見直してほしいと思うのだけど、まあたぶんその人にはその人の正義があってそういうことをしているのでしょう)。

政治的なことをSNSですこしでも発信したりすると急にやばいリプライがきたりするご時世なので、どなたさまにおいてもまあまあ役に立つかもしれない、と思って今回はその方法を共有させてもらうことにする。

■「あ、知ってる悪口がくるぞ!!」

そもそも私はこまかいことを根に持つほうだし、小学生のときに同級生に言われた「まばたきが多くて気持ち悪い」みたいな悪口をずっと覚えていて日記に書くタイプだ。

悪口を気にしない人のなかには「知らない人からなにか言われてもあんまり気にならないんだよね」というカラッとした人もいるけれど、私は本来まったくそういうタイプではなく、むしろ陰湿に近い。だから、マジで怖いと思うので書いていいものか迷うのだけど、私はある地点(具体的に言うと24歳ごろ)まで自分が言われたほぼすべての悪口をノートにメモっていた。言ってきたやつを全員呪ってやる……というモチベーションではなく、直せるところがあったらひっそり直そう、という前向きな気持ちで。

悪口の収集、そしてその傾向と対策の分析をしばらく続けていった結果、幸か不幸か、自分が人に与えがちな悪い印象のバリエーションはおおよそ把握できるようになった。1文字目を聞いた時点でとれてしまう百人一首の札みたいに、「偏屈」とか「メンヘラ」(いやな言葉ですね)とか「暗い」というワードは、言われかけた、あるいは文字を読みかけた瞬間に「あ、知ってるやつがくるぞ!!」と思う。

たいていの悪口というのは想像を超えてこないから、いちど自分が受けがちな悪口の球種を知ってしまうと、それだけでキャッチするのがある程度ラクにはなる。

■悪口オート仕分けルール

とはいえ、みなさんもこれから言われる悪口はぜんぶメモってみてくださいね、という結論でこの文章を結ぶわけにもいかないし、たぶん私が聞けないタイプの悪口(「声がでかすぎる」とか)を言われる方もいらっしゃると思うのだけど、冒頭に書いたとおり私はこのごろ「悪口オート仕分けルール」を採用しているので、すこしだけその話をしておく。

前提として、世の中には、人をなんとかしてノーリスクで手軽に傷つけたいという悪意だけで構成された“1ミリも気にする必要がない悪口”というのが存在する。たとえば、人の考えや態度が自分の意に沿わなかったとして、その不快感を自身の中で言語化しようとするプロセスすら放棄し、「キモい」とだけ匿名で相手にぶつける人の言葉はそれにあたると(個人的には)思う。

私は自分が受けた悪口っぽい言葉を「即ブロック」箱と「検討の余地あり」箱に分類するようにしているのだけど、そういったミリ悪(=1ミリも気にする必要のない悪口)は、自動的に「即ブロック」箱に仕分けてしまうことにした。悪口を言われていちばん悩むのが「もしかしたら自分にも非があったかも……」という点だと思うのだけれど、たくさん言われてきた経験上、ミリ悪はこちらが落ち込むことだけを目的に投げかけられているので、いっさい気にしなくて大丈夫。
基準としては、

・生理的な嫌悪感を表明してくるタイプの悪口
例)「キモい」「ブス」「オタクっぽい」

・人を馬鹿にすることで上に立とうとする悪口
例)「病院行ったら?」「頭大丈夫ですか?」「義務教育の敗北」

・こちらの発言を政治的に曲解してくるタイプの悪口
例)「これだから右翼(左翼)は……」

・論外(即通報すべき)な悪口
例)死をほのめかすような言葉

……などはまとめてブロックでOK(相手はこちらを人間ではなくコンテンツだと思っているので、ブロックする瞬間だけは人間をやめてコンテンツになれば心も痛まないです)。豆知識をお伝えしておくと、いわゆる「バズった記事」「バズったツイート」のコメントやリプライ欄ではこういうタイプの中傷が必ず複数見られるのだけど、そういうコメントを残す人は多くの場合、ほかの人にもまったく同じことをするので、いちど目にしたらまとめてブロックしておくとインターネット空間がだいぶ快適になる。

オート仕分けルール、とはいってもいざ「キモい」と言われると頭が真っ白になってその言葉が何度もぐるぐるしてしまう、という人は多いと思う。けれど、もしその言葉をなかなか忘れられなかったとしても、「でもこれは本来ならすぐに忘れていい悪口だ(って生湯葉が言ってた)」と思い出すことですこしでも心を軽くしてほしい。

■絶対に自分ひとりでは考えない

難しいのが「検討の余地あり」箱に分類されるような、言い換えれば「言い方はひどいけど言ってることはそのとおりなのかもしれないな……」という悪口だ。私の場合は「〇〇というようなことを書くような人だと思っていなかったので失望した」「〇〇を支持しているとしたら軽蔑する」といったメッセージなどがそれにあたることが多い。

急にそんなこと言われるとつらい、もうすこしやさしい言葉を使ってほしい……と思ってしまうこともあるのだけれど、もしも私の発言や文章に相手を傷つける言葉や差別的な言葉が含まれていて、それに対して誰かが真正面から怒っているとしたなら、怒るべきときに怒っている相手に「言い方がひどいと思います」と伝えることはトーンポリシング(※)にほかならない。だから、どう捉えていいものかちょっと迷う、という悪口を受けたときは、私は第三者(できれば複数の)に見てもらうことにしている。

自分がかけられた言葉を周囲の信頼している人たちに伝えた上で、「強い言葉であることを差し引いても、もし私に非があると感じたら率直に教えてくれますか」と聞くと、たいていの人は率直な意見を聞かせてくれる。大事なのは、絶対に自分ひとりでは考えないということだ。

私がこのヒント(?)を得たのは、精神科医の春日武彦さんの本からだった。春日さんは精神科でさまざまな患者を診てきた経験のなかで、どれだけ相手を手厚く扱おうとも、とつぜん逆恨みをしたり、怒ってしつこく中傷したりしてくる人間というのは残念ながらいると語る。たとえば、ある患者は、外来の受付時間を無視して診察を頼む、当直医の胸ぐらを掴むといった非常識な態度をさんざんとった挙げ句に、春日さんに「先生はどこの大学を出ているんですか?」と聞いたという。

春日さんは、それに答えてもよかったものの、“こんな奴にプライベートなことを語るのは嫌だった”と率直に書く。そして、プライベートなことはお教えしないようにしているんです、と言った途端に、患者の態度が急変してその場でキレまくられ、しまいには「然るべき診療をおこなってもらえなかった」という内容の投書が病院に届いたという。

春日さんはこのエピソードを紹介して、

“どのように注意をしていても、逆恨みをしたり卑怯な投書を組織や上司に寄こすような人物がいることも知っておくべきである。
それは避けきれるものではない。が、そういったことがあったからといって、過剰に自分を反省したり、くよくよすべきではない。”
──『援助者必携 はじめての精神科』より



“プライベートなことを質問されたが断ったとか、そういった火種になりかねないエピソードについては必ず他人にも知っておいてもらうか記録に残すかしておくべきである。そうした自己防衛をしないと、恩を仇で返す者が必ず出てくることを警告しておきたい。そういった点では、わたしは性悪説を信奉しているのである。”
──『援助者必携 はじめての精神科』より

と書いた上で、この患者のように“他人との境界線があやふや”な人は、相手が自分の意のままに動いてくれないとわかった時点でとつぜん態度をひっくり返すから注意したほうがいいと説いている。

すべてがそうとは言い切れないのだけど、「軽蔑した」とか「失望した」といった言葉を選んでかけてくる人のなかには、自他の境界が曖昧で、相手に過剰な役割期待をしているケースが多いように感じる。そういった言葉に心を余計にかき乱されないようにするためにも、“自分が悪いかちょっとでも迷ったら、第三者にも見てもらう”ことを覚えておいてほしい。

***

最後にひとつだけ。個人的に、悪口の最大の功罪というのは(言われた相手の自己肯定感を下げるのはもちろん)、「その言葉にばかり気をとられてしまうせいで、自分を褒めてくれる人の言葉が耳に届きづらくなる」ことだと思う。

実際に、過去に言われたひとつの理不尽な悪口にとらわれすぎて、まわりがどれだけ褒めても「でも……」と返すようになってしまった知人を知っている。その知人はまったく悪くない。悪くないからこそ、自分を含むまわりの人たちの言葉が彼女に届きづらくなってしまったことが本当に悔しい。

人間だから、心ない言葉に落ち込むことはどう頑張ってもある。あるけど、私たちはそういう言葉をかけてくる人たちのために生きているわけではないから、なるべく早めに忘れちまいましょう(よかったら「オート仕分けルール」、使ってみてください)。


※トーンポリシング:差別や抑圧がもたらす被害への発言・訴えに対して、その内容そのものではなく、発言主の態度や振る舞いを批判することで論点をずらす行為

『偏屈女のやっかいな日々』の連載一覧はこちらから

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生湯葉 シホ

1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。

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