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里帰り出産を選ばない、私と母との関係

良くも悪くもない関係だけれど、絶妙な距離感を保っている母との付き合い方。母から「里帰り出産をするの?」と聞かれて、「しない」と即答した理由を大泉りかさんが綴ります。

里帰り出産を選ばない、私と母との関係

祖父の米寿のお祝いで、久しぶりに母に会った。今年2月頃、夫と海外旅行に行く際、飼っている犬を預けたとき以来で、妊娠報告は電話でしていたものの、腹に子を身ごもってから顔を合わせるのは初めてだ。

妊娠報告をしたときには、ひとしきり驚いたり祝いの言葉をくれた後で、「出産はどうするの?」と尋ねられた。まだその時は、3ヶ月半ば、安定期にも入る前で、近所の産婦人科には通っていたものの、どの病院で産むかは、まだ決めていない状態だった。なので、「まだ全然決めてないんだよね」と答えたところ、返ってきたのは「それで、里帰りするの?」というセリフだった。身ごもった娘を持つ母親として、産後の面倒を担わされることが一般的だからこそ、まず、そこが気になったようだ。

わたしの実家は都内にあり、今住んでいる中野から電車を乗り継いでもドアtoドアで30分ほどと近い。都心で働くにしてもじゅうぶんに通勤圏内だから、そもそも家を出て一人暮らしをするほどの距離でもないけれど、わたしは大学を卒業するとすぐに家を出された。

理由は「そばにいると、気が落ち着かないから」。当時、頻繁に朝帰りするどころか、恋人や友人の家に泊まり込み、数日帰ってこないわたしと暮らすことは、ストレスでしかない。だから、実家を出ていってはくれないかと打診され、一人暮らしに憧れていたわたしが「渡りに船」とばかりに家を出たのが17年前のことだ。

■「何かをするには親の許可が必要」と育てられてきた

そして今に至るが、現状、母親との関係がものすごく悪いというわけではない。もちろん、わたしが思春期の頃にはいろいろあったし、成人してからも「きちんと就職しろ」「結婚はどうするんだ」と電話や家族行事で会うたびに問い詰められて、辟易したこともあった。しかし、離れて暮らしているからこその余裕か、年を重ねてほどよい距離感のつかみ方がわかってきたのか、次第に「いくら親ともいえども、母にはわたしを理解することはできない」ということがわかり、つかず離れずの距離を取ることを心がけるようになって、いつしか母との関係は安定した。今では、暮れは夫とともに顔を出し、たまに贈り物をし、年の一度か二度、旅行に行くときには、犬の世話を頼む程度には甘えさせてもらう関係を保っている。そんな母からの「里帰りするの?」という言葉に、とっさに出てきたのは「帰らない」という言葉だった。そしてそれは、今まで深くは考えていなかったけれども、わたしの心からの本音なのだった。

というのも、この頃、妊娠をきっかけにして、「自分の育てられ方」について思いを寄せる時間が自然と増えた。そうすると「あれは嫌だったよなぁ」という思い出がぽろぽろぽろぽろと出てきたのだ。たとえば小学校6年生の時。近所の公民館で開かれた漫画の描き方教室の講師として、当時大好きだった漫画家が来るというので、参加したいと頼んだら「お父さんが『将来、オタクになったらどうするんだ、ダメだ』っていうからいけません」と諦めさせられたこと。友人とその家族に、自衛隊の観閲式に誘われて「観に行きたい」と言ったところ、「偏った思想に染まったら困るから」という父親の判断で、行かせてもらえなかったこと。まだほかにもある。「お父さんに聞いてみる」「許可を取らないと、お父さんに叱られるから」と言葉を濁す母親に、「自分の判断はないの?」「娘の希望を尊重したいという気持ちがないの?」といつも苛立っていた。高校進学のときもそうだ。「公立なら〇〇高校以上のところで、私立に行くなら偏差値が〇〇以上のところじゃないと、許しません」と宣言され、結局、「親が許してくれた学校」へと進んだ。今なら、したいことや、行きたい場所があったら、言うことなど聞かずに自分の意思を突き通せばいいということがわかっている。けれども、「何かをする場合には親の許可が必要」だとして育てられてきたわたしには、当時は「実力行使に出る」という選択肢は、頭になかった。

■母と付き合うときの距離感を再確認した

母の元から離れると同時に、ようやくひとりの人間として自分で意思決定して生きられるようになった。が、実家に戻ったらまた、かつてのストレスが降りかかってくるのではないか。母を許すとまではいかずとも、わだかまりはすっかり解消したと思っていたことが、勘違いだったことに、この後に及んで気がついて、わたしは愕然としたのだった。

が、一方で、自分もまた母になる立場であることを考えると、気持ちは複雑だ。いい母になれる自信がないのはもちろん、良かれと思って子にしたことを、子が四十手前になってもまだ恨みに思われるなんて、子育てなんてえらいものを背負い込んでしまったとしかいいようがない。そういうことを考えると「いい加減、昔のことなんて忘れてあげようじゃないか」という気にもなるが、わたしがいくら「あなたを許しました」といったところで、母親からすると「いったい何の話なの」というところだろう。さすがにわたしもいい大人なので、年を取って弱った母親に向かい、「あれで傷ついた」「これが嫌だった」といちいち恨み言をあげつらうつもりはない。だが、「妊娠・出産」は家族や血に関わる出来事だからこそ、そうやって保ってきたバランスが、自分が決めてきたスタンスがぶれそうになるのだ。

里帰り出産で帰った場合、いまは絶妙なバランスで保たれている母娘の関係が崩れてしまうかもしれない――。そう考えると、産後いくら大変であっても、わたしの意思を尊重してくれる夫と一緒に過ごしたほうが、体力的につらくても精神的にはずっといいように思える。やはり、わたしが選べるのは「帰らない」という選択なのだ。

わたしの「帰るつもりはない」という返答を聞くと、母親は「じゃあ、手伝いに行くわね」といくぶんほっとしたような口調で言った。母もまた、自分の生活を崩されるのは嫌なのだと思う。これくらいの距離感で付き合うことが、わたしにも母にも、きっと合っているのだと思う。

大泉 りか

ライトノベルや官能を執筆するほか、セックスと女の生き方や、男性向けの「モテ」をレクチャーするコラムを多く手掛ける。新刊は『女子会で教わる人生を変える恋愛講座』(大和書房)。著書多数。趣味は映画、アルコール、海外旅行。愛犬と暮...

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