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オージーは着飾るよりも……

ビーサンとTシャツ、デニムさえあれば快適に過ごせるオージー。一方で、東京だとそれではラフすぎて落ち着かない。結局のところ、その服をどこで着て楽しむかが大事で、どちらも自分なんだと思うと、自由な気持ちになれるのだ。

オージーは着飾るよりも……

 オーストラリアではモード誌があまり売れないと聞いた。たしかに、同じモード誌でも日本版とオーストラリア版では全然充実度が違う。まして私が住んでいるのはオーストラリア第4の都市、西オーストラリア州の州都・パースなので、シドニーやメルボルンに比べたらおしゃれな人はうんと少ないだろう。
 ハイブランドの服は、今やネットで世界中のどこからでも買える。オーストラリアにも主要なサイトは全てある。だから、パースの人がさほどおしゃれに情熱がないのは、服が手に入らないという理由ではないはずだ。
 一言で言うと、楽な格好が好きなんだと思う。パースは地中海性気候という温暖な気候で、冬でも日中は15度ぐらいだし、最低気温が0度を下回ることは滅多にない。一年中ビーサンで過ごす人も珍しくない。春から秋までは、それこそビーサンかサンダルにデニムの短パン、Tシャツとか、リラックスしたビーチドレスが定番。何しろ隙あらば海に入る暮らしなので、水着の上にポンと着られる服が人気。一方、冬は黒づくめ。カットソーにパンツ、ブーツ、コートで全身黒かグレーみたいな人が多い。服が好きな人は、そのリラックスした夏服やシンプルな冬服のちょっとした素材やカッティングの違いなんかで楽しんでいる。
 私は東京の部屋にも、パースの家にも服を置いている。中身はだいぶ違う。服のクオリティと単価は圧倒的に東京のワードローブの方が高い。パースでは執筆しているか、子どもの用事で学校に行くか、たまにシティで買い物するかしかないので、リラックスした服が多い。
リラックスした服でも、オーストラリアのブランドは上質でシンプルなものは価格も高め。それ以外は、ZARAとTOPSHOPで十分。ビーサンの種類は豊富で、世界の人気ブランドは大抵置いてある。ブーツはスチュアート・ワイツマンが人気。私もパースで買うことが多い。そして、日本でオーストラリアといえば定番中の定番のUGGだけど、街中で履いている人には滅多に出会わない。あの軽くてふわふわしたブーツは、どうも冬場に部屋の中で履くことが多いようだ。どうりで外では見ないわけだ。「丸ごと水洗いできる」というのを売りにしているのだけど、部屋履きだと思えば納得がいく。そしておなじみ、ヘレン・カミンスキーの帽子は、私もパースで愛用している。
 デパートの売り場で面白いのは、下着や水着、スポーツウェアのフロアが服のフロアに負けないくらい広いこと。下着は結構凝ったものも多くて、いろいろ楽しんでいるのがわかる。あと、普通のショッピングモールにかなりセクシーな下着のチェーン店が入っていて、棚にヴァイブレータが並べられていたりするのも興味深い。日本で言えば、ジャスコとかイオンのモールに入っている感じだ。知らずに入ったら、セクシーな店員さんにあれこれ薦められてびっくりした。
 どこのモールにも百貨店にも必ず入っているのはピーター・アレクサンダーというパジャマ専門店。決して安くないのだが、人気だ。ポップな柄物が多く、季節ごとにいろんな新作が並ぶので、つい買ってしまう。ネイルサロンとアロマセラピーの店もめちゃくちゃ多い。こんなのんびりした暮らしでストレスなんてたまるの?とは思うけど、一つのモールに何軒も入っているのにどれも潰れない。
 オージーが服以上に情熱を傾けているのは、インテリアや料理。安くておしゃれな雑貨や、いわゆる世界ブランドの高級家電まで、品数が豊富だ。ベッドリネンもとんでもなく種類が多い。郊外に行けば大規模な家具屋さんが軒を連ね、テレビでは料理やリノベーションの番組が大人気。あとはとにかく、旅が好き。ごく普通の家庭でもキャンピングカーを持っている。大陸を車で移動しながら大自然を満喫し、原野で夜を明かすのだ。一方で、原野の真ん中にラグジュアリーなリゾートもあったりして、幅広い層が旅を楽しめるようになっている。
 どうもパースの一般的な所得の人は、流行りの服や高価な持ち物にお金をかけるよりは、下着に凝ったり、ネイルを楽しんだり、マッサージでリラックスしたり、体を動かしたり、家の中を整えたり、料理に凝ったり、自然と親しむ、ということの方に関心があるらしい。
 家の中も基本は自分で直したり改築したりするし、美味しい料理はレストランじゃなくて自宅で食べたい、というのも地に足がついている。人にどう見られるかよりも自分が楽しいか、快適に暮らせるかを重視する、というのは共感できる。そういう価値観の中に身を置いていると、もうビーサンとTシャツとデニムだけあれば服はいらない、車で5分も走ればビーチだし、クリスタルブルーのインド洋を見ていれば十分幸せ!という気にもなるのだが、一度東京に戻ると、やはり表参道や青山を歩いている人を見ているだけでも楽しいし、世界中のおしゃれなものが集まっているのでワクワクする。
 服は人を幸せにするということに全く異論はないけれど、その服をどこで着るか、ということが大事なんだな、と思う。東京ではディテールに凝った服を楽しんでも、パースではそんなことどうでもいいかって気になるし、パースではとても自然な服が、東京ではラフすぎて落ち着かない。シルクのワンピースを楽しむ東京の夏と、お尻が見えそうなデニムの短パンで過ごすパースの夏と、どっちの自分もアリだと思うと、不思議と自由な気持ちになれるのだ。

小島 慶子

タレント、エッセイスト。1972年生まれ。家族と暮らすオーストラリアと仕事のある日本を往復する生活。小説『わたしの神様』が文庫化。3人の働く女たち。人気者も、デキる女も、幸せママも、女であることすら、目指せば全部しんどくなる...

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