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ポートランド旅行記#3 自分を脱ぐタトゥー

ボタニカルプレス作家の輪湖もなみです。初めての街を訪れたとき、私は必ず街中のギャラリーを見つけてはふらふらと立ち寄るようにしています。その国その土地特有のアートにふれると、人々の息づかいを感じることができる気がするからです。

ポートランド旅行記#3 自分を脱ぐタトゥー

ポートランド旅行記 #3 「自分を脱ぐタトゥー」

ボタニカルプレス作家の輪湖もなみです。初めての街を訪れたとき、私は必ず街中のギャラリーを見つけてはふらふらと立ち寄るようにしています。その国その土地特有のアートにふれると、人々の息づかいを感じることができる気がするからです。

ポートランドに到着早々カフェでお茶を飲んでいると、隣合わせた女性のシャツの首元から、ちらりとのぞいたタトゥーに思わず目がくぎづけになりました。うなじにシンプルに書かれたフランス語。モノトーンの文字がなんとも意味ありげで艶っぽいのです。
ポートランドの街を歩くと気づくのは、ブランドものを身につけている人がいないこと。ほとんどがTシャツやタンクトップのシンプルスタイルです。そのかわりに、首筋、胸元、手首、ふくらはぎ……。遠目でみるとアクセサリー? と思うほど繊細で美しいタトゥーが、女性の身体のそこかしこを美しく彩っています。

興味を持った私は、素敵なタトゥーの女性に次々と話しかけてみることにしました。
「すごくきれいなタトゥー! 写真を撮らせていただけますか?」
「いいわよ。これはエジプトの神話に出てくる鳥を描いたもの、そしてこっちは蓮の花よ、珍しいでしょ」
嬉しそうに、誇らしげに説明してくれる女性たち。日本では少々アングラで自傷的なイメージもあるタトゥー。ポートランドではどうやら身体をキャンバスにしたアートになっているようです。

これは面白い! そう思った私は、地元で有名なタトゥーの彫り師の店を訪ねてみることにしました。

薄暗い地下室の秘密めいた店を想像していた私。黄色、オレンジ色、スミレ色に塗られたカラフルな1軒屋の外観は、まるでスイーツショップのようでちょっと拍子抜けです。バルコニーには、のんびりとママを待つ親子連れ。まるで休日の「ららぽーと」のよう。

店のドアを恐る恐る押すと、丸太のような太い腕に大きく極彩色のタトゥーを入れた店員さんが出てきました。立派なヒゲをたくわえ映画で見る海賊のようです。一瞬ひるんで身構えると
「ハーイ! 君たち今日はどうする?」
まるでヘアカットかネイルに来たように、満面の笑みで話しかけてくれるのです。
「い、いえ、私は日本から観光で来ました。
タトゥーを入れているところを見せていただけませんか?」
「OK!じゃ、こっちに入っておいで」
あっけなく、今まさにタトゥーを彫っている女性が座る施術ベットの足元に通してくれました。店内にずらりとならんだサンプルの絵柄は、古典的な龍や鬼あり、飾ってみたくなるイラスト画のようなものありと、さまざまです。

ベッドに座っていたのは、すでに胸から両腕まで、プリントTシャツを着ているようにタトゥーを入れていている女性。左腕には蝶ととんぼと芋虫。ん?! なぜ芋虫をわざわざタトゥーに?!
女性に尋ねると、模様にはひとつひとつ意味があるのだと教えてくれました。蝶は女性の自由と気まぐれな精神、とんぼは繁栄と幸運、また芋虫と蝶は変態することから人生の変化の意味。タトゥーはアートであると同時に、自分と共に生きる守り神のようなものだというのです。
今回は、右太ももにドイツのアニメキャラクターを彫っているところでした。このキャラのファッションや生き方が好きなのだそうです。
彫り師は、太ももに下絵で輪郭を書いたあと、小さな電動やすりのような工具の先端に顔料をつけながら、彫っては滲み出た血を拭き取りまた彫って・・を何度もていねいに繰り返しています。女性のふとももはすでに炎症で真っ赤なのですが、ギャラリーで絵についての質問に答えるように、私の質問や撮影に付き合ってくれました。

タトゥー・刺青は、古代から身分や所属を示す個体識別の手段でした。アウシュビッツ強制収容所では収容者の腕に収容者番号が彫られていたし、出漁中水難にあう可能性のある漁師が、身元識別のために名前やシンボルを彫っていたこともあるそうです。この他タトゥーの歴史にはまじないや宗教的な意味を持つものもあり、世界各地でネガティブ、ポジティブ、両方の意味で使用されてきました。
日本ではプールや温泉等公共施設への入場を断られたりと、タトゥーは今だネガティブマーカーと捉える文化が根強いかもしれません。
しかしここポートランドでは、ポジティブに個を識別するための記号であり、ファッションの一部であり、アートを体現しながら共に生きていくものでした。

私たちが滞在中の7月1日は、長年の市民運動の末、オレゴン州でマリファナの使用が合法化された、ポートランド市民にとって記念すべき日でした。サンフランシスコに次いで全米で同性愛や同性婚者も多く住む地でもあります。
1980年代から、生活コストの安さと暮らしやすさを求めて多くのアーティストが流入したポートランド、滞在中に接した人々はみな、フレンドリーで屈託がなく幸せそうに見えました。自分をのびのび主張する姿に、私まで背中がぐんと伸びるような開放感を味わうことができました。

日常の仕事、母や妻という役割を日本において、小さな冒険に飛び出した旅。
自由とは束縛がないことではなく、束縛の外へ飛び出すこと。飛び越えた後、その束縛を眺めると、自由を実感できる気がします。ポートランドはそんな女性を懐深く温かく迎えてくれます。

Photo,Text/Monami Wako

ボタニカルプレス(押し花)作家 輪湖 もなみ

ファッション業界で16年バリキャリ生活をおくったのち、40歳で起業。現在都内著名レストランと契約し、年間100組のブーケの押し花を制作する(有)モナミアンドケイを経営。技術者育成のため、目黒区碑文谷の自宅で押し花スクールも開催し全国から生徒を集める。インテリアライフスタイル誌や、新聞のくらし生活欄の取材実績多数。
http://www.monami-k.com/

輪湖 もなみ

ワードローブコンサルタント/リメイクデザイナー 大手アパレルで16年間ブランド管理や店頭指導などに携わる。長年培ったノウハウを個人のクローゼットに応用し、毎日着る服がないと悩み断捨離を繰り返す人を救うため、クローゼットコン...

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