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松下奈緒「どんな役も最初は心配。でも、不安をパワーに変える術は身につけたかな」

映画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』が2月22日に封切りされる。安田顕さん演じる主人公・宮川サトシの恋人・真里役を演じた松下奈緒さんにインタビュー。

松下奈緒「どんな役も最初は心配。でも、不安をパワーに変える術は身につけたかな」

すこやかに、そして、しなやかに生きる人――松下奈緒さんを目の前にして思う。ゆったりマイペースに見える一方で、揺らがない強い芯を持ち、凛とした佇まいが素敵。まさに柳のような人。

それでいて、チャーミングで豪快さもある。女優スイッチをオフにしたときの松下さんを知りたくて、「現場での休憩時間、どういうキャラなんですか」と尋ねると、「キャラですか!?」と美しい歯を見せて大笑い。

「そのまんまですよ(笑)。変わらないです。常にフラットな感じで、久しぶりに会う方からも『変わらないね』と言われることのほうが多いですね」

ざっくばらんで、ナチュラルな人なのだ。そんな松下さんが出演する映画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』は、宮川サトシさんのエッセイ漫画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(新潮社)が原作の実話。

頼りないところはあるけれど、優しく母親思いの息子・宮川サトシ(安田顕)の母は、明るく元気な明子(倍賞美津子)。笑いの絶えない日々を送っていたが、母がガンを宣告されたことで、穏やかな日常は変化していく。そして、天国の母から届く“驚くべき贈り物”とは――。

サトシを励まし、精神的に支えるキーパーソンとなるのが、恋人・真里(松下奈緒)。いずれは結婚するだろうという未来は描いていても、今はあくまで彼女という立ち位置だからこそ、どんな距離感や心持ちでサトシと母と向き合うのか。とても難しい役柄でもある。

■「私も両親の遺骨を食べたいと思う、と思います」

オファーが来たときのことを、「衝撃的なタイトルだなあって」と振り返る。出演したことで、両親や大事な人がどんな最期を迎えたいか、それぞれの希望を知っておきたいし、自分はどう接すると良いのか、少しずつだけど考えるようになった、と心境の変化を語る。

「考えたくはないですが、いつか両親が亡くなったとき、私も(遺骨を)食べたいと思うと思います。安田さん演じるサトシさんみたいに、大事な人の存在を残したくて、遺骨を指に取って舐める、くらいはするんじゃないかと。

この作品に出会うまで、遺骨を食べるなんて思いもしなかったですけど、大切な人の存在を自分の中に取り込む方法は、他にないような気がします。母の遺骨を食べたい――そんな思いを持つ人(サトシ)の恋人として、宮川家の一員になれたのは嬉しかったです」

息子と母との関係を描いた作品に、息子の彼女として登場し、もがいて悩む彼を支える重要な役。支えると言うのは簡単だけれど、何でも賛成するわけではなく、ときにダメなことはダメと言う勇気を持たなくてはいけない――難易度の高い役を自分なりに考えながら演じた。

■強さだけじゃない。優しさを持った恋人を演じた

「倍賞さん演じる明子さんは、真里にとって肉親ではなくても、愛する男性のお母さんです。そのお母さんの調子が悪化し、サトシの気持ちが落ちていくとき、どういうトーンでどういう言葉をかけるといいのか、迷ったことはありましたね。人の死がかかわるぶん、接し方や言葉の選び方はとても難しかったです」

一方で、お気に入りのシーンもある。作中、カレーが何度か登場する。カレーは宮川家を象徴する食べ物のひとつ。サトシは自身が教える塾で、カレーを巡って教え子と張り合う。

「大の大人が子どもに対してムキになって、『うちのカレーが一番なんだ』って言うんですよ(笑)。宮川家でお母さんと一緒にカレーを作って、家族で食べるシーンでは、真里はまだ宮川家の人間ではないけど、家族として接していいんだと思えました。母と娘のような感覚があったんですよね」

男性にとって母の存在はとても大きいと、作品を通して改めて感じたという。だからこそ、お母さんにはできないことを見つけて、強さだけではなく、優しさを見せるパートナーとして傍にいたい。そんな想いを持って作り上げたのが、真里というこれまで演じたことのない役柄だった。

■女優業と音楽、ふたつあるからバランスが取れる

本作に女優として出演しただけでなく、主題歌『君の歌はワルツ』(BEGIN)で、ピアノ/コーラスとしても参加した松下さん。3歳からピアノを始め、東京音楽大学在学中にファーストアルバムをリリースし、以後ピアニスト、作曲家、歌手としても活躍している。

女優業と音楽活動。どちらも「表現」であり、自身にとって違いはない。ふたつの分野を行き来するからこそ、気持ちのバランスを取ることができ、双方が良い影響を及ぼし合っていると話す。

「昔からドラマや映画の撮影と音楽活動を並行してやっていて、各現場に行くとそれぞれのスイッチが入って、『今日の現場はドラマ』『今日は音楽』と、さっと馴染んでいますね。両方があるから気持ちも落ち着いているんだと思います」

女優人生は約15年。音楽活動はそれを遥かに上回る。幼い頃から親しんできただけに、音楽への思い入れは強く、「どんな場所でもライブ活動は必ずやりたいし、自分の音楽活動も知ってもらいたいし、楽しんでもらいたい」と意気込む。

■演じた役はすべて、自分の人生経験につながっている

キャリアを積み重ねるにつれて、変わってきたことがある。仕事を「仕事」だと思わなくなり、ライフワークだと捉えるようになった、というのだ。

「女優という、自分ではない誰かを演じる、他の人になるという『職業』ではあるけど、仕事だと思うよりも、好きなことと捉えるほうがより楽しいし、がんばれるなあと思ったんです」

いろいろな役を演じる中で、こんな考え方もあるのかと発見があったり、自身の人生に経験が肉付けされたりと、人生の広がりを感じていると話す松下さん。誰かになりきることは、自分を拡張する行為でもあるのだ。

「一つひとつの役で歩いてきた経験はすべて、自分の人生経験につながっていると思っています。今でも新たな役をいただく度に悩むことはありますが、そのときにできる限りの力を注いで、悩みをパワーに変えるだけの術は、年を重ねるにつれて身についてきたような気がしています」

今後、演じてみたいのは「悪女」役。松下さんといえば、清潔感あふれる爽やかな役柄のイメージが強い。

「女優の私を好きになっていただくのも嬉しいですが、『あの◯◯役が良かった』と言っていただけるほうが嬉しいんです。身近に感じてもらえたんだなって思えるので。一方で、自分が今まで演じたことのなかったタイプの役を『いい』と評価してもらえるような、そんな役にも出会ってみたいです」

(編集後記)

最後に「続けることが一番難しい」と松下さんは語ってくれた。今、こうして女優業と音楽活動に取り組んでいるけれど、続けることがひとつの目標なのだと。

「いつかスランプがきたり、大きな不安に襲われたりするかもしれません。でも、そうなったとしても跳ね返せるような人生を送りたい」

正直な人からまっすぐ飛び出した、強く、逞しい言葉が、同世代の自分にぐっと刺さった。

■作品情報

映画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』
2月22日(金)より全国公開

出演:安田顕、松下奈緒、村上淳 / 石橋蓮司、倍賞美津子
監督:大森立嗣
脚本:大森立嗣
原作:宮川サトシ『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』 (新潮社刊)
音楽:大友良英
主題歌:BEGIN「君の歌はワルツ」(テイチクエンタテインメント/インペリアルレコード)
配給:アスミック・エース
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
2019年/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/108分

©宮川サトシ/新潮社 ©2019「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」製作委員会

Text・Photo/池田園子

ヘアメイク/佐藤 寛(KOHL)
スタイリスト/大沼こずえ(eleven.)

DRESS編集部

いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。

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