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私たちは希望を探して出会い続ける【希望をくれる女性の話】

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希望をくれる女性に会いたい――日々すり減っていく心に光を灯してくれる人に。そんな想いから始まった、女性の生き方を追う文筆家・芳麗さんによる「希望をくれる女性の話」。第一回目にお会いしたのは、志村季世恵さん。セラピストとして人の痛みや死に触れてきた女性で、ソーシャルエンターテインメント「ダイアログ」の理事も務めています。

私たちは希望を探して出会い続ける【希望をくれる女性の話】

■人が心の病を患う理由は、人間関係

日々、たくさんの人に出会っているはずなのに、誰にも出会っていない気がするのはどうしてだろう?

仕事場でよく顔を合わせる人、深夜のコンビニのレジで前に並んでいる人、街ですれ違う人……etc リアルに出会っていても見知らぬ人だし、この先も関わり合うことがないと思える。SNSで言葉を交わすだけの人に心動かされることもあるけれど、目を合わせることもないから不具合が起きたらログアウトすればおしまいの関係だ。

愛だの友情だの、曖昧な概念だからわからないし、それ以前に、好きな人がほとんどいない。自分のことを好きになってくれる人がいない。そんな風に感じる日が多かったのは、思うより心や体が疲れていたからなのかもしれない。

「心が傷んでいたり、病んでいる人が治っていくプロセスは、だいたい同じなの。自分のことを好きになって、人のことも好きになると卒業。他人と自分……好きになる順番はわからないけれど、きっと同時だと思う。病んでしまうパターンもだいたい同じ。忙しすぎて休む間がないというような過酷な状況にいるときにバランスを壊してしまうこともあるけれど、でもやっぱり、人間関係が多い。出来事は人それぞれだけど、他人と比べられたり、周囲と軋轢が生まれたり。いくつかの理由が複合してる。そして自分だけの問題じゃなくて、そこには必ず相手がいる」


心の病を抱えている人のカウンセリングから終末期のガン患者のターミナルケアまで、長らく人の痛みと死に触れてきたセラピストの季世恵さんの言葉は、柔らかくも重みがある。明日、死ぬかもしれないのは、終末期のガン患者だけではないし、心を病んでいるのは通院中の人だけでない。毎朝、重い足取りで会社に通っている人だって、どこかが壊れているのかもしれない。境界線はいつも曖昧だ。

志村季世恵さん

「人が死を迎えるにあたり、今際にもっとも望むことって人間関係の再構築なの。身近な人はもちろん、過去に憎み合っていた人にも『ありがとうを伝えてから死にたい』と、ほとんどの人が言う。私は、それを叶えるお手伝いをするだけ。人は死ぬ間際まで何かを生み出すことができる。ホントは、健康なときから同じくらいの心持ちで生きられたら良いのにね」

■暗闇の中では、人と肩が触れたり、ぶつかったりすることすらうれしい

敬愛する年上の女性であり、10年来の友人。志村季世恵さんと約4年ぶりに再会したのは、昨年、浅草橋に移転したばかりのダイアログ・イン・ザ・ダークだ。ここで季世恵さんは仲間とともに、新しい挑戦に向けてますます多忙な日々を過ごしている。


ダイアログ・イン・ザ・ダークはドイツの哲学博士であるアンドレアス・ハイネッケ氏が発案。ヨーロッパで人気を博し現在では、世界41カ国で開催されているソーシャルエンターティメントだ。日常生活のさまざまな事柄を照度ゼロの暗闇の空間で、聴覚や触覚など、視覚以外の感覚を使って体験する。漆黒の暗闇を案内するアテンドは視覚障がい者の方たち。ダークに続き、ダイアログ・イン・サイレンスという音のない世界も開催され、ここでは聴覚障がい者が案内役として活躍している。

世界的規模で展開され、日本でも熱狂的なファンは多いが、まだまだ知る人ぞ知る存在。季世恵さんはダイアログ創設時から、理事と全てのプログラムのクリエイティブを務めている。約10年前、私は当時、外苑前に所在していたダイアログに取材で訪れて、季世恵さんに出会った。

“ダイアログ・イン・ザ・ダーク”とは、直訳すれば、“真っ暗闇の中での対話”。どんなに目を凝らしても見えないほどの深い闇の中に、森や公園や田舎の日本家屋などが設営されていて、参加者はその中を探検する。普段から目を使わない視覚障がい者がアテンドとなり、歩くことすらままならない闇の冒険をリードしてくれる。

暗闇は不思議だ。入った瞬間は恐怖心が襲ってくるのに、前進するたびに安堵に変わる。

目が使えないと、それ以外の感覚が野生の動物のごとく鋭くなる。足元で踏む草の感触や、野鳥の鳴き声、風の匂い……etc. それらに身を浸していると、子どものような遊び心が湧いてくる。参加者がみな小学生か野生の動物に戻ってしまうから、面白い。肩書きや年齢どころか、本名すら必要としない世界で遊ぶ開放感。この瞬間に心を開き助け合う喜び。

視覚障がい者であるアテンドのかっこよさにも痺れる。普段は生きづらそうに見える彼らが暗闇では誰よりも頼もしい百獣の王だ。闇の中でも、まるで全てが見えているかのよう。

ほんの少し会話しただけで、参加者の声と個性と気配を把握して、闇に迷いそうになったときも、すぐに私を見つけてくれる。


――ここは新しい人の魅力に出会い、新しい自分に出会える場所ですよね。

「そうね。初めてダイアログを日本で開催したとき、お客さんが泣きながら出てきたの。『どうして泣いているの?』って聞いたら、『人が好きだと気づいたから』って言っていた。暗闇の中は不安だから、人と肩が触れたり、ぶつかったりすることすらうれしくて安心したんだって。普段、満員電車では見知らぬ人とぶつかるたびに舌打ちして悪態をついていた、そんな自分を嫌悪していたのに。『ホントは暗闇だけじゃなくて、あの満員電車だって、人の存在はありがたいものなんだと思えたから泣けた』って。私、それを聞いて、何だかすごくうれしかったんだ」

■人が好きだと気づいて、自分のことも好きになれる体験

ダイアログを創設する以前の季世恵さんは、当時のパートナーと設立した治療院「癒しの森」にてカウンセリングを担当していた。訪れる患者さんたちのさまざまな心の病に向き合って、気がつけば、予約は1年待ち、唯一無二のセラピストになっていた。

そんなとき、ダイアログ・イン・ザ・ダークに巡り合った。当時は友人だった、金井真介(現在は、志村真介)さんが、海外のダイアログについての新聞記事を見つけて、「ぜひ日本でもやりたい」と季世恵さんに相談を持ちかけたのだ。

「面白そうだけど、正直、日本で実現するのは無理だと思っていたの。でも、真介さんの熱意に背中を押されて、この船に乗ってみようかなと。実現させるまではとても時間と労力がかかったし、オープンしてからもずっと大変、今も大変(笑)。でも、ここは、来場してくださる方々や関わるスタッフにとって、たくさんの大切な出会いの場になっていったから。続けていて良かったなって」


その後、前夫である癒しの森の院長が他界し治療院は閉院。以降彼女はダイアログ・イン・ザ・ダークの中心的存在となり、真介さんを助け常設展示にまで仕上げた。

志村真介さん(写真右)

「それにね、人がダイアログで得られることは、私がカウンセリングで伝えたいことにすごく近かったの。ダイアログを体験して、『人が好きだと気づけて、自分のことも好きになれた』と言えるのは、私の患者さんが心の病を卒業するときの心境と同じ。

それならば、私ひとりで多くの患者さんを抱えるよりも、ダイアログでお互いが出会えれば、違った文化も知れるし、人と自分を好きになれるかもしれない。弱い存在だと思われがちな視覚障がい者たちの凄さにも気づいてもらえる。みんな全ては平等だし、助け合えることに気づける。これが世の中だと思ってもらえるかなって。そう考えると、ダイアログと私の出会いは、偶然のようで必然だったのかもしれないね」


ヨーロッパだけでなくアジアでも学校教育の一環としてダイアログを認め、国家で支援している国もあるが、日本はそれに及ばない。

それでも、季世恵さんや真介さんをはじめとするスタッフは、日々、ダイアログとその思想を浸透させるべく、アイデアを絞り、さまざまなプログラムを作っている。

2020年の東京オリンピックを視野に入れながら、昨年から聴覚障がい者をアテンドにすえたエンタテインメント、「ダイアログ・イン・サイレンス」を開催して規模を拡大するなど、新しい挑戦を続けている。

「日本でもダイアログが多くの人に広がってくれたらもちろんうれしい。でも、私が願っているのは、日常でもいつも暗闇の中みたいな感覚で生きられる人が増えることなんだ」


―― 人生も一寸先は闇だしね。

「そうよ(笑)。でも、わからないから楽しいんじゃない? 心や五感を全開にして、今に集中して生きること。自分を守ってカッコつけずに、誰かを好きになったり、頼ってみること。最初は勇気がいるけど、思い切って冒険してみれば楽しいし、人と触れ合うとうれしいって気づけるのは、ダイアログも日常も同じだと思う。私は毎日の中でも、けっこう冒険しているよ。たとえば、最近は、知らない人に大きな声で挨拶しているの。朝、家を出て駅に着くまでの間、すれ違う人に『おはようございます! こんにちは!』って笑顔で元気よく声をかける。すると、不思議な人ことに、みんな挨拶を返してくれるんだよ(笑)。強面のおじさんだって表情をゆるめて返してくれる」


――登山の道すがら、挨拶を交わすような感覚?

「そうそう。知らない人に声をかけられると、最初は驚くけど何だかうれしいでしょう? 面白いから芳麗ちゃんも明日からぜひやってみて」


季世恵さんは、ダイアログそのもののような人だ。一緒にいると、不思議と五感と心が開かれて、何者でもない子どもに戻れる。無駄な雑念が取り払われ、温かな気持ちで満たされる。

■”人の成長は人との出会いでしか得られない”

私は彼女に出会って間もない、10年前の自分のことを思い出していた。

30代も半ばに差し掛かろうという頃、漠然とした焦燥感に苛まれていた。結婚も出産も仕事も自分なりの答えを出さねばと至極、焦っていたけれど、だからと言って、我が道を軌道修正することも、歩むスピードを変えることもできなかった。明日をもわからぬ恋をして、目の前の仕事にばかり精一杯。何度、つまずいて傷ついても答えが出せない自分は、生産性も計画性もなく、努力不足な人間だと卑下していた。そんな私に、当時の季世恵さんはいった。

「きっと、キリギリスなんだよ。私も未来より今がすべてなキリギリスだからわかるの(笑)。キリギリスはアリになれないし、アリもキリギリスもそれぞれにしかない魅力と幸せがあるんだから。楽しいじゃない?」


あのときは、「でもキリギリスって、冬は飢えて死ぬよね?」と思ったけれど、10年経った今では理解できる。キリギリスのままで年を重ねても、日々、ご飯はますます美味しく、心動くことに遭遇して、大切な人たちがいる。

「何事もそうだけど、悩んでいるわりに追求していない人が多いと思うの。アリでもキリギリスでもOKだけど、悩んだらモヤモヤしたままで終わらせず、ちゃんとポジティブな答えが出るまで、とことん考え尽くす。なぜ、自分はそう思うのか、行動できない理由は何か。思考って中途半端にしておくとネガティブなままだけど、突き詰めると、最後は光がさしてくるから」


これでいい。肩の力を抜いてそう思えるようになったのは、きっと季世恵さんとの出会いがあったから。あの頃、互いに多忙な日々の合間を縫って、子どものように遊んだ。

都心の森のような公園で目隠しをして鬼ごっこしたり、夏には山頂のお寺に行って和尚さんに禅の食事の作法である食禅を学んだ。中目黒の桜吹雪の中でイタリアンを食べながら、語り合った夜もあった。季世恵さんにもらった時間や言葉のかけらは、時が過ぎ去っても心を支え、今の自分を作っている。

「 “人の成長は人との出会いでしか得られない”。ダイアログの創設者が尊敬する哲学者、マルティン・ブーバーの言葉なんだけど、私もその通りだなって思うの。いろんな人と出会うことで、いろんな自分とも出会える。それが成長と変化だし、その積み重ねが人生。だからね、暗闇の中みたいにいつも裸の心で、ニュートラルな状態で人と出会えたらいいよね」

■おはようとおやすみが言えるってすごいし、幸せなことだと思うんだ。

季世恵さんは4年前、ダイアログの代表であり、長年の同志でもある真介さんと結婚した。

ずっと、真介さんは季世恵さんのことが大好きでたまらなかったし、パートナーであることには変わらなかったのだけれど。ある日、突然に真介さんが大きな病に倒れたのを機に、入籍した。「真ちゃんは、今、元気だけど、いつ倒れるかわからなくもあって。だからね、結婚して家族になりたかったの」と季世恵さんはいう。

――真介さんと結婚してから何か変わった?

「変わったよ。どんな岩も日々、寄せては返す波を受け止めているとゆっくり形を変えて行くでしょう。結婚ってそういう感じだなって思う。いきなりではなくて、日々、変化していく」


――どんな風に変わって行くの?

「うーん……。その変化に形容詞はつかないかな。どう変わるかは問題じゃなくて。“変わっていくこと”――現在進行形であることこそが結婚だし、家族だと思う。そして、それはどちらかが死んでも続くんだよね。私の中では、今の結婚はもちろん、前の結婚も続いているから。ほら、亡くなったご両親との暮らしも、年々、思い出したりしない? 『お父さんはこうだったな』なんてね。大切な暮らしをともにしていると、終わらないものがあるんだろうな」

いつか終わりを迎えても、終わらない関係があるならば、それはどれほど大きなものになっていくだろう。出会いがあれば、別れがある。だけど、別れはあっても、心の中にともに過ごした記憶は続いていく。それは、きっと夫婦や家族に限らない。

「そうだね。だから、大切なのは誰かと出会うことより、出会った後だと思うんだ。どうやって、日々、新しいその人に出会い続けて行くか。私たちもそうでしょう? 10年前に出会っているけれど、今日、改めて出会っている。

『おはよう』とか『おやすみ』という言葉の本質もそこにあると思うの。今日も出会えた家族や友達に『おはよう』したら、『おやすみ』でまたリセットする。私ね、命の終わりを見てきて、永遠はないことを知っているから、おはようとおやすみが言えるってすごいし、幸せなことだと思うんだ。たとえ、家族でも一期一会。おやすみは、また明日も会えるといいねだし、おはようは、出会えてうれしいって言う気持ちで言っているの」


もうすぐ開催される、ダイアログ・イン・サイレンスの準備に追われて、ますます睡眠時間が削られているはずなのに、今日も季世恵さんは穏やかで楽しそうな空気をまとっている。

「今日はまた新しい芳麗ちゃんに出会った気がする。何だか幸せそうでうれしい。きっと、あの頃より、自分のことを好きになれたんじゃないかなぁ」

別れ際に季世恵さんは今朝、庭で摘んだというジャスミンの花で作った花冠をくれた。いつの日か、大好きな香りだと彼女に話した記憶が蘇ってきた。

帰り道ですれ違った、小柄なおばあさんに『暑いですね』と挨拶してみたら、『暑いねぇ』と返してくれた。その笑顔を見て、季世恵さんの気配を思い出す。また、出会えますようにと願いながら、私は毎日、見知らぬ誰かに、初めての自分に出会い続ける。

ダイアログ・イン・サイレンスは、7/29より開催中
https://www.dialogue-in-silence.jp/

チケット予約はこちらから
https://rsv.dialoginthedark.com/?p=6

取材・Text/芳麗
Photo/池田博美
編集/DRESS編集部

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芳麗

“新しい女性の生き方”を探して、取材、考察、執筆し続けている文筆家。著名人など多種多様な人物にインタビュー、女性誌「andGIRL」やWEB媒体「cakes」などにコラムや対談の連載を持つ。 著作に「3000人にインタビュー...

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