夏すみれ、安納サオリ、バンビ……人気女子プロレスラーの装いをつくる人
華やかで可愛い、艶っぽい。女子プロレスラーのコスチュームを見ると、そんな感想を持つ方は多いと思います。あのコスチューム、どんな人がどうやって作ってるの? 普段なかなか知ることのできない、女子プロレスラーのコスチューム制作の世界を覗いてみませんか。
アスリートが身に着ける衣装の中でも、ひと際華やかなのが、プロレスラーのコスチューム。ステージ上でその存在感を輝かせるばかりでなく、選手の個性を印象づけるのにも、大切な役割を担っています。
もちろん、飛んだり跳ねたりと、身体を十分に動かすことができて、耐久性に優れていることも重要。そんなプロレスのコスチュームは、一体どこの誰がデザインして作っているのでしょうか。
今回は、プロレスラーのコスチューム制作を多く手掛けるthunder factoryの長尾聡子さんにお話を伺いました。
■ピンクハウスからのプロレスコスチューム制作
――プロレスのコスチュームを作り始めたきっかけを教えてください。
もともと、うちの夫がDDT(プロレスラーの高木三四郎が代表を務めるインディープロレス団体。路上プロレスで有名)で悪党マネージャーをやっていたんですよね。
――えっと……悪党マネジャーって何ですか?
選手についているマネージャーなんですけど、竹刀を持ってバンバンバーンって振り回したりとかするんです。それでプロレス界と関わるようになって。
もともとわたしはアパレル業界で働いていたんですが、マスクとかコスチュームを作ってみたいなと思っていて、この世界に入ることになりました。
――どちらのアパレルブランドで働かれていたんですか?
ピンクハウスってご存知ですか。そこでアトリエって呼ばれている、商品サンプルを作る部署にいたんですね。ショーの衣装などを作るところです。
結婚を機に退職した後に、また別のアパレル会社で働き始めたんですけど、プロレスのコスチュームをやってみたいなと思って、シマ・スポーツっていう、初代タイガーマスクのマスクを作っている会社で修行させていただいて。そこからなんとなく独立しました。
――そういう経緯で立ち上げたのがthunder factoryというブランドなんですね。ちなみに、プロレスラーのコスチュームブランドやメーカーっていくつくらいあるんですか?
うーん。会社もあるし個人の人もいますし。有名どころは3つくらいでしょうか……ファンの人が作ることもありますね。「マスクを作りたい」っていう動機から始まって、コスチュームも作るようになった人が大半です。
――ああ、マスク作りに憧れる気持ちは、わかる気がします(笑)。
だから、衣類としての基本を押さえていないコスチュームを見ると、「あああ……」って思うことはありますね。試合しているうちに、お尻がどんどん下がってきたりとか。
そのあたりはアパレルで学んでいる人と、それ以外の人の差は大きいなって思います。今になって、学校で習ってきてよかったなって。
学校で習わないことが大半なんですけど、でも、基本中の基本は学校で習ったことが活かされていると思います。
■激しく動いても、壊れず、バストが出ないものを作る
――コスチュームの制作ってどうやって進めていくんですか?
まずレスラーの方と打ち合わせをして、デザイン画を起こして、サイズを測って、生地を選んでもらって、取り掛かるって感じですね。生地サンプルをガラガラバッグに入れて持って行きます。
――選手の方って、衣装に対するイメージってどの程度持ってらっしゃるんでしょうか?
人それぞれですね。お任せって人もいますし、かっちりデザイン画を描いてこられる方もいます。
――コスチュームを作る上で一番大事なことってなんですか?
第一に、壊れないようにすること。動きが激しいですからね。それで女子の場合は、いくら激しい動きをしようと、ポロリしてはいけない。
ギリギリのところで、絶対に出してはいけないっていうのがあるので。最近は胸を強調する方が多いので、特にそこに気を使ってます。
――女子レスラーの衣装って、よくできてるなぁって思うんです。装飾のようにして、胸元に紐が渡してあって、動いてもずれないようになっていたりして。そういうノウハウってどこで学んだんですか?
女子の衣装に関しては教えてもらったことがないんですよ。男子の衣装についてはシマ・スポーツさんで教わったんですけど。女子に関しては、基本的に独学です。
初めて作った女子レスラーの衣装は、薮下めぐみさんって方のものでした。彼女から実際に着ているコスチュームを借りて、細部までいろいろ観察して研究しました。「あっ、ここに紐を通すんだ」とか。
「この衣装は、紫が彼女のイメージカラーなのと、あとすごくバストが大きい子なんです。もともとグラビアアイドルをやってる子で。なので、おっぱいを強調した感じですね。胸のところにスパンコールを入れたいって言うんで、この生地を使いました」(長尾さん)
――市販のパターンが通用しない上に、教科書もないから、すべてが試行錯誤なんですね。ひとつの衣装を作るのにどれくらいの期間がかかるんですか?
シンプルなものだと、1日で作り上げますが、女子の場合だと平均してやっぱり1週間くらいはかかりますね。うちは早くて安いで有名だから、あまりゆっくり作っていると、割に合わなくなっちゃうんです(笑)。
■女子レスラーの衣装は日本と海外で全然違う
――これまでに作ったコスチュームの数って何着くらいあるんですか?
うーん、100、200……それこそわたしチャンピオンベルトやマスクを作ったりもしているし……実は写真とかも撮ってなくて、記録も残してない。でも、月に4〜5着は作ってますね。
――制作を始めたのはいつですか?
29歳くらいからなので……えっと、19年です。ずいぶん長居をしてしまいました。
――えっ、だったら1000着くらいは余裕でいってるんじゃないでしょうか。ところで、日本の女子レスラーの衣装って独特に思えます。海外はもうちょっと属性がわかりやすいといいますか、ボンデ―ジだったりスクールガールだったり。
そうですね。プレイガールとアイドルの違いだと思います。海外だとプレイボーイに出てくるピンナップガールみたい感じですけど、日本はアイドル文化が根付いている。
WWE(アメリカの、世界最大のプロレス団体)の方たちはアイドルみたいな衣装を着ようと思わないし、こっちの女子は、よっぽど身体に自信がある人じゃないと、プレイガールみたいなのは着られない。
夏すみれさん(フリー)のコスチューム。海外や地方遠征の時によく着用しているそう。「彼女のキャラとか魅力とかを引き出せるようなコスチュームにしたいなって思って、これの場合は、色っぽいというかエロっぽいというか……わたし、そういうのも好きなので、『どこまで見せてやろう』『どこまで食い込ませてやろう』って思って作ってます」(長尾さん)
夏すみれさんの通常のコスチューム。超ハイレグながら、デザイン的に見えてもおかしくないアンダーをつけることによって、ハプニングを防止している。
――それでも、「プレイガールみたいなセクシーな衣装を着たい」っていう人も、なかにはいるんじゃないでしょうか。
はい。でも、その人のイメージに合わないものはやめさせます。やっぱり自分のイメージを掴み切れてない人もいるんです。
「もっとシンプルがいい」って言う人に、「もっと華やかなほうがいいよ」とか「こっちの色のほうが似合うよ」とか言ったりしますね。
キャラクターのイメージもあるし、アカレンジャー、アオレンジャーじゃないけど、その人の持ち色っていうのもあるんです。試合前にリング内に飛ぶ、各レスラーのテーマカラーに合わせた紙テープがあって、それに沿った色合いにしますね。
紙テープの色がメインで、黒を入れたりシルバーを入れたりって。
安納サオリさん(アクトレスガールズ)はイメージカラーのブルーを基調に。「キャラクターに合わせて、明るいセクシーさを意識して作りました」(長尾さん)
――なるほど。そこがセンスの見せどころですね。
まぁ、無理難題を言われるんですけどね。それこそ「水色とピンクと赤を、全部使ってほしい」とか。普通の服で考えたら、ありえない組み合わせですよね。
でも、それを考えて、バランスよく作っていくっていう。だからすごい考えますね。それに、普通の服じゃありえない、その個性的なコスチュームを着られるのが、プロレスラーなのかなって感じもしますよね。
■定番から逸脱した色合わせでも、センス良く見せる力量
「リング映えするのがやっぱり一番なので。なるべく光る素材とかをオススメしますね。でも、もちろんプロレス用生地として売ってるわけじゃないんですよ。レオタードとか、社交ダンス用衣装として売ってるものを、『すみません、プロレスにも使わせてください』ってみたいな感じで買ってます」(長尾さん)
――それが作り甲斐にもなりますか。
そうですね。とにかく考えます。バランスが悪いとちんどん屋さんみたいになっちゃうし。あと、派手な色合いってメキシコっぽくなっちゃうんです、赤青緑みたいな。
でも、メキシコっぽいものならメキシコで作ればいいんで、そこは考えて日本らしい色の組み合わせは考えています。
例えばこちらは、ベストフレンズっていうふたりなんですが、さらにコンセプトは「貴族で派手」。でも、難しければ難しいほど、絶対に形にしてやるっていうのはありますね。
――わぁ、素敵ですね、この衣装。色をたくさん使ってるのに、きちんとセンスよくまとまってる。
ファッションの定番からものすごく逸脱しても許される、っていうのがプロレスの衣装なんです。
――プロレスって男性ファンが多いじゃないですか。男性が見てセクシーだなって思うのを意識して作る感じですか?
それもあります。けど、本人の要求をどこまで飲めるのかっていうのもあります。あまりやりすぎると、それはそれで、レスラーに対して批判がくるんですよ。ベテランレスラーの方が怒ったりとか。
――それは、ありそうですね。
実際にありました。もう引退したレスラーの方なんですが、可愛くセクシーに見せたいとオーダーを受けて、お尻部分が露出多めなコスチュームを作ったら、「ちょっと隠すようにして」ってベテランレスラーから注意を受けたんですね。
15年くらい昔の、女子プロのコスチュームって、お尻周りもしっかり隠す感じで、ガードル履いて水着着て……みたいな感じだったんですよね。
それも、練習生たちがみんな、自分たちで股繰りに紐を入れて、ずれないようにしてたんですよ。今はノーパンで着るみたいな感じですよね。
最近は先輩レスラーからのご指摘が少なくなってきたので、彼女たちが着たいものを着られる時代が、ようやくやってきたっていう感じですね。
バンビ(KAIENTAI DOJO)。白×ゴールド×黒という、ゴージャスかつセクシー。お腹や腰などの露出も高め。
■自分が作ったコスチュームを世界中で見てもらうのが夢
――これから目指すところってありますか?
目指す場所……プロレスのコスチュームで一番になるって、わたしにとってはWWEなんです。なので、WWEに行ってみたいなって思います。それで世界中の人たちが見てくれるところで作ってみたいと思います。
――最近、日本の選手もWWEに行ってますよね。
そう、それで実は……宝城カイリ(WWEでの名前はカイリ・セイン)選手のコスチュームを、今度作るんです。
――夢が叶っちゃいますね!
そうですね。前にニューヨークに行ったときに、当時タイムズスクウェアにあったトイザらスに寄ったんです。そこ、WWEのフィギュアが売られてるんですよ。
日本だと、普通のおもちゃ屋さんに、プロレスラーのフィギュアが売られてるってことなんて、まずない。けど、アメリカではWWEって、それくらいメジャーなんですよ。
もしかして、自分のコスチュームを着た選手のフィギュアが売られる可能性があるってすごいですよね。もちろん日本は日本でいい。けど、世界を見てみたいっていうのはあります。
Text/大泉りか
Photo/池田園子
※各レスラーの衣装写真はレスラーの皆様より提供いただきました。
長尾聡子さん
thunder factory代表。20年近くに渡り、プロレスラーの衣装を制作。
いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。