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「老い」はそんなに幸せじゃない。でも、面白がることはできる

テキスタイルデザイナー、人形作家、ヤカン蒐集家、料理人――。女性が活躍することが難しかったであろう1950年代から仕事の道を極め、母としても趣味人としても真っ直ぐに歩んできた人、粟辻早重さん。そんな粟辻さんが84歳にして思う過去、今、未来について語っていただきました。

「老い」はそんなに幸せじゃない。でも、面白がることはできる

粟辻早重さんの口からは、過去の思い出だけではなく、今現在興味があるトピックスが軽やかに飛び出してきました。

料理、ヤカン集め、庭づくり。目下格闘中なのはトマトの栽培だそう。刻々と歳を重ねる自身を受け入れながらも、「今を生きている」と感じさせる人。

その瑞々しさの源には、どんな歴史があったのか。ポートフォリオをそっと紐解いてみました。

■子どもを亡くして確信した仕事への情熱

――粟辻さんの経歴を拝見すると、とても華やかな青春時代を過ごされたのではないかと感じます。

カネボウ意匠室でテキスタイルデザイナーとして勤めながら、個人的に人形作りにも精を出していました。職場で出会った夫と結婚し、家庭に仕事に、とても忙しい日々でした。

趣味でつくり始めた人形もいつしか200体を超え、個展を開いたりコマーシャルに起用されたりするなど、すごいエネルギーを燃やした青春時代だったなあと、今になって思います。

――そのエネルギーの源になったのはなんだったのでしょうか。

ひとつの悲しい出来事がきっかけになったと思います。初めて授かった息子を、生後たった6カ月で、保育園での事故で亡くしてしまったんです。

――とてもショッキングな経験をされたのですね……。

仕事に育児に、これからもっと明るい未来が拓けると期待していた矢先のできごとでした。当初は苦しみのやり場がなく、「私が仕事をしていたせいだ」と毎日自分を責めました。

自分だけが苦しいと思っていた。でもあるとき、嘆く私を見て普段温厚な夫が読んでいた新聞を破り捨てて。本当は夫も、私以上に苦しんで悩んでいたんだということに気づかされたんです。

■いつだって「両立する方法」を考えていた

――そのできごとをきっかけに、仕事に対する向き合い方が変わったのですね。

子どもは失ったけれど、夫婦で力を合わせて、本気でデザインという仕事に向き合っていこうと決めました。

だって、本当に好きな仕事だったから。その頃は東京オリンピック間近で、どんどん新しいデザインが海外から入ってくるわけです。

知らない世界をもっと見て回らなければ、ということで、6カ月にわたる海外出張を決めました。そのタイミングで、お腹に新しい命の存在がわかったんです。

――そんなタイミングで! 出張は決行されたんですか?

もちろんしましたよ。仕事に対する揺るぎない決意があったんです。

もちろん子どもは第一優先だったけれど、どうすれば両立できるかを考えながらその後も過ごしていました。

子どもの受験当日にも海外ロケに飛びました(笑)。今考えると本当に大胆でしたね。

――育児と仕事、思うように両立させるのは大変ではなかったですか?

実は、あまり大変だった記憶がないんですよ。あるときから自宅でデザイン事務所を立ち上げて、アシスタントの人たちが協力してくれたこともあったのでしょう。時代がよかったのも大きいんじゃないかと思います。

私たちの若い頃は、大きなクリエイターのコミュニティがあったんです。デザイナー、建築家、音楽家、文筆家などが、大きな輪の中で親しい関係を築いていました。

仕事も遊びも一緒に楽しんで、家族も一緒くたに誰かの家に集まって。誰かが子どもたちの面倒を見たり見なかったり。

■「謝ること」はけっこう大切

――今ではあまり想像できない環境ですね、とても楽しそう。粟辻さんのご主人はどんな方だったのですか?

昭和一桁生まれの男の人ってあまり語らない人が多いけど、うちの主人は面白かったですよ。

子どもを楽しませる才能があって。毎朝起きると窓を開けて、「●●町の皆さん、おはようございます!」と叫んだり、服のままお風呂に入って、子どもとどちらが先に脱げるか競争したりしていました(笑)。

――ユニークなお方! では夫婦円満だったのですね。

基本的には円満だったと思います。でもやっぱり、子どもの教育方針では揉めたこともありますよ。

教育の問題ってとても難しくて、何が正しいかっていう正解はないんです。でもひとつ、私がすごく「この人いい人だな」って記憶に残ったできごとがあって。

揉めた後に、夫が「君の考え方が正しい。僕は明日から自分の考え方を変える。悪かった」って言ったんです。

――時代的に、男性から謝るのはなかなか勇気のいることだったのでは?

そうなんです。私も頑固な性格で謝ることが苦手だったんですけど、「謝るのって大事なんだ、私も自分が悪いときはきちんと謝ろう」って。

■夫婦円満の秘訣は、日常に演技を取り入れること

――謝ることは確かに円満の秘訣ですよね。なかなかそれができずに関係がこじれてしまうカップルが多い気がします。

あとはね、多くの男の人って女性ほど細やかに物事を見ることができないし、ちょっと抜けているものなんです。だから、理想を持ちすぎても仕方がない。

60~70%くらいを目指すくらいが、ちょうどいいと思いますよ。ひとつオススメするなら、日常に演技を取り入れると楽しめるかもしれません。

――演技ですか?

そう。これは私たちが実際にやっていたことですけど、たとえば「これから帰るよ」と連絡があったら、子どもたちを連れて玄関に正座してお出迎えするんです。

旅館風に頭を下げて「お帰りなさいませ」って言うと、主人も大げさに「おお~っ!」って驚いてみせる。主人も主人で朝出かけるときに、特に悩みがある日は必ず、玄関のドアにわざと片足を挟むんです。

「いてて!」って言うから、こちらも笑ってしまう。そういうちょっとした演技が、夫婦には大事なんじゃないかと思います。

――早速真似したいエピソードです。もし今の粟辻さんが過去に戻れるとしても、ご主人と一緒になりたいですか?

そうね、もう一度同じ人生をなぞりたいですね。主人も中身をちょっとリセットしてもらって(笑)。

だって他の男の人のことなんて、簡単にはわからないじゃないですか。絶対にこの人がいいだなんて。

人を好きになるって難しいことですよね。基本的には、ちょっとしたことに動じない、根本的に優しい人がいい男性だと思いますけどね。

■歳をとることは幸せじゃない。でも、楽しめる

――今の粟辻さんを支えているものについて聞かせてください。

ここ20年くらい続けているのが、うちのデザイン事務所の若いスタッフに晩ご飯をつくることです。1日3品はつくりますね。

料理も仕事と同じで、簡単にしようと思えばできるけれど、段取りを考えて時間をかけるとよりいいものができるんです。

私は自分をそういう場に置くことが好きだし、そうやってつくった料理で、スタッフが元気に太ってくれることがうれしいんです。

――粟辻さんの料理の腕前は、プロ顔負けと伺いました。

ふふふ。実は先日、シャガールなどの美術館を訪ねながら食事は現地の食材でご飯をつくることを目的に、南フランスへ旅をしたんですよ。

私より16歳下のお友達4人と行ったんですけど、それぞれに役割があって。ナビゲーター、通訳、すべてのサポート役、そして私がシェフ。

現地の市場には、信じられないくらい美味しいオリーブオイルや食材がいっぱい! 毎晩「インスタ映えする~!」って盛り上がりながら、ご飯をつくって、美味しく食べて。

――幸せそうな旅ですね! 他に、これから挑戦してみたいことはありますか?

今、幼児用の絵本の仕事が進行中です。私にとって仕事は趣味とは違います。

幼児用のヤカンの絵本を描いていますが、なかなか難しい。でもこの緊張感がなんとも言えない大切な日常です。

――ストイックな姿勢は健在でいらっしゃるのですね。

そうは言っても、これから一気に老いがやってくるのではないか、という怖さはありますよ。この間、テレビで野生動物を追いかける番組を見たんです。

群れを支配した一頭のボスのヒヒが年老いて、やがて群れから離れて、死を迎えるべく草原へ消えていく。まさに人間の姿と重なって見えました。

歳をとるほど幸せなんてそんなのは無理な話で、老いることはそんなに幸せなことではないと思う。

その中にでも、かすかな楽しみを見つけることですよね。きっと「何事も面白い」。私はそう思いますよ。

(編集後記)
朗らかな表情を絶やさない粟辻さんの口から、ひとり目のお子さんの死についてのお話が出たときは正直驚きました。

ですが、お話を聞いているうちに、腑に落ちたのです。大きな悲しみすらも飲み込んで、仕事も家族も趣味も、優しく時に情熱的に育んできた姿が、目の前の粟辻さんなのだな、と。

100歳になるという愛猫のトロちゃんとの静かな暮らしの中に、密やかな生が、老いが息づいていました。

Text/波多野友子
Photo/池田園子

粟辻早重さん
カネボウ意匠室(現デザイン)でテキスタイルデザイナーとして勤めた後、粟辻博氏と結婚。1958年、粟辻博デザイン室を共同設立。娘の出産を機に人形づくりをスタート。デザイナーの田中一光氏や剣持勇氏に人形作家として見出される。近年は世界のヤカンを蒐集し、展覧会を開催するなど、多方面で活躍。著書に『ポップドールールテクニック』(美術出版社)、『ふくよかさんがゆく』(リトルモア)最近では「ちいさな子のためのリメイク」「おからマフィン」文化出版などがある。

6月特集「聞かせて、先輩」

https://p-dress.jp/articles/6911

6月特集は「聞かせて、先輩」。自分らしくありたい。自分らしく生きたい。でも、周りの目が気になることもある。そんな方に届けたいのが、自分なりのモノサシを持って、わが道を切り拓いてきた人生の先輩たちのお話。自分が目指す生き方を貫くヒントを探ります。

DRESS編集部

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