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家族は所詮「他人」だと早く気がついて

家族はいつだって自分の味方。それはとても幸せなおうちの話。血縁は永遠を保証するものではない。家族が足枷や毒になることだってある。家族のために生きなくていい。親だろうが兄弟姉妹だろうが家族は一番身近な他人であり、自分の人生は自分のものだ。

家族は所詮「他人」だと早く気がついて

両親と仲が良いという人を聞くと、純粋にうらやましかった。


お母さんと一緒にショッピングに行く。
帰りが遅くなるとお父さんが迎えに来てくれる。
長期の休みでは両親と一緒に旅行に行く。

私には、こういう親との関係がない。母とショッピングに行ったことはなかったし、 家族で旅行に行っても、いつ父が怒りだすかとずっとピリピリしていた。

両親と仲が良い、という概念さえなかった。 けれども、今、両親と仲良くしたいか? と聞かれると、そうでもない。

■暴力が当たり前にある家庭の悲しさ

私の父、それから祖母は暴力を奮う人だった。 時代が時代ならふたりとも絶対に捕まっていたよなぁ、と苦笑いが漏れる。母は祖母にフライパンで殴られていたこともあった。

私は5人きょうだいの長女なのだけれど、祖母が母に向かって「なにも考えずに子ども垂れ流して!」と言っていたのをよく耳にした。

私も祖母から「長女は両親の悪いところだけもらって生まれてくるから外見も悪い」と言われたことがあるあし、すぐ下の妹と長男は父からの暴力に耐えかねて成人する前に家を飛び出した。 末っ子にあたる弟はあまり殴られたこともないけれど、それは父が年老いて体力が落ちたからだ。

「幸い」としか言いようがない。

■暴力は簡単に人を支配する

我が家の暴力を含むとんでもエピソードは、話そうと思えばいくらでもある。

ただ、家庭内暴力は珍しいなことではないように思う。

ちらりと暴力の話をすると「実は私も……」と話す人はいる。 家庭内暴力は殴ったり蹴ったりするだけじゃない。 食事をさせてもらえなかったり、学校へ行かせてもらえなかったり、怯えが止まらないほど何度も叱られたり……。

私は幸い(?)、大学まで行けたけれど、10代で家を出て行ったふたり(妹と長男)は中卒だ。 それもまともに学校には行かせてもらえてない。

でも、当然、学校に行きたいとも言えなかった。行けば、学校の先生が助けてくれたかもしれない。

大人になると、子どものほうも適度な距離感を知って、うまいぐあいに親の機嫌がとれるようになる。 前述したように両親も体力が落ちてくるので、殴られることもない。

ホッとすると同時に「どうして私はこんな人に怯えて暮らしていたのだろう」と馬鹿らしくなる。

■親が支配する世界が全てだった

私が家を出たのは結婚したときだった。
それまでひとり暮らしは許されなかった。飛び出せばよかったんだろうけれど、私はとにかく父が怖かった。 「父はエライ人なのだ」という刷り込みもあった。

でも彼は事業に何度も失敗している。 「お父さんの言っていることはすごい!」 というのも、世の中に出てみればどうということはない。多くの大人が言っていることだった。


家族は小さな社会だとつくづく思う。 私の場合は、その社会に「王様」がいて、そこに服従する人たちがいた。

しかし、その王様も一歩外に出ればただの人。
そんなちっちゃな王様に支配されて、どんな大人になれるというのだろう。 自分を支配する人の本当の大きさを見れば怖くなくなる。 見る方法は簡単だ。家の外に出ればいい。

ただ、自分の状況が異常だと感じていない人もいるだろう。日々の暴力はしつけであり、どこの家庭でも行われていることだと言われれば、そうかもしれない、と思ってしまう。

しかし、「辛い」と自分が感じた場合は、周りに話をしてみてほしい。きっと、今の自分の状況が異常だと教えてくれるだろう。

他人の目というのは大事だ。客観性を与えてくれる。そして、他人に助けを求めるのも悪いことではない。自分のことを一番に考えてほしい。

ふくだ りょうこ

シナリオライター。1982生まれ、大阪府出身。大学卒業後、2006年よりライターとして活動を始める。現在は胃が虚弱な痩せ型男性と暮らしながらラブストーリーについて考える日々。焼き鳥とハイボールと小説、好きなアイドルのライブに...

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