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お・も・て・な・しが怖い

媚のないキャビンアテンダントさんの笑顔にすっかりハートをつかまれた。ニコニコかしずく日本的サービスの方が怖いかも。

お・も・て・な・しが怖い

飛行機の中は寒い。私は月に一度は日本とオーストラリアを往復するので、ひと月あたり24時間以上、機内の寒さと格闘していることになる。

どうやって防寒しているかと言うと、乗るなりミイラみたいにつま先までブランケットにくるまって、首にスカーフを巻き付け、ダウンコートを前後逆に着る。ええ、前後逆。それにU字型の首枕をはめて、ちっちゃなブラにしか見えない黒い立体アイマスクをつけて、白い立体マスクをして寝てるから、見た目は完全に変死体。

先日ぐっと気持ちをつかまれたサービスがありまして。
香港乗り換え便のCAさんなんだけど、とにかく忙しそう。あの、ブランケット余ってたら一枚下さいとお願いしたら「探してあとで持ってくるから」とにこりともせずに歩き去った。しかし、私は抑圧の強そうなニコニコかしずくサービスは裏で「あの客死ね」とか言ってそうで怖いので、むしろつっけんどんなくらいの健全さに安心して、待つことしばし。

件の彼女はそりゃすごい勢いで歩き回っていて、ちょっとこの便、人員足りてんのか? と不安になりながらそのテキパキぶりを眺めるに、若いのに他のスタッフに頼りにされている様子。
こちらを一瞥もしないので、さては忘れられたかと思ったけど、呼び止めて「あの、ブランケット」などと言おうものなら「いま忙しいんだゴラア」ぐらい言われそうで言い出せない。みの虫みたいに縮こまって、そばを通るたびに恨めしく彼女を見上げていた。

一連のチェックやら指示出しやらを終えて猛然と通路の奥に消えて行った彼女は、ついに一枚のブランケットを手に険しい顔でずんずんと私の方へ戻ってきた。そして立ち止まると、もう引き返す体勢になりかけながら私にブランケットを渡す瞬間に、「はいブランケット」ってそりゃあいい笑顔で言ったわな。

「今やっと手が空いたんで、見つけてきたから。あなたの心配はわかってたよ」とでも言いたげな、子どもが手柄を立てたときみたいな、全く媚のない笑顔で言ったもんだから、ボールを拾ってくれた男子が思いがけず優しかったときみたいに、私はすっかりハートをつかまれてしまった。

香港の人はとにかくテンポが速くて、空港の職員も売店のレジでもつっけんどんだし、こちらがサンキューとか言ってるときにはもう次のお客の会計を始めているから雑な感じもするんだけど、本当に必要なときにしか笑顔とか親切とかを示さないというのは嫌いじゃない。子どものときに香港で育ったせいか懐かしい感じもするし、一見雑だけど効率的、というのは納得できる。

おもてなし大国ニッポンの得意技でもあるマニュアル化された隙のない親切さは、企業側の保険だと思う。「こちとらこれだけ丁寧に接して誠意見せてるんだから文句言うなよ」っていう防御の姿勢でもある。サービスを提供する側がどれほど親切であるかを様式で示して「こちらに落ち度はないからな」と宣告してくるような、威圧感を感じるのだ。だから、ニコニコかしずくサービスは怖い。

でもこんな風に、至れり尽くせりのサービスの裏を読んであれこれ考えるのは、私がひねくれ者だからなのだろう。きっと、マニュアル化されたお・も・て・な・しを素直に受け取ればいいのだ。ああ、和の国に生まれてよかった! 私をこんなに大事にしてくれるんだもの! って……日本のサービス業の女性に感激して結婚を申し込んでしまう外国人がいると聞くけど、ほんとにその後の生活が心配だ。 

 

小島 慶子

タレント、エッセイスト。1972年生まれ。家族と暮らすオーストラリアと仕事のある日本を往復する生活。小説『わたしの神様』が文庫化。3人の働く女たち。人気者も、デキる女も、幸せママも、女であることすら、目指せば全部しんどくなる...

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