人間はこのようにして生まれてくるべき。この考え方は人それぞれ違うと思います。ただこれは人間が生まれてくるまでの過程の話で、生まれた後はみんな同じ人間です。その過程の一つの選択肢として卵子凍結保存という技術があります。皆さんは人間が誕生する過程についてどう考えますか。
「自分らしい出産」という没個性
「個性」って何でしょうか。言い方を変えれば“自分らしさ”や“オンリーワン”ですね。とても良いものだと思います。ですが、「個性」というものを意識しすぎて「個性」という言葉自体に呪われてはいないですか。出産にしても十人十色の出産があり、同じ出産はありません。言葉自体に飲み込まれて本末転倒にならないようにしたいものです。
アラフォー世代が最も長い期間慣れ親しんでいるアイドルグループSMAPが、10年以上前に出した「世界に一つだけの花」という大名曲。あの歌の大ヒットの理由は「ナンバーワンにならなくてもいい。みんなオンリーワンなんだよ」と一人一人を肯定してくれたことにあるでしょう。
勝ち負けではなく自分らしさを重んじることは、本質に目を向ければ激しい競争社会である現代を生きるにあたって、オアシス的な発想なのかも知れません。しかし、「自分らしさ」を「他の誰とも違う自分」という意味に読んでしまうと、結局は他人と競争しているのと変わらないエンドレスなこだわりレースにはまってしまうことはないでしょうか。
産婦人科領域に限ってみると、しばしば妊娠生活や出産に「自分らしさ」を求める妊婦さんや、「自分らしい出産」を推奨するメディア、そして自分の出産体験を誇らしげに語る女性を目にします。
「私はこのようなやり方で出産する」というバースプランや自分の出産体験がアイデンティティの一部になることがあるようです。妊娠や出産は人生のうちでそう何回も経験しない大きな出来事です。
安全で快適で思い出深い経験にしたいと願わない人はあまりいないでしょうし、その経験が新しい自分を作ることだって大いにあることでしょう。私もその一人です。
しかし、巷にあふれる「自分らしい出産」「私は私らしく産む」などの文言に、長い間産科医として非常にもやもやしたものを感じてきました。その理由は以下の通りです。千人単位の妊婦さんの出産に立ち会ってきましたが、少なくとも出産は「自己表現」の場ではないと思います。
自己を表現する余裕は通常ないし、余裕があったとしても自分で出産をコントロールすることはできません。(妊娠中にどれだけ「自己管理」なるものをしてもです)自我とは関係なく「身体に産まされる」「身体に振り回される」のが出産なのです。
自分で選択する余地があるとすれば、産む「箱」や「場所」くらいでしょうか。地域の事情で選べないことも多いですが、どういう産院で産むか、どういう部屋で産むか。分娩台のある部屋だったり、和室だったり、プールの中だったり。そういったものは経過によって帝王切開などに切り替わらない限り選択することは可能となりえます。
しかし、お産をお手伝いする医療者の技能などによって身体能力をどれだけ生かせるかは変わるものの、基本的にはどのようなお産になるかは「出たとこ勝負」です。出産する施設や場所によって決まってくるのは、麻酔分娩ができるかどうか、緊急時の医療体制などで、「○○で産んだら薬を使わなくても産まれる」「○○で産んだら会陰が切れなくてすむ」ということはありません。
このように、出産について自分らしさを表現したい場合、自分で選べる部分というのは限られています。そして、往々にして、自分らしいお産がしたいという人は何パターンかの似たような選択をする傾向にあると思います。自宅や和室のある助産院などの「自然派」や水中出産(アメリカ産婦人科学会が最近「デメリットの方が多くおすすめできない」とコメントを出しました)や数は少ないですが屋外などの「わざわざ派」が代表例です。
いずれも、大多数の妊婦さんは医師のいる施設で分娩台の上で出産するので、「他人とかぶらないお産」として選ばれていると私は分析しています。(世の中には医療を排除しようとする原理主義的な自然出産派もいるのですが、今回は「自己表現としての出産」に話を限定させてください。)
つまり、「自分らしいお産がしたい」と望む人は、大体似たような選択をしているのです。オンリーワンを目指したはずなのに、没個性になっているという皮肉。産科医療従事者からは「あー、いるよね、そういう人」とカテゴライズされてしまう。
本来自分らしさというのは、自分でコントロールできないところに現れるものだし、そもそも地球上には70億人も人間がいるのに、一人一人がオンリーワンとしての「私らしさ」を自覚できるはずもないのではと思います。少なくとも出産に関しては、母子の健康や安全を犠牲にするほどのこだわりなら、持たない方がいいです。(断言)
元々は自己愛をみたすための「自分らしさ」の実現が、呪いにならないことを願います。
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