【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(前編)

【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(前編)

まだ能楽の世界に触れたことのない方にこそ知ってほしい。初心者でも楽しめるトークイベントや、体感する能、バックステージツアーなど、能楽の世界にどっぷりと浸かった濃厚な6時間。DRESS観劇部イベントレポート前編をお届けします。


能楽がどんなものか、皆さんは知っていますか?

高尚で難しく、なんだか気軽に見にいくことが憚られる……そんなイメージを持たれがちです。しかし、今回のイベントを通して見えてきたのは、まるで美術館のなかで気に入った絵に没頭するような、時に現実から逃れて静謐な神社にお詣りするときのような、私たちの生活の身近にありながらも、日常とは異なる世界へと静かに誘ってくれるものでした。

独特な時の流れに自らを置き、自分の時間をより豊かなものにしたい……そう願う人にこそ能楽鑑賞をお勧めしたい! そんな想いでこのレポートを書かせていただきます。

■トークイベント「能楽カフェ」で知る、意外な能楽の姿

能楽初心者にもおすすめという、トークイベント「能楽カフェ」は、「悩める女子の心に能を~立ち止まる空間~」がコンセプト。疲れた時に一息つこうと立ち寄るカフェのように、気軽に能楽に接してほしい――そんな思いが込められています。

能舞台の上には立看板とカフェ店員(実は能楽師) 普段の能楽堂では見られない不思議な光景が広がる(撮影:伊東祐太)

司会はカフェ店員風の衣装をまとったアナウンサーの小林紀子さん。ゲストとして登壇したのは、左から宝生流第二十世宗家 宝生和英さん、能楽評論家の金子直樹さん、声優の甲斐田裕子さん。

宝生流という流派のトップに立つ宝生和英さんは、31歳という若さながらも、和の職業ならではの柔らかく落ち着いた雰囲気を感じさせる方。

金子さんは、なんと学生時代から現実逃避のために能楽堂に通い続け、評論家になったという経歴の持ち主です。舞台人である甲斐田さんは、シェイクスピアの舞台に出演したのをきっかけに、日本の古典芸能にも関心を寄せるようになったのだとか。

■やっぱり多い!? 「能楽=眠くなる」説

事前に募集した観客アンケートでは、能楽は「静かな空間で心が落ち着く」という意見がある一方で、「どうしても眠くなってしまう」という意見も……。これには「経験がある」という人も多いのでは?(月に2回は能楽堂に通っている筆者も、文字通り「夢心地」の観能経験があります……)

実はこれ、「ごく自然なことです」と宝生和英さん。

能楽の謡を初めて聞くと、聞いたことのない独特な声の響きとそのゆったりとした速度に驚くものですが、音としてストレスを感じることは非常に少ないのではないかと思います。

能楽の謡(節づけされた台詞やナレーション)は、一説によると人間の体に最も心地の良い音とリズムで構成されているのだそう。

耳は聞きたくない音を自力でシャットアウトすることができない器官なので、私たちは普段、必要としていない音も自動的に拾い上げています。

そんな中負荷のかからない能楽の謡に囲まれて、ストレスフリーな環境に置かれると、体も自然とリラックスしていき、結果、眠ってしまうということもあるかもしれません。

もちろん、起きて楽しめたらそれが一番ですが、「寝てしまうかもしれない……」と必要以上に緊張しなくても大丈夫です!

■能楽はエンターテインメント、ではなく、美術館?

能楽をどうとらえるかという話の中で、特に印象深かったのは、宝生さんの「能楽はエンターテインメントというよりも美術館に近いものだと思っています」というお話。

能は、一般的な舞台演劇とは少々趣を異にするものであり、驚きとともに人を惹きつけるのではなく、人の心を鎮めるためにあるものだ、というのです。

左)「体感する能」で宝生さんが演じた黒塚の「女」。動きは多くなく、面をかけるため役者本人の表情が表出することもない。(撮影:伊東祐太)

能楽を観たことのある方は、思い当たる節があるのではないでしょうか。

たっぷり聴かせる謡や、そぎ落とされた表現の舞に見られるように、能楽はその演出で観客を驚かせようとすることはありません。ましてや役者から観客に直接働きかけることもありません。

ある意味では不親切ともいえるかもしれませんが、写実的ではないからこそ、かえって観客にとっては、とても自由な芸能です。

観客側から舞台の中で広げられる世界をどう解釈しても構わないし、自分の「気づき」や「好き」からその世界にアクセスして温め続けることができる。

美術館に展示されたもの言わぬ絵も、観る人によっては、絵が語りかけてくるように感じることもあるでしょう。自分の感性をたよりに能楽の世界をどのように泳いでも構わない、そのような意味合いを含めて、宝生さんは美術館と例えたのではないかと感じました。

能楽評論家の金子さんも、舞台を観ることで、そこに自分の在り方を投影し、心をときほぐして自らを癒し再生する……能楽はそんな空間なのだ、とお話ししてくれました。

同じ曲(能の演目)でも、自分の年齢、状況、心の在り方によって、感じることは変わってきます。ぜひその変化も含めて楽しんでほしいということでした。

■理解できないことは悪いこと?

一方で、「言葉の意味がわからない」「難しそう」という観客側の意見には、「理解できないイコール感動できないではないですよ」という目からウロコが落ちるようなお答え。

金子さんは、「能楽では古典の言葉を使ううえ、難しい仏教用語も頻出する。私だって未だに理解できないものはありますよ」と明るく笑います。

宝生さんの例えをお借りして考えてみれば、美術館に行くときに「この作品が描かれた時代背景も、芸術家のいわんとすることも、すべて理解して帰ってこよう」という方はあまり多くはないのではないでしょうか。大多数の人は、「実物を見てみたい」というシンプルな気持ちで美術館に向かうはずです。

能楽もきっと、そのようなシンプルな気持ちで近づいてみたら、意外なところから気づきを得るかもしれません。

そして美術館で絵をみて感じること・考えることが一人ひとり異なるように、能楽を観て感じることもまた一人ひとり異なります。

これから能を観たいという方は、いきなりそのすべてを理解しようと身構えずに、まっさらな心でその時自分がどう感じるのか、何を考えるのか、ということに意識を向けてみてはいかがでしょうか。

■恋愛・生き方……現代女子のお悩みを能に投影

すべてを理解しなくてもOKと言われても、やはり少しは曲のことも知っておきたいもの。そこで、事前に募集していたお悩みに合わせて、おすすめの曲を紹介してくれるコーナーも。

能楽は700年近い歴史があるだけに古いものを描いていると思われがちですが、実はその根底にある心の在り方や登場人物の情念は、現代にもつながっている部分があるのだとか……本当でしょうか。

声優の甲斐田さん(右)が紹介曲を現代語訳で朗読する場面もあり、一層イメージが膨らむ(撮影:伊東祐太)

能の曲は、古典や歴史上の有名人物を題材にしたものが多く存在します。

その中から今回ご紹介いただいたのは、日本史上、絶世の美女と名高い小野小町。どんな男性のアプローチにもなびかなかった(!)という彼女にまつわるエピソードは数多く存在し、その内容や年齢に応じて、能にもいくつかの曲が残されているそうです。各曲に描かれた「小町イズム」を比較しながら、そのブレない生き方を解説していただきました。

また、恋愛面でのお悩みに関しては、選択の放棄が悪循環を招く……という現実的なお話も。

こうした現代人が持つ悩みと照らし合わせて能楽の解説を聞いていると、「能楽が現代に通じる」というゲストの方々の話に現実味が帯びてくるかのよう。もっとおすすめ曲を紹介してほしい! と気持ちが高まりながらも、今回は時間の関係もあり、3曲の紹介となりました。

能楽の知識が深まったところで、今度は実際に能楽を鑑賞します。鑑賞レポートはぜひ後編をご覧ください!

この記事のライター

「生きている小面(能面の一種)が見たい」という一心で能楽堂に通い始める。内容はよくわからないながら、観能を重ねるごとに気づきを得ることに面白さを感じ、いつの間にか能楽堂に通わずにはいられない体質に。

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