能は難しいけど面白い!──和文化部「春の能楽コトハジメ」開催レポート
講師に舞台で活躍中の能楽師・谷本健吾さんをお招きした、3月の和文化部イベント「春の能楽コトハジメ」。部長の下心のハルカさんによるレポートです。
今年立ち上がったばかりのDRESS和文化部。3月は伝統芸能の「能楽」を知る講座を開催しました。
1月のキックオフに続き能楽のイベントを行ったのは、何を隠そう部長の私が大好きだから。
キックオフは実際の公演にお邪魔して「観る」ことを主体にしたイベントでしたが、今回は「知る」「体験する」をメインに据えて、新たに能楽の世界に出会っていただきたいと思い企画。
せっかく触れるならば本物を! ということで、会場はプロの上演も行われる本物の能舞台、そして講師には舞台で活躍中の能楽師・谷本健吾さんをお迎えしました。
講師はシテ方観世流能楽師の谷本健吾さん
■難しい用語も意味やルールがわかれば面白い
第一部は、「座学で学ぶ『幽玄』の世界」と題して、谷本さんと私で能の世界をご案内しました。
能や能舞台の基本的な構造のほか、物語の構成である「現在能」と「夢幻能」について解説を行います。
能は伝統芸能のなかでも特に様式が重視される芸能ですから、それゆえに"お約束ごと"も多くあります。
「シテ」や「ワキ」といった役割をはじめとして、専門的な用語もたくさんあるため、「難しそう……」と敬遠されてしまうこともあるのですが、実は基本的な部分はそこまで難しいことはありません。
基本から一つひとつ紐解いていくことで、また新たな疑問や発見に出会うことができる……それは間違いなく能楽の魅力のひとつでもあります。
今回の座学のメインに据えた「夢幻能」は、能楽に特徴的な物語の構造のひとつです。
通常、演劇は舞台となる時代が起点となり、現在進行形で物語が進んでいきますが、「夢幻能」にあっては少々勝手が違います。
生きている人間が、ある歴史的な人物の幽霊や神様などの霊的な存在に出会い、彼らの語る過去の風景をともに見るのです。
死者のモノローグを生きている人間が見守る──そのような物語構造が、あの世とこの世という空間の概念や、時間の概念をどこか曖昧にし、夢と現のあわいに漂う能楽の世界観を生み出しているのかもしれません。
説明の中では、谷本さんによる能面の説明も。
皆さんは、能面の代表格「般若(はんにゃ)」という面は、どういう表情だと思いますか?
怒りを表現していると思われがちですが、実は悲しみのあまり狂乱した様子を表しているのです。
現代でも怒りに震えるということはあるかと思いますが、その怒りの裏には悲しみだったり悔しさだったり、さまざまな感情が存在します。能面でもそれは同じ。
そのほかにも、女性の面でも年齢などによって種類が違ったりと、能面は意外にバリエーションが広いのです。
■能楽師の所作って……美しい!
座学でいろいろとお伝えしたものの、能楽は芸能なので、実際に見ていただかないことには始まりません。
百聞は一見に如かず、ということで、谷本さんによる舞の実演を見ていただきました!
『清経』という武将の舞と『吉野天人』という天女の舞の見比べです。
扇を刀に見立てて舞う「動」の舞と、天女の優雅さを表した「静」の舞。
動の舞として『清経』を実演していたきました
こちらも『清経』……静止画でしかお見せできないのが残念でなりません!
「能って、あののんびりしたやつね」だなんて、ひとまとめに言われることもありますが、曲趣の異なるふたつの舞を見比べたことで、違いをつぶさにわかってくださったようで、舞の後は感嘆の声が漏れていました。
こちらは静の舞として実演をお願いした『吉野天人』
「谷本さんの所作がどんな時も美しくて、その理由がわかりました」というコメントまでいただくほど、舞の特徴的な美しさを体感していただけたようです。
■能舞台に立って体験も!
せっかく能舞台に足を運んでいただいたからには、見て終わりではありません。
参加者の皆さんにも能舞台に立って、基本の姿勢と足の運び、そして謡の体験をしていただきました。
基本の姿勢とすり足に挑戦
基本の姿勢を作る途中段階です
思った以上の特殊な姿勢に皆さん苦戦……!
基本の姿勢をつくるメソッドは流儀や家によっても異なるとのこと。
「骨盤を前傾させたまま、上半身を起こす」や、「腕はまっすぐ下におろして、でも肘は外側にキープ」など、我々一般人にとってはなかなかの無茶振りが続きます。
舞台のあちらこちらから、うめき声が漏れ聞こえてきます(笑)。
姿勢を保ったまま舞台の上をすり足で進みます
その後は姿勢を保ったまま、能楽独特の歩行である"すり足"で舞台を進むのですが、これがまた難しそうです。
なぜすり足なのか──それは能面によって視野が狭められること、その昔は今の舞台のように平坦で安全な場所で上演するとも限らなかったため、自然とそうなった、と言われているそうです。
実はこの後、希望者に能面を着けたまま舞台を歩いていただいたのですが、なるほど恐る恐る進まれていました。
希望者は能面の視野も体験
視野が大変狭いためまず進む方向の調整から
能楽の様式美の裏には、日常生活では絶対に行わないような難しい動きを苦もなくやってのけてしまう、能楽師の鍛錬があってのことでした。
きっと体験した方は「能楽は動きが少ないから簡単……なわけではない!」ことを実感いただけたのではないかと思っています。
謡体験は迫力のシーンを
謡の体験は、先に解説を行なった『橋弁慶』から抜粋した箇所で行いました。
『橋弁慶』はのちに源義経となる牛若丸と弁慶の五条大橋での出会いを描いたもの。まだ12〜13歳の牛若丸が弁慶を倒し、ふたりは主従の関係を結ぶというストーリーです。
今回は弁慶が「手強い相手がいるらしい」と聞いて五条大橋に向かっていく迫力の情景を谷本さんに教えていただき、声を出してみました。
谷本さんからは「皆さん謡えていらっしゃいますね」とお褒め(?)の一言をいただきましたが、「節」という独特の調子がとにかくとても難しい!
何回か練習を繰り返した後、本番は谷本さんの弁慶のセリフに続いて、一斉に謡ってみました。
もちろんとても難しかったのですが、音の響く能楽堂で大きな声を出すことは、個人的にとても楽しくて繰り返し謡っていたいなと思ったのですが……参加者の皆さんはいかがでしたでしょうか。
少しでも楽しかったと思っていただけていたら嬉しいです。
謡体験の後は、皆さんすり足で橋掛りを歩いて去っていきます。
能面の体験をされた方は「鏡の間(かがみのま)」という、シテ(主役)が舞台に出る前に最後のひと時を過ごす大変神聖な場所に座らせていただいていました(!)
玄人の方々も、こちらで面を着け、舞台が終わった後はこちらで面を外すのです。
舞台の作法そのままに体験させていただける、大変貴重な機会だったように思います。
◼︎講座で触れた内容は、4月の公演で鑑賞できます
さて、4月には、今回解説を行なった『橋弁慶』と『西行桜』が上演される会があります。
今回講師をしてくださった谷本さんが『橋弁慶』でシテ(主役)の弁慶を務められるほか、谷本さんの息子さんも牛若丸として出演されるという、親子の共演も見どころ。
DRESS和文化部でも希望者でお邪魔する予定です。
ご興味のある方は下記のリンクから詳細をご確認の上、お申し込みください。
あれも見てほしい、これも体験してほしいと欲張りすぎ、また講師陣もいろいろと熱が入りすぎてしまい、終わる頃には終了予定時刻をまわってしまいました。
最後の挨拶のときに谷本さんがおっしゃっていたように、今回の講座の内容は「能楽の世界の入り口」にすぎません。
和文化部でも今後も継続して能楽を扱っていきたいですし、またご興味のある方はぜひ能楽堂に積極的に足をお運びいただければと思います!
今後の和文化部企画は、引き続きAct.DRESSにて告知させていただきます。
ご興味とご予定が合いましたらぜひご参加いただければ幸いです。次回もどうぞよろしくお願いいたします!