【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(後編)

【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(後編)

まだ能楽の世界に触れたことのない方にこそ知ってほしい。初心者でも楽しめるトークイベントや、体感する能、バックステージツアーなど、能楽の世界にどっぷりと浸かった濃厚な6時間。観劇部イベントレポート後編をお届けします。


【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(前編)

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まだ能楽の世界に触れたことのない方にこそ知ってほしい。初心者でも楽しめるトークイベントや、体感する能、バックステージツアーなど、能楽の世界にどっぷりと浸かった濃厚な6時間。観劇部イベントレポート前編をお届けします。

後編では、実際に「体感する能『黒塚』」の鑑賞レポートをお送りします。

前編では能楽と向き合うコツをいくつか教えてもらいました。

1.寝てしまうことを恐れない
2.すべてを理解できなくてもいい
3.自分の感性に従って自由に見ればそれでOK


「自由な感性でまずは触れてみてほしい」と言われて幾分肩の力は抜けたとはいえ、自分の体験や知識の範囲内でしか感性は働かないもの。やはり多少なりともガイドラインが必要です。

■「謎解き!体感ナビ」で曲の構成を学ぶ

こちらのコーナーでは、当日上演される演目、能『黒塚』のポイントを解説。作品そのもののテーマだけでなく、登場人物や作り物を通して、『黒塚』という曲を多角的に理解していきます。

前編のトークイベント登壇者がこれから観る能の解説を行います(撮影:伊東祐太)

もちろん当日のパンフレットにもあらすじの紹介はありますが、解説を聞くことで、文字を追っているだけでは読み取れない部分までくっきりと浮かび上がってくるかのようです。

さて、『黒塚』は安達ケ原(福島県二本松市)に棲む鬼女伝説をもとにした物語。メインビジュアルが般若をモチーフにしていることもあり、なんとなく「鬼が出てくる能だ」と認識していた方も多かったのでは。

解説では、単なる「鬼が退治される物語」ではなく、元は人間だったこの女がどのような経緯を経て鬼になったのか、その孤独や抱えている葛藤について、どう分析するかということまで語られました。

■能「黒塚」のあらすじ

この能は二場で構成され、鬼である女は前場で安達ケ原の人里離れたあばら家に住まう女として登場します。

そこに旅の僧侶の一行がやってきて一夜の宿を頼みます。女は渋々宿を提供し、やがて一行が寒さをしのぐための薪を取りに出かけます。出かける前に女は決して寝室を覗かないよう僧侶に念を押していきました。

しかしながら「ダメ」と言われればそれをしたくなるのが人の性。従者のひとりである能力は、僧侶が寝静まったのを見計らって女の寝室を覗いてしまいます。

そこにあったものはおびただしい数の人間の死骸でした。約束を破られたことを知った女は僧侶たちを追いかけます。その姿を鬼へと変えて……。

左)切り絵アーティストの福井利佐さんによるメインビジュアル。世にも恐ろしい鬼……というよりも、むしろ鬼の辛苦や悲哀が伝わってくるかのよう。

■見どころ1:鬼の悲哀と人間の冷淡さ

「鬼」という異質な存在が出てくる曲ですが、その恐ろしい面が出てくるのは後半部分のみ。鬼がいかに醜く悪しき存在か、ということは説明されません。むしろ、醜い姿をさらしているのは人間ではないのかと思うほど。しかもその人間たちの中心人物は徳の高い僧なのです。

鬼となった女(左)は僧侶を追いかけ、襲いかかる(撮影:伊東祐太)

ここで『黒塚』の鬼と人間の行動を比べてみましょう。

【人間に出会ってからの鬼の行動】
・住まいに突然人間がやってきて、宿を借りたいと言われる
・一度断るが、どうしてもと言われ、泊めることにする
・僧に請われ、卑しい身分の象徴である糸車を操る姿を披露する
・客人のために薪を採りに山へ出かける
・決して寝室を覗かないよう言い含める
・客人に逃げられたことに気づく
・鬼に変貌し一行を追いかける
・弱って姿を消す

【鬼に出遭ってからの人間の行動】
・泊まるあてがないため宿を貸してほしいと頼む
・見慣れない道具を珍しがり、女(鬼)に糸車を操って見せるよう頼む
・女(鬼)と寝室は覗かないことを約束する
・従者のひとりが怪しんで、見ないでくれと言われた女の寝室を勝手に覗く
・夥しい数の人の死体を発見する
・逃げる
・追いかけてきた鬼の調伏(*)にかかる

鬼の行動はそのほとんどが人間に請われるままに行ったことであり、はたして僧の一行を殺すつもりだったのかはわかりません。

(*)調伏(ちょうぶく)……祈祷 (きとう)によって悪魔・怨敵(おんてき)を下すこと

■見どころ2:女はどこで鬼へと変貌したのか

従者のひとりが死体の山に気づくと、一行はすぐに女の家から逃げ出します。それに気づいた女は鬼に姿を変えて、僧侶たちの前に再び現れるのです。

このとき鬼は背中に薪を背負っていました。そう、この薪は僧侶の一行が寒さをしのげるようにと、女が自ら採りに行ったもの。山から下りて一行がいなくなっていることに気づき、背中の荷もそのままに家を飛び出してきたのでしょう。

この時点でまだ鬼は理性を残していたかもしれません。

ところが対峙した僧侶はすぐに調伏にかけようとします。それを受けて鬼は背から薪を下ろし一行に襲いかかるのです。

偶発的に僧侶に出会ったことで、女は「生きるために人を殺さなければならない」という鬼の業から救ってもらえるかもしれないと期待したのかもしれません。そう考えると、鬼の抱える悲哀とともに、約束を破った人間の身勝手さや、冷淡さまで浮き彫りになってくるかのようです。

劇中では鬼の真意は描かれません。だからこそ、こうして観る人の想像力を掻き立て、受け手によって物語が肉付けられていくのです。

あなたは鬼の表情になにを感じるだろうか(撮影:伊東祐太)

■主軸のストーリーがすべてではない

能『黒塚』は、簡単に言えば、僧侶が法力をもってして、人を喰らう悪しき鬼を退治する物語ともいえるかもしれません。

しかし、観客はその出来事通りにストーリーを受け取ったでしょうか。

筆者は、いつの間にか鬼に対して同情的になっている自分に気づきました。彼女は、人間から鬼に変貌するまで一体どれほどに孤独だったのだろうか、と。

主軸となるストーリーは、あくまでも事象のひとつとして語られます。今回のように法力によって調伏される展開の曲は他にも見られますが、そこに善悪の押しつけはありません。私たちはそのどこに感情移入しても良いのです。ここも能楽の面白さのひとつなのかもしれません。

■DRESS読者限定! バックステージツアー

観能後は、DRESS読者限定のバックステージツアーへ。先ほどまで視線の先にあった能舞台に上がり、楽屋裏までぐるっと探検!

足袋を履いて、本舞台につながる橋掛かりからお邪魔させていただきました

案内してくださったのはシテ方宝生流能楽師の川瀬隆士さん。今後が期待されるイケメン若手能楽師です。舞台上の説明から、楽屋の中まで細やかに説明していただきました。

途中、「黒塚」の「女」をお務めになった宝生さんにも登場いただき、なんと拍子の踏み方を直伝していただきました!

コツを教えていただきながら実際に拍子を合わせます。皆さん褒められていました。

最後に本舞台の上で記念撮影を。DRESS読者の皆さんと、宝生和英さん(前列中央左側)、川瀬隆士さん(前列右側)

今回のイベントでは、能楽初心者からよく能楽堂に行くという方まで、幅広い方にご参加いただきました。6時間という長丁場にもかかわらず、最後のバックステージツアーまで満喫していただき何よりです。

能楽堂に入った時にはカンカン照りだった太陽も、帰るころにはすっかり沈み、雨降り模様の天気へと変化していました。天気が一転するほど長い時間を能楽堂のなかで過ごしていたのだと感じながら、一方で過ごした時間のゆるやかさが思い出されます。

能楽カフェで語られた「まずは能楽堂で過ごす時間を味わってほしい」との言葉を実感しながら、雨の中徐々に現実へと戻っていったのでした。

このレポートを読んで、「能楽ってどんなものだろう」「能楽堂に行ってみたいな」……そう感じた方がいらしたら、一度能楽堂を訪れてみてはいかがでしょうか?

DRESSでも引き続き観能イベントを企画していきますので、チェックしてくださいね!

この記事のライター

舞台狂いが転じて、能にのぼせ上がる日々を送る会社員。 能を観始めたきっかけは、「生きている小面(能面の一種)が見たい」「美しいものを見たい」という一心から。内容はよくわからないながら、観能を重ねるごとに気づきを得ることに面...

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