【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(後編)

【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(後編)

まだ能楽の世界に触れたことのない方にこそ知ってほしい。初心者でも楽しめるトークイベントや、体感する能、バックステージツアーなど、能楽の世界にどっぷりと浸かった濃厚な6時間。観劇部イベントレポート後編をお届けします。


【はじめまして能楽】日本が誇る最古の芸能は癒しにあふれた空間だった(前編)

https://p-dress.jp/articles/4524

まだ能楽の世界に触れたことのない方にこそ知ってほしい。初心者でも楽しめるトークイベントや、体感する能、バックステージツアーなど、能楽の世界にどっぷりと浸かった濃厚な6時間。観劇部イベントレポート前編をお届けします。

後編では、実際に「体感する能『黒塚』」の鑑賞レポートをお送りします。

前編では能楽と向き合うコツをいくつか教えてもらいました。

1.寝てしまうことを恐れない
2.すべてを理解できなくてもいい
3.自分の感性に従って自由に見ればそれでOK


「自由な感性でまずは触れてみてほしい」と言われて幾分肩の力は抜けたとはいえ、自分の体験や知識の範囲内でしか感性は働かないもの。やはり多少なりともガイドラインが必要です。

■「謎解き!体感ナビ」で曲の構成を学ぶ

こちらのコーナーでは、当日上演される演目、能『黒塚』のポイントを解説。作品そのもののテーマだけでなく、登場人物や作り物を通して、『黒塚』という曲を多角的に理解していきます。

前編のトークイベント登壇者がこれから観る能の解説を行います(撮影:伊東祐太)

もちろん当日のパンフレットにもあらすじの紹介はありますが、解説を聞くことで、文字を追っているだけでは読み取れない部分までくっきりと浮かび上がってくるかのようです。

さて、『黒塚』は安達ケ原(福島県二本松市)に棲む鬼女伝説をもとにした物語。メインビジュアルが般若をモチーフにしていることもあり、なんとなく「鬼が出てくる能だ」と認識していた方も多かったのでは。

解説では、単なる「鬼が退治される物語」ではなく、元は人間だったこの女がどのような経緯を経て鬼になったのか、その孤独や抱えている葛藤について、どう分析するかということまで語られました。

■能「黒塚」のあらすじ

この能は二場で構成され、鬼である女は前場で安達ケ原の人里離れたあばら家に住まう女として登場します。

そこに旅の僧侶の一行がやってきて一夜の宿を頼みます。女は渋々宿を提供し、やがて一行が寒さをしのぐための薪を取りに出かけます。出かける前に女は決して寝室を覗かないよう僧侶に念を押していきました。

しかしながら「ダメ」と言われればそれをしたくなるのが人の性。従者のひとりである能力は、僧侶が寝静まったのを見計らって女の寝室を覗いてしまいます。

そこにあったものはおびただしい数の人間の死骸でした。約束を破られたことを知った女は僧侶たちを追いかけます。その姿を鬼へと変えて……。

左)切り絵アーティストの福井利佐さんによるメインビジュアル。世にも恐ろしい鬼……というよりも、むしろ鬼の辛苦や悲哀が伝わってくるかのよう。

■見どころ1:鬼の悲哀と人間の冷淡さ

「鬼」という異質な存在が出てくる曲ですが、その恐ろしい面が出てくるのは後半部分のみ。鬼がいかに醜く悪しき存在か、ということは説明されません。むしろ、醜い姿をさらしているのは人間ではないのかと思うほど。しかもその人間たちの中心人物は徳の高い僧なのです。

鬼となった女(左)は僧侶を追いかけ、襲いかかる(撮影:伊東祐太)

ここで『黒塚』の鬼と人間の行動を比べてみましょう。

【人間に出会ってからの鬼の行動】
・住まいに突然人間がやってきて、宿を借りたいと言われる
・一度断るが、どうしてもと言われ、泊めることにする
・僧に請われ、卑しい身分の象徴である糸車を操る姿を披露する
・客人のために薪を採りに山へ出かける
・決して寝室を覗かないよう言い含める
・客人に逃げられたことに気づく
・鬼に変貌し一行を追いかける
・弱って姿を消す

【鬼に出遭ってからの人間の行動】
・泊まるあてがないため宿を貸してほしいと頼む
・見慣れない道具を珍しがり、女(鬼)に糸車を操って見せるよう頼む
・女(鬼)と寝室は覗かないことを約束する
・従者のひとりが怪しんで、見ないでくれと言われた女の寝室を勝手に覗く
・夥しい数の人の死体を発見する
・逃げる
・追いかけてきた鬼の調伏(*)にかかる

鬼の行動はそのほとんどが人間に請われるままに行ったことであり、はたして僧の一行を殺すつもりだったのかはわかりません。

(*)調伏(ちょうぶく)……祈祷 (きとう)によって悪魔・怨敵(おんてき)を下すこと

■見どころ2:女はどこで鬼へと変貌したのか

従者のひとりが死体の山に気づくと、一行はすぐに女の家から逃げ出します。それに気づいた女は鬼に姿を変えて、僧侶たちの前に再び現れるのです。

このとき鬼は背中に薪を背負っていました。そう、この薪は僧侶の一行が寒さをしのげるようにと、女が自ら採りに行ったもの。山から下りて一行がいなくなっていることに気づき、背中の荷もそのままに家を飛び出してきたのでしょう。

この時点でまだ鬼は理性を残していたかもしれません。

ところが対峙した僧侶はすぐに調伏にかけようとします。それを受けて鬼は背から薪を下ろし一行に襲いかかるのです。

偶発的に僧侶に出会ったことで、女は「生きるために人を殺さなければならない」という鬼の業から救ってもらえるかもしれないと期待したのかもしれません。そう考えると、鬼の抱える悲哀とともに、約束を破った人間の身勝手さや、冷淡さまで浮き彫りになってくるかのようです。

劇中では鬼の真意は描かれません。だからこそ、こうして観る人の想像力を掻き立て、受け手によって物語が肉付けられていくのです。

あなたは鬼の表情になにを感じるだろうか(撮影:伊東祐太)

■主軸のストーリーがすべてではない

能『黒塚』は、簡単に言えば、僧侶が法力をもってして、人を喰らう悪しき鬼を退治する物語ともいえるかもしれません。

しかし、観客はその出来事通りにストーリーを受け取ったでしょうか。

筆者は、いつの間にか鬼に対して同情的になっている自分に気づきました。彼女は、人間から鬼に変貌するまで一体どれほどに孤独だったのだろうか、と。

主軸となるストーリーは、あくまでも事象のひとつとして語られます。今回のように法力によって調伏される展開の曲は他にも見られますが、そこに善悪の押しつけはありません。私たちはそのどこに感情移入しても良いのです。ここも能楽の面白さのひとつなのかもしれません。

■DRESS読者限定! バックステージツアー

観能後は、DRESS読者限定のバックステージツアーへ。先ほどまで視線の先にあった能舞台に上がり、楽屋裏までぐるっと探検!

足袋を履いて、本舞台につながる橋掛かりからお邪魔させていただきました

案内してくださったのはシテ方宝生流能楽師の川瀬隆士さん。今後が期待されるイケメン若手能楽師です。舞台上の説明から、楽屋の中まで細やかに説明していただきました。

途中、「黒塚」の「女」をお務めになった宝生さんにも登場いただき、なんと拍子の踏み方を直伝していただきました!

コツを教えていただきながら実際に拍子を合わせます。皆さん褒められていました。

最後に本舞台の上で記念撮影を。DRESS読者の皆さんと、宝生和英さん(前列中央左側)、川瀬隆士さん(前列右側)

今回のイベントでは、能楽初心者からよく能楽堂に行くという方まで、幅広い方にご参加いただきました。6時間という長丁場にもかかわらず、最後のバックステージツアーまで満喫していただき何よりです。

能楽堂に入った時にはカンカン照りだった太陽も、帰るころにはすっかり沈み、雨降り模様の天気へと変化していました。天気が一転するほど長い時間を能楽堂のなかで過ごしていたのだと感じながら、一方で過ごした時間のゆるやかさが思い出されます。

能楽カフェで語られた「まずは能楽堂で過ごす時間を味わってほしい」との言葉を実感しながら、雨の中徐々に現実へと戻っていったのでした。

このレポートを読んで、「能楽ってどんなものだろう」「能楽堂に行ってみたいな」……そう感じた方がいらしたら、一度能楽堂を訪れてみてはいかがでしょうか?

DRESSでも引き続き観能イベントを企画していきますので、チェックしてくださいね!

この記事のライター

「生きている小面(能面の一種)が見たい」という一心で能楽堂に通い始める。内容はよくわからないながら、観能を重ねるごとに気づきを得ることに面白さを感じ、いつの間にか能楽堂に通わずにはいられない体質に。

関連するキーワード


文化系の部活 観劇部 演劇

関連する投稿


男だけの美しいコメディ・バレエ「トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団」が来日!

男だけの美しいコメディ・バレエ「トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団」が来日!

ニューヨーク発の大人気コメディ・バレエ団「トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団」が30回目となるジャパンツアーを開催中! 格式高いと敬遠されがちなクラシックバレエを明るく笑えるものに変え、世界を魅了したそのテクニックと芸術性は、単なる女装バレエにとどまりません。一度は観たい、彼らの舞台の魅力に迫ります。


戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」

戦争という時代にも笑いを生み出そうとした人間の喜劇「円生と志ん生」

昭和の大名人といわれた噺家、円生と志ん生。満州巡業に出かけたものの、終戦の混乱で帰国できず、異国の地で苦楽を共にすることに。性格も芸風も異なるふたりだが、笑いをつくり出すのが噺家と、貧乏も悲しみも笑いに変えていく……。難しいことをやさしく、深く、面白く描いた井上ひさしの音楽劇「円生と志ん生」の魅力をお届けします。


浅田真央さんのこれまでを写真で見る『moment on ice vol.2』が発売に。「THE ICE 2017」撮りおろしも

浅田真央さんのこれまでを写真で見る『moment on ice vol.2』が発売に。「THE ICE 2017」撮りおろしも

アスリートが輝く“瞬間"をキャッチするグラフ・マガジン『moment on ice vol.2』が発売に。プロスケーター浅田真央さんの、プロスケーターとしての1st Stepを記録した1冊に仕上がっています。「THE ICE 2017」完全撮りおろしのほか、真央さんの13年の軌跡を振り返る豪華な内容です。


平安の「デキる女」小野小町センパイに学ぶ、自分を貫く生き方【能楽処方箋】

平安の「デキる女」小野小町センパイに学ぶ、自分を貫く生き方【能楽処方箋】

実は女性の主人公が多く登場する能楽は、悩める現代女性にも通じる生き方のヒントがたくさん詰まっています。今回取り上げるのは、平安のキャリアウーマン小野小町に学ぶ、自分を貫く生き方。能楽評論家の金子直樹先生に伺いました。


浅田真央さん引退後初のアイスショー「THE ICE 2017」――感謝の気持ちを伝えたい

浅田真央さん引退後初のアイスショー「THE ICE 2017」――感謝の気持ちを伝えたい

4月に選手生活に幕を引いた浅田真央さんが座長を務めるアイスショー「THE ICE(ザ・アイス)」。11回目となる2017年は、引退表明後初めての演技を披露する場となりました。「今までありがとう、という気持ちを伝えたい」という真央さんのスケート人生を振り返るような構成となった今年のショーの様子をお伝えします。


最新の投稿


映画『民生ボーイと狂わせガール』劇中登場のランジェリーがラヴィジュールより販売に

映画『民生ボーイと狂わせガール』劇中登場のランジェリーがラヴィジュールより販売に

ランジェリーブランド「Ravijour(ラヴィジュール)」は9月21日より、映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』劇中で登場するランジェリーVol.2を全国直営店やオフィシャルWebストアにて販売開始。


復縁が失敗するのは「元を取りたい」気持ちがあるとき

復縁が失敗するのは「元を取りたい」気持ちがあるとき

別れた元カレと復縁を願うとき、無意識に「元を取りたい」と思っている女性は意外と多いものです。ですが、傷ついた分を相手に償ってもらうのが目的の復縁は、失敗に終わる可能性が高くなります。過去の痛みは忘れて、新しい絆をふたりで築きたい心を持つこと。これが、復縁で失敗しないポイントです。


旬の栗! 剥くのが面倒なズボラさん必見の「剥き甘栗」を使った絶品レシピ3選

旬の栗! 剥くのが面倒なズボラさん必見の「剥き甘栗」を使った絶品レシピ3選

旬の「栗」。「剥くのは少し面倒だな」という方におすすめしたい、剥き甘栗を使ったレシピを3つご紹介します。


おやつの新たなトレンド、ギルトフリーとは?

おやつの新たなトレンド、ギルトフリーとは?

ギルトフリーとは、直訳すると「罪悪感なしのおやつ」のこと。でも、いったいどういうこと? お菓子メーカーに勤める筆者の全10回連載の3回目は、おやつ・スイーツ・お菓子の最新トレンドであるギルトフリーについて、詳しくお伝えします。


「中医学」を取り入れる暮らしで美しく健康に

「中医学」を取り入れる暮らしで美しく健康に

「中医学」という言葉は聞き慣れないかもしれません。東洋医学とはよく聞くけれど……。中医学とは中国の伝統医学で、実は私たちの生活でもとても実践しやすいセルフケアのひとつ。今回は国際中医師の千葉敬子さんに、中医学から学べる女性の健康の知恵を教えていただきました。


おっぱい