出生前診断と着床前診断の違いや問題点は?診断技術の進化から考える
https://p-dress.jp/articles/3489「出生前診断」と「着床前診断」の違いについて、ご存知の方は多いかもしれません。今回のコラムでは、着床前診断の以前から行われていた出生前診断の歴史を紐解いていきます。倫理的な問題が絡んでいるともいえる技術だからこそ、技術ができるまでの背景を十分に理解してほしいと思うのです。
意義のある検査ながら問題点も議論される着床前診断。PGD(着床前遺伝子診断)と現在は禁止されているPGS(着床前遺伝子スクリーニング)の2種類があります。それぞれの診断内容や問題点、課題について、山中智哉医師が解説します。
ここまで、「羊水染色体検査」や「新型出生前診断」などについてお話ししてきました。
これらの検査はすべて、「妊娠後の胎児について」の検査でしたが、これからお話しする「着床前診断」は「妊娠前の受精卵について」の検査となります。
着床前診断には、「PGD(着床前遺伝子診断)」と「PGS(着床前遺伝子スクリーニング)」というふたつの検査があります。どちらも体外受精によって獲得された受精卵から細胞の一部を採取して、その受精卵に異常がないかを調べる検査です。
非常によく似ている言葉のため、その違いがわかりにくいと感じるかもしれませんが、日本産科婦人科学会の規定においては、現在のところPGSは禁止されており、PGDは特定の患者さんに対し、認定施設においてのみ施行が許可されています。
それぞれの検査はどう違うのでしょうか。
一般的に、「染色体異常がないかどうか」という言い方はよく耳にすると思いますが、「遺伝子疾患がないかどうか」という言葉を聞く機会は少ないのではないでしょうか。
染色体について、ヒトには、22対の常染色体と1対の性染色体があることが知られています。21トリソミー、いわゆるダウン症は、21番目の染色体が本来の2本から3本になることで発症します。また、それ以外の染色体が3本になる場合もあれば、1本になるモノソミーという病態も存在します。
それでは、遺伝子疾患とはどういうことなのでしょうか。
イメージしやすくするため、染色体は「遺伝子が集まってできた塊」だと考えてください。遺伝子の命令によって、私たちの体のすべてのパーツはできあがっています。その中で、特定の遺伝子に異常があって発現する病態を遺伝子疾患といいます。
つまり、先に述べたように「22対の常染色体と1対の性染色体」があれば、必ずしも健康というわけではなく、その遺伝子レベルにおいても何らかの疾患を発症する可能性があるということになります。
PGDとPGSについて一言でいうと、PGDは受精卵の「遺伝子の異常がないか」を検査する診断で、PGSは受精卵の「染色体の状態」を確認する検査ということになります。
遺伝子疾患のほとんどは、親から子供へと遺伝します。ただ中には、一定の確率で遺伝しない場合や、遺伝しても発症しない形で遺伝していることもあります。
PGDが行われるまでは、生まれるまで遺伝子に異常があるかどうかがわからなかったり、または、ある程度成長してから発症してわかったり、という形でしか把握することができませんでした。
PGDによって、そのことが受精卵のときにわかる点については、命の選別につながるかもしれないという倫理的な問題はあるでしょう。一方で、遺伝子疾患の中には致死的な疾患もあり、それが生まれる前にわかるのは、そのような疾患を抱える方々にとっては非常に重要なこととなります。そういった意味で、日本をはじめ海外の多くの国でも、その検査の効果と実施が認められています。
一方、PGS(着床前遺伝子スクリーニング)については、その検査を行う意図によっては、いくつかの問題が提議されています。
先に、PGSは「染色体の状態」を見る検査と書きました。
「スクリーニング」という言葉は、主に医療の検査において使われる用語で、それには「比較的簡単な検査で、健康な人の中から病気の人を抽出する」という意味があります。
例えば、健康診断で血液検査を行なったときに、「肝臓の数値が高い」という言い方をすることがあります。これがスクリーニングで、この時点では「何か肝臓の病気があるかもしれない」というだけで、それが脂肪肝なのか、肝硬変なのか、肝臓がんなのかはわかりません。もちろん何も病気ではない可能性もあります。
PGSにはスクリーニングという言葉がついていますが、決して簡単な検査ではありません。ただ、PGSではその遺伝子の異常の評価まではしていないという点では、スクリーニング検査ともいえるのかもしれません。
それでも、妊娠する前に「22対の常染色体と1対の性染色体」の情報がわかるのは非常に大きなことです。そして、ここに大きな問題点がふたつあります。
ひとつは、例えば21トリソミーなどの疾患が見つかった受精卵に対して、どう向き合っていくかという倫理的な問題、そしてもうひとつは、性染色体の情報によって性別がわかってしまうという性の選別についての問題です。
羊水検査など出生前診断で21トリソミーや18トリソミーなど、胎児に何らかの染色体異常が見つかった場合、多くのご夫婦が悩んだ末、中絶を選択しているというデータがあります。
一方、受精卵に対しては、現時点ではそういった判断は禁止されているため、PGSそのものが禁止されていますが、すでに医師の間でも、妊娠する前に異常がわかっていれば、中絶手術を選択しなくても済むという声があがっていることも事実です。
民間病院の中には、学会の規定には沿わず、独自にPGSを行なっているところもあります。また、凍結した受精卵を海外に移送し、PGSを行なう事業を展開する会社もあります。その是非について答えることは難しいことですが、体外受精を行うご夫婦がPGSによって、より安心して妊娠に臨めるのであれば、その技術にはそれだけの価値があるといえます。ただ一方で、こうした技術が医療ビジネスとして利用されるのであれば、医師として看過できないことでもあります。
PGDもPGSもまだ新しい技術であり、倫理的な問題、費用的な問題、あるいは結果をどう解釈し受け止めるのかということなど、議論されなければならないことが山ほどあります。
また、仮に結果が正常であったとしても、その受精卵自体がその後妊娠して胎児まで育っていけるかどうかはわかりません。
PGSについては、本年から日本産科婦人科学会でも、その検査によって本当に「妊娠率」や「出産率」が上昇するのかの検証に入っており、その結果がまた今後の重要な指標になるだろうと考えています。
今回のお話でPGDやPGSについて触れましたが、こういった検査は「体外受精」という技術があってのこととなります。最近では、体外受精という言葉も身近なものになってきましたが、次回からは、数回に分けて「体外受精」について、詳しくお話ししていく予定です。
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