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安保法案成立は何が問題?

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安保法案成立は何が問題?


ものすごい混乱の中、安全保障関連法案が9月19日未明に成立しました。
新潟県弁護士会の会長の声明が話題になっていたりもしますが。
集団的自衛権を認めるべきか否かということは、国際情勢の変化もあり、人それぞれ様々な考えがあると思います。弁護士の中にも集団的自衛権行使容認という方もいらっしゃいます。
ただ、法曹界の人間で、今回の安保法案成立過程に疑問を持たなかった人はいないのではないでしょうか。ここを誤解していらっしゃる方がいますが、安保法の中身云々ではなく、その成立過程に問題があるということです。
弁護士会では去年の閣議決定から、危機感を覚え、各地で街頭演説を行ったり、昨年12月の選挙でも、安倍政権存続は安保法成立につながるから、よくよく考えて投票に行こう! と活動をしてきましたが、なかなか皆さんの関心を得ることができませんでした。
今回の国民の議論の盛り上がりは、今年の6月に衆議院の憲法審査会に有識者として呼ばれた憲法学者が揃って「安保法案は憲法違反である」と述べたところから、始まったのではないでしょうか。憲法学者が、しかも自民党が推薦した学者まで憲法違反って言っているって、問題じゃないの?と。

私も、安保法成立の過程では、おなかのあたりに鈍痛が来るような、嫌な気持ちになることが度々ありました。
法律を勉強する時、まず最初に勉強するのは憲法です。そして、憲法の最上位性を学びます。憲法があって条約があって、その下に個々の法律があるのだと。
憲法と他の法律との違いは、法律が国民の行動を規律するものであるのに対し、憲法は国(権力)がやってはいけないことを国民が定めた決まり事であり、国(権力)を監視するためのルールだということです。
今回は、その権力を監視するためのルールである憲法を、国家権力自ら、自分たちの都合のいいように解釈変更をし、しかも国防に関する非常に重要な問題を、国民の真意を問うこともなく、(間接民主主義ではありますが)決定したという点が、法曹関係者の怒りをかっている点だと思います。


もともと安倍総理は、憲法改正に前向きであったと記憶しています。ただ憲法は上述のように権力を監視するためのものですから、時の権力がコロコロ自分たちに都合のいいように変更できないよう、改正要件については厳しく規定しています。
憲法96条1項には
「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」
との規定があります。

各議員の総議員の三分の二以上の賛成があって初めて、国会が憲法改正の発議をし、その後国民投票で過半数を取らなければ、憲法改正はできないとの、相当厳しい要件です。
これだけ厳しい要件なのですから、長い時間をかけて国民と対話をし、96条1項に従って、衆参両議院の三分の二、国民の過半数の賛同を得て、9条を改正し、集団的自衛権を認めるという結論を導いたのであれば、法曹関係者はなにも文句は言わなかったでしょう。ルールに従った改正であるからです。
しかし、安倍総理は、この厳しい改正要件をどう乗り越えるかを考えるのではなく、この要件を緩和し、「各議員の総議員の二分の一以上の賛成」で、国会が発議できるようにしようと考えました。まず96条を改正し、憲法改正のハードルを下げた後で、9条の改正を行おうという考えです。
ところが、これには改憲派の学者等からも批判の声が多く上がりました。今回と同じ理由です。時の権力が自分たちの方策を通りやすくしたいがために、自らに課せられたルールを緩和することは許されないということです。国民が権力を監視するために作ったルールを権力自らが緩和することなど、許されるわけがありません。

そこで、安倍総理は、今度は、憲法改正ではなく、条文の解釈を変更することで、事実上の改憲を行うという方向へシフトチェンジをしました。
この解釈改憲の根拠として挙げられたのが、1959年の砂川判決です。
ここでもまたのけぞってしまいました。
砂川判決で集団的自衛権行使容認? 聞いたことのない解釈だったからです。

砂川事件とは、在日米軍の拡張に反対をする人たちが米軍基地内に立ち入ったことが、日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反にあたるか否かが争われた事件です。反対派は、安保条約や米軍の駐留自体が憲法違反なのであるから、自分たちは無罪であると主張しました。
これだけを読んでも、この裁判においては、在日米軍の合憲性が主要な論点として判断されたのであろうとの想像はつきませんか。

実際に判決書を見てみると,砂川事件の1審判決は,駐留米軍について
「指揮権の有無……に拘らず、日本国憲法によって禁止されている……戦力の保持に該当する」とし,憲法9条2項の戦力に該当し、違憲であると判示しました。

これに対し最高裁は,
「憲法9条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではない」として、駐留米軍の存在を肯定したうえで,
憲法9条2項において「戦力の不保持を規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使することにより、同条1項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするためであると解するを相当とする。従つて同条2項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として、同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。」
と判示しました。

参考 
憲法9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動た
る戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦
権は、これを認めない。


砂川事件は,「安保条約を根拠に、日本に米軍が駐留すること自体が、憲法9条2項に反しないのか」、ということが争われた事件であったということが分かると思います。個別的自衛権が認められているか、集団的自衛権まで認められているかなどと言う議論は出てこないのです。


憲法は崇高なものです。憲法は国家権力(多数派)に歯止めをかけて、個人(少数派)の人権を保障するものです。何物にも侵害されない個人の価値観を認めているのが憲法です。
受験時代、憲法の条文だけは勉強部屋の壁やトイレの壁にも張って、全文を覚えました。何度も暗唱をしていると、憲法の条文の崇高さが染み渡るような感覚を覚えました。私は憲法の言葉の言い回しも、底辺に流れる考え方も好きです。戦後70年、日本が平和にやってこられたことに、憲法の果たしてきた役割は大きいと思います。

戦後にアメリカに押し付けられたものだから、改正して当然という意見もあります。そういう考え方を否定はしません。時代と共に憲法も改正していかなければならないという考え方にも全く反対というわけではありません。ただいずれにせよ、憲法を改正する時には、こういうルールでやりましょうね、と規定されている以上、そのルールに則って改正手続きを行うべきでした。
今回のやり方は、あまりに乱暴で憲法に対する敬意がまったく感じられないものでした。憲法をないがしろにされたようで、嫌な気持ち、鈍痛がしたのだと思います。

傍観者ではいられない、久しぶりにそう思った出来事でした。

 

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菊間 千乃

弁護士。1972年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。1995年フジテレビに入社。バラエティや情報・スポーツ番組など数多く担当。 2005年大宮法科大学院大学に入学。2007年12月司法試験に専念する為、フジテレビを退社。 ...

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