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創意工夫と手間を惜しまない。それが書き手として私が生き残る唯一の道だと思う

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希望をくれる女性に会いたい――日々すり減っていく心に光を灯してくれる人に。そんな想いから始まった、女性の生き方を追う文筆家・芳麗さんによる「希望をくれる女性の話」。今回お会いしたのは、作家・ライターの大平一枝さんです。

創意工夫と手間を惜しまない。それが書き手として私が生き残る唯一の道だと思う

 ライターになって20年。特にブレイクもないが、今日に至るまで仕事が途切れることはなく、雑誌やWEBで自分の連載を持たせてもらい、数冊の著作も出版した。敬愛するアーティストの作品など、数多の興味深いプロジェクトに携わってきた自負もある。

けれど、定期的に迷路に入る。

この仕事において過去の実績なんてさほど意味はない。専門性も知名度もない自分は、中途半端な存在ではないか。自分なりに書き継ぐという仕事を深めていきたいだけなのに、このままではいけないのではないか――。

「これからどうしたいの?」

 35歳を過ぎた頃から編集者や友人などによく聞かれるようになった。

「著作を出したら、次はどこを目指すのか」

「生き残っていくためには、どうするつもり?」   

答えは、そう簡単には出ない。

■「今、私が書かなければ、人々に忘れ去られてしまうかもしれない大切なものを伝えたい」

迷える私に、同業の先輩・大平一枝(おおだいら・かずえ)さんの存在を教えてくれたのは、20年近くの付き合いとなる年上の友人で恩人の編集者・黒澤あかねさんだ。大平さんの作品の大ファンだという彼女は、「あなたにとっても、この先を照らしてくれる存在だと思う」と秘密の宝物を差し出すような面持ちで教えてくれた。

 大平さんは、これまで20冊以上もの著作を世に送り出している。

最初に『男と女の台所』を手にとり貪るように一気に読んだ。現在も『朝日新聞デジタル&w』で連載中の「東京の台所」をまとめた本書は、台所を入り口に市井の人たちの人生が語られている。大平さんは、秘められたドラマをやわらかくも骨太な言葉と思考をもって描き出し、誰にも滋味深い人生があることに気づかせてくれる。台所の話ながら、世相や社会もくっきりと映し出されているのがまた興味深い。

よく晴れた冬の日、大平さんのご自宅を訪ねた。台所と人生を描く名手の台所をのぞいてみたいという、こちらの浅ましい好奇心を知らぬかのように、屈託のない笑顔で迎えてくださった。モノが多くも自然に秩序が保たれた空間からは、大平さんご一家の忙しくも充実した暮らしが垣間見えてくる。

大平一枝さん(@kazueoodaira

「散らかっていて、ごめんなさい(笑)。私は生活周りのことも書いていますけど、“丁寧な暮らし”を推奨しているわけじゃないんです。それで苦労するお母さんたちをたくさん見てきたから、むしろ、アンチ丁寧。かといって、手抜き家事を推奨したいわけでもないですけど(笑)。私が暮らしを通じて書きたいのは、“流れていく日々はかけがえがない”ということなんです」

 子育てエッセイ『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』から、原発を開発した科学者の秘められた思いを辿った『届かなかった手紙』まで、著作のテーマは多岐にわたる。けれど、すべての仕事に通ずる太い幹はここにある。

「大量消費・大量生産の社会からこぼれ落ちてしまうものやこと。輝かしくなくても、二度と味わえない時間や思い――。今、私が書かなければ、人々に忘れ去られてしまうかもしれない大切なものを伝えたいんです」

■その島には何もなかったけど、私たちが持っていないものがすべてあった

 大平さんが編集プロダクションを経てライターとして独立したのは、29歳の頃。1人目の長男を出産したのがきっかけだった。仕事は順調に舞い込んだが、忙しさの波にのまれ、2人目の長女を出産後は一分の隙もない日々が続いていた。転機が訪れたのは、長男が保育園に通っていた頃。

「ある日、保育園に息子を迎えに行ったら、私よりずっと若い保育士さんに『息子さんが寂しそうです。もっとかまってあげてください』と言われて。すごく申し訳なく、恥ずかしく思ったんですよね。映画関係の仕事をしている夫も当時は独立したばかり。夫婦ともにフリーランスになって間もなかったこともあり、とにかく仕事中心で家計を支えるのに必死でした。そこで見落としていたものや、もっと大切にすべきものがあったんだろうなと。ここで一度リセットして、きちんと考えたいなと思ったんです。

せっかくのフリーランス稼業。お金はないけど時間だけは作れるはず(笑)。仕事がなくなるのは怖かったけど、思い切って、家族4人で旅に出ました」

 向かったのは、フィリピンの離島、カオハガン島。

「すべてが衝撃でした。そこは、決して豊かではないけれど幸福度の高い国。食物は自給自足だし、電気も水道もないのに、星が綺麗で畑の野菜は美味しくて、人々は笑顔で優しいの。私たち家族もずっと笑っていて。幸せの価値基準に対して改めて考えさせられましたね。

ちょうど東京にマンションを買った直後で、『インテリアはどこのショップにするか』みたいな物質的なことばかり考えていたのに、ここは家なんかもボロボロの掘っ建て小屋で、それでもみんな幸せそう。離婚も殺人もないの。何もないけど、私たちが持ってないものがすべてある島だったんです。でもね、日本だって、40年以上も前の昭和にはこんな風に“何もなくても幸せ”があったはずで。私が書き残したいのは、こういうことだなと」

生涯のテーマが発芽した大平さんは、帰国してすぐにホームページを作った。

「当時、ライターがホームページを開設するなんて珍しいことでしたけど、一介のライターが、『これを書きたい』と訴えても誰も聞いてくれないから。自分の場所で意思を宣言しておきたいと思ったんです。すると、いただく仕事の傾向が少しづつ変わってきました。ある日、広告代理店から『ブラジャー100本のキャッチコピーを1週間で書いて100万円』という仕事をいただいて。貧乏性なので引き受けようか迷っていたら、正式な返事をする前に『ホームページ見ました。おやりになっている仕事の方向性が違いましたね、すみません』と担当者から、断られちゃいました(笑)。その時、ホームページを作って良かったなぁと。

 私にとっては、目先の100万円より家族と過ごしながら、書きたいことを書く1週間の方が絶対に大切なのに何を揺れていたのだろうと。

 もちろん、書くことで生きていくなら、生活のために引き受けなければいけない仕事もあります。でもね、ライスワークとライフワークの割合を変えていくのも自分の意思次第。初めはライスワークが9割でも、10年後にはライフワーク10割にしようと決意しました」

 何を書きたいのか、どうありたいのか。意思と決意は、先の見えないフリーランス稼業を続けていく上で大切な羅針盤だ。

■「きっと、迷わなくなることはないんでしょうね」

 もうひとつ、聞きたかった素朴な疑問があった。大平さんは、20冊以上もの著作を出しながら、いまだにライターと名乗ることが多い。どうして、積極的に作家と名乗らないのか。そこには、何かしらのポリシーがあるのだろうか?

「そうですねぇ。自分の肩書きも、時々、悩んでしまうことのひとつです。著作の担当編集者は、作家とプロフィールに書いてくれますけど。私は小説家ではないし、雑誌の取材記事の仕事も好きだから、今も引き受けますしね。作家と名乗るのが何だか気恥ずかしくもあって。

……十数年前から何度かお目にかかり、存じ上げている小説家の方にそんな迷いをご相談したことがありました。すると、それは傲慢だ、あなたは勘違いをしているよと。『自分がどう呼ばれたいかは関係ない。また、作家がゴールでもない。ライターの原稿に責任をもつのは、編集長や編集部である。著作は、買ってくださった読者に、自分で責任をもたねばならない。だから著作を出したとき、名乗るべき肩書は“作家”なのです』と言われて。つまり、雑誌の記事は私が書いても、読者がお金を払うのは雑誌に対してだし、責任も雑誌にある。でも書籍を買う読者は、著者に対してお金を払ってくださっているのだから責任も著者だと。私、それを聞いて、すごく腑に落ちたんです。著作を出す以上、作家と名乗ることを躊躇してはいけないなと。

 でも、こんなに大切なことを教えていただいたのに、今日、この質問を受けるまで、しばらく忘れてまた悩んでいたなんて。私、ダメだなぁ(笑)」

どの世界の先人も、“本物”は驕らず偉ぶらない。そして、自らの稀有な経験や本音を惜しみなく分かち合ってくれる。

「きっと、迷わなくなる、なんてことはないんでしょうね。自分が書き継ぎたいことははっきりしています。でも、どんな仕事をどれくらい引き受けるかとか、どうしたら、著作をもっと手に取ってもらえるのかとか、この先も注文を途絶えずいただき続けられるかとかね(笑)。一度気づいたことでも、日々、忙しくしているうちに忘れてしまったりするから」

 答えを定めずに何度でも逡巡することをいとわないのは、大平さんが柔軟でフラットで、子供のような好奇心をもって、今なお進化することを楽しんでいるからなのだと感じた。

■創意工夫と手間を惜しまない努力、それが書き手として私が生き残る道だと思う

「書き続けるってすごいことですよね。私が尊敬する家事評論家の吉沢久子さんは『新潟日報』に50年も家事のコラムを書き続けていらした。ひとつのテーマでこれほど長い間、人を惹きつける文章を書かれているというのは、どれだけ文章がうまくて、心が深いことかと思います。インタビュー時に伺ったんですけど、吉沢さんはコラムを書くために『新潟日報』を自費で購読していらっしゃるそうなんです。読者投稿欄を読んで、新潟の人の暮らしを知っておきたいからと。その姿勢に打たれました。実は私も地元の信濃新聞でコラムを連載していたことがあったんですけど、そんな努力を思いつきもしなくて。そのせいか、私の連載は当初の予定より短く2年で終わった。あれは、私の筆と努力が足りなかったからだなと深く反省しました」

 でも、つまづいたからこそ、「書き手としての姿勢を正せた」とも。

「ありがたいことに連載『東京の台所』は5年続いています。これは求められる限り大切に続けていきたいなと。ずっと“台所と人生”について書いていると、つい似たような文章になってしまいがち。『この台所なら、きっとこういう人かな』なんて、つい分析してしまったりもするけど。もっと、いろんな角度から見つめて、毎回、その人ならではの何かを発見をして書き分けていくことに力を注いでいます。

だって、予定調和の文章は読者にとってもつまらないはず。多くが無料で読めるウエブメディアの読者はシビアです。つまらなかったらすぐ次のサイトに行く。これだけたくさんのメディアに文章が溢れている中、ここにクリックして文章を読んでもらうためには、文章を練りに練り、創意工夫と手間を惜しまない努力が必要ですよね。戦略というわけじゃないけど、それが書き手として私が生き残る道だと思うんです」

***

 長らく自宅の一角を執筆場としてきた大平さんは、昨春、長女が大学生になったのを機に、仕事場を借りたのだという。家から歩いて15 分の1Kのアパートは、簡素でアンティークの大きな机が置いてある。

「執筆に集中できて居心地は良いけど、ここにいると1日中、仕事ばっかりしちゃう(笑)。子育てと家事に追われながら執筆していた時は、早朝しか書く時間がなくて、本当に大変だったけど……。あの日々もやっぱりかけがえがないものだったなぁと」

 美味しい紅茶の銘柄から、旅の話、新しい仕事に挑戦している話まで。大平さんと話していると楽しくて時間を忘れてしまう。そこに探究心や情熱など、溢れんばかりの前向きな愛が感じられるからだ。これからも大平さんの書き続けるものを読みたい。そう思わせてくれる人がいることは、後進として何よりの希望である。

大平さん、かけがえのない1日をありがとうございました。

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芳麗

“新しい女性の生き方”を探して、取材、考察、執筆し続けている文筆家。著名人など多種多様な人物にインタビュー、女性誌「andGIRL」やWEB媒体「cakes」などにコラムや対談の連載を持つ。 著作に「3000人にインタビュー...

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