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5分だけ香水の話をさせてほしい

偏った愛、周りに理解されにくい嗜好、心を燃え上がらせるアイテムの数々……沼にはまるというのは、なんともやっかいで、それでいてどうしようもなく愛おしい。

5分だけ香水の話をさせてほしい

2018年、油断していたら香水にハマった。

アニメ好き・ジャニーズ好きの友人たちがよく「あの沼は、覗き込んだだけで足をとられるから……」とバナナフィッシュやセクゾやキンプリを前にして嘆くのを聞いていたので、「自分が絶対好きになっちゃうジャンル」には近づかないのが賢明だということはわかっていた。

……のだけど、興味本位で水たまりみたいな浅い部分に足をポチャッとつけてみたら、気がついたときにはすでに隣でアンコウとかがユラーッと泳いでいた。

不覚だった。辺りを見渡すと、思っていた10倍は自分が深いところにいるのに気づいて途方に暮れてしまった。


早々に降参して、この連載で香水の話をしたい、しようと思った。でも、香水について調べ始めたら、知れば知るほど付け焼き刃でなにかを語っていいようなジャンルではないということがよくわかってきた(香水に限った話ではないけれど)。

香料が生まれた由来や伝説的な調香師の話、個性豊かなメゾンの話など、私がほんの少しかじっただけでも興味を惹かれるような要素が香水にはたくさんあるのだけれど、その魅力を紹介するなら間違いなく、もっと適任者がいる。

だから今回は、私が香水にハマったきっかけでもある“香水の紹介文”と、最近リピートしている香りとの個人的な出会いについて書く(読者各位、5分でいいのでこの話に付き合ってほしい)。

■架空の「庭」たちとの出会い

白状してしまうと、私はまだ香りについてはド素人なので、香水を選ぶときはボトルのデザインや出会ったタイミング、ひと吹きしてみた印象など、かなりの部分で直感に頼っている。

なにより気になるのは調香師がその香水をどんなイメージで作り上げたかで、香水の紹介文(説明書き)が魅力的なブランドばかり気になってしまう。

たとえば、定番中の定番だけれど、エルメスに「庭園シリーズ」という5つの“庭”をモチーフにしたフレグランスのシリーズがある。
これは2016年までエルメスの専属調香師を務めていたジャン=クロード・エレナが手がけたもので、「ナイルの庭」「地中海の庭」といった香りは日本でも知名度が高い。

この庭園シリーズの最後、5番目の香りとして2015年に発売されたのが、「李氏の庭」。

この紹介文としてジャン=クロード・エレナが寄せた文章が、とにかくうっとりするほど美しい。以下、公式サイトより引用。

池の匂い、ジャスミンの香り、湿った小石の匂い、スモモや金柑の木、巨大な竹林の香りを、記憶をたどって思い浮かべました。すべてがそこにありました。池の中でゆったりと百年の時を経てきた鯉までもが。花椒の茂みはバラのような棘を持ち、その葉はレモンのような香りを漂わせていました。私に残された仕事は、他のすべての要素も織り込んで、新しい庭をつくることだけでした。
フレグランス《李氏の庭》より

恍惚としてしまう。この紹介文を初めて読んだとき、子どもの頃にどこかで嗅いだ、池に浮かぶ蓮の葉の湿った匂いを思い出した。いてもたってもいられなくなってそのままオンラインショップで注文し、届いた「李氏の庭」を手首につけてみると、果たして想像していた香りとそれはほぼ同じだった。

なんだか感激してしまって、それからはときどき「李氏の庭」を枕に吹きかけて寝ている(真っ暗な森の中、池の上で眠っている気分になってたまにうなされるので、寝香水として使うのは個人的にはあんまりおすすめしない)。

■ジッキー、忘れられない女性の香り

前述した「庭園シリーズ」を始め、背景にあるストーリーがユニークだと、香りにまで惚れてしまうことが多い。

私の母はゲランのアクアアレゴリアというシリーズの香水をよくつけていたので、子どもの頃、小学校から帰ってきてリビングに誰もいないと、その香りを頼りに母を探した。

オーデトワレ(※)にしては香りの持ちがいいフレグランスで、少し前まで母がいたところには、常にその香水の香りがしていたように思う。

※「オーデ=水の/トワレ=化粧」という意味。日常の中で軽い感覚でつけられるもの。香りの持続時間は2~5時間ほど


母の影響か、私も大人になって最初に香水を買おうと足を伸ばしたお店はゲランだった。20歳の頃、それから2年後、また数年後、と何度かお店を訪れたけれど、これと言ってお気に入りの香りは見つけられなかった。

ところが、去年の秋、ふらっと立ち寄った新宿の百貨店の中のゲランで、「JICKY(ジッキー)」の香りに出会った。1889年に発売されたいわゆる“名香”で、紹介するのもおこがましいくらい有名な香水だ。名前しか聞いたことのなかった私に、スタッフの男性が、「ジッキー」が生まれた由来を教えてくれた。公式サイトの紹介文を一部引用する。

発表当時、その斬新な香りに女性たちは戸惑いましたが、男性たちの間ではすぐに評判になりました。そして現在、このフレッシュでいきいきとした香りは、ユニセックスなフレグランスとして、男女を問わず愛されています。エメ・ゲランがイギリス留学中に出会った、若く美しい女性ジッキーへの忘れ得ぬオマージュとして捧げられた香りです。
Jicky - Guerlainより

「調香師が、留学中に出会った忘れられない女性に捧げた香水です」という言葉を売り場で聞いたとき、ぐっときすぎて間抜けな声を漏らしてしまった。手元にあったムエット(試香紙)にジッキーをもう一度吹きかけてみると、少しスパイシーな印象のハーブが、徐々に甘すぎないバニラの香りと混じっていって、もうその時点で大好きな香りだった。

安い買い物ではないので、迷ったけれどその日はムエットだけ持って返った。けれど、いまでも街中でジッキーをつけている人とすれ違うと、すぐに気づいてはっとしてしまう。

■燃える理髪店、ゴミの花、女性の名を持つ男性

ユニークなネーミングやエピソードを持つ香水は尽きない。

D.S. & DURGA(ディー.エス.&ダーガ)というニューヨークのブランドには「バーニングバーバーショップ(燃える理髪店)」という香水があって、実際にアメリカで起きた理髪店の火事の香りを再現しているという。

最初にお店で嗅いだとき、たしかにシェービングクリームの焦げたような匂いがして、その再現性の高さに思わず笑ってしまった。けれど、インパクトのあるトップノートから時間が経つに連れライムやラベンダー、バニラの甘い香りが仄かに漂ってきて、個人的にすごく好みの香水だった。


それから、ETAT LIBRE D'ORANGE(エタ リーブル ド オランジェ)というフランスのメゾンには、「アイアムトラッシュ(ゴミの花)」というものすごい名前の香水がある。直訳すると、「私はゴミ」。

このメゾンを扱っている香水ショップで初めてその名前を聞いたときはギョッとしたけれど、聞けば、香料の残滓、つまり本来ならば捨ててしまう部分を使って作り上げられた香りだと知って素敵に思った。柑橘系の爽やかな印象の香りで、「ゴミ」なのに、人を選ばないいわゆる“いい香り”なのも面白い。


私が日頃いちばん頻繁につけている香りは、サンタ・マリア・ノヴェッラというイタリアのブランドの「Eva(エバ)」。

「アダムとイブ」のイブ(Eva)に由来しているというストーリーも、「女性の名を持つ男性用」というユニセックスなコンセプトも気に入っている。

日常的につけている香水なので、たまに友人と一緒に歩いていて「あ、いまシホの匂いした」と言われることがあって、(図々しいとは思うけれど)それがとても嬉しい。

サンタ・マリア・ノヴェッラの「Eva」

■こんなステージまだあったのかよ、早く言ってよ

最近そんな話ばかり人にしている。

年末、仲のいい友人と向かい合って肉を食べながら香水の話をしていたら、「そんな楽しそうな顔久々に見た」と呆れたように言われた。ちょっと照れて笑ってしまったけれど、たしかに、すごく楽しそうな顔をしていたと自分でも思う。

新しいものを好きになると、嬉しい。

生活って、歳を重ねてゆくにつれてもうこれ以上フィールドを拡張できないRPGみたいに感じてしまうことがあるけれど、本当はそんなこと全然ない、と思う。「こんなステージまだあったのかよ、早く言ってよ」みたいな展開が急に訪れると、怖い半面、やっぱりワクワクする。

香水は、稀に「いい匂いですね」って言ってもらえるけれど、人に気づかれないことのほうが圧倒的に多い。でもその分、自分のためだけにつけている、というえも言われぬ高揚感がある。
こういう、自分のためだけの喜びみたいなものを少しずつかき集めては増やしながら、ままならないことも多い世間をどうにかこうにか渡ってゆきたい。

じっと目を凝らすと、遠くのほうにお香とかヘッドスパとかエステみたいな(ヒーリング系の)沼が見える。自分が沼の中にいると、水中に差すすべての光が魅力的に見えてしまうのでかなりまずい。たまに他の沼を覗き見て、あっちはもっと深いぞ、と思いつつ、いい匂いのする洞窟の中で今日も眠る。

illust/兎村彩野(@to2kaku

生湯葉 シホ

1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。

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