夢を見つけられなかった少女を変えた奇跡の出会い
人生を変えるような出会いは、いつも唐突に訪れる。それを活かすも殺すも、その人次第。島根で生まれ育った生越千晴さんは、そんなチャンスを掴み取り、気鋭の女優としての道のりを歩んでいる人物だ。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。夢が見つからなかった少女時代から女優として輝くまで――そんな彼女の東京物語に迫る。
生越千晴、25歳。現在、劇団「モダンスイマーズ」の一員として舞台作品を中心に活躍する一方で、CMやドラマ、映画などの映像作品への出演も急増している、気鋭の若手女優だ。しかし、幼少期の生越さんは、「女優になる」などと考えたことすらなかったという。
中学生の頃には、イジメにも遭った。靴を隠されたり、グループの輪に入れてもらえなかったり……。しかし、生越さんはそれでも学校に通うことはやめなかった。
芸大に進学し、アート方面の仕事がしたい。これが生越さんにとっての、初めての夢だった。
自分の将来が見えない。それは焦りにも似た感覚だっただろう。そんなとき、生越さんは広島で開催されていた「THINK」というトークイベントで、現代アーティストの鈴木康広氏と出会う。そして、そこで言われた意外な一言が、彼女の人生を大きく変えることとなった。
■ようやく見つけた「女優」という夢。しかし……
広島に戻ってからも、芝居への熱は冷めなかった。
そこで知ったのが、広島市文化財団が運営する演劇引力廣島の第11回プロデュース公演『デンキ島~松田リカ編~(広島版)』だった。本公演で出演者を決めるワークショップ形式のオーディションが開催されることを知った生越さんは、迷わず参加したという。
結果は見事合格。しかも、主演に抜擢された。
そんな想いは、すぐに打ち砕かれることになる。
でも、そんな私の様子を見ていた演出家の蓬莱竜太さんに、『周りの人たちのことをもっと見てごらん』って言われたんです。
それで、お父さん役、お兄さん役の方々の芝居だけじゃなく、普段の様子に目を向けてみたら、愛おしさにも似た家族愛のような感情が芽生えてきて。その感情が芝居にもつながる感覚があって、自然と涙が出たり怒ったりできるようになったんです。共演者の人間性を知ることで、芝居が変わる。蓬莱さんに教えられたことは、いまだに大切にしています」
初めての体験に苦悩し、涙し、それでもやり遂げた公演。わずか5日間という公演期間だったが、彼女の人生を決めるには充分だった。その後、すぐに生越さんは上京を決意する。もちろん、女優になるため、芝居をするためだ。
そんな生越さんの決意を知った蓬莱氏は、彼女を「モダンスイマーズ」という劇団へと誘った。それは彼女にとっても念願だったこと。こうして生越さんは、ようやく見つけた「女優になる」という夢に向かい、東京へと移り住むことになったのだ。
■世田谷区役所の広場で佇む、お気に入りの時間
生越さんが住むのは、世田谷線が走る小さな街。
その街の雰囲気に、「ほぼ一目惚れでした」と笑いながら話す。
生越さんにとって、世田谷区役所の広場は、いまでもお気に入りのスポットだ。東京に来たばかりの頃には、友人と座り込んで延々と話し込むこともあった。買い物に行くときも必ず広場を通り、建物を見上げては癒やされているそうだ。
また、島根出身の人が経営する「えんとつ」というカフェにも、よく遊びに行く。
■唯一の友人を失った日に感じた孤独感
お気に入りの場所を見つけ、行きつけのお店もできた。やっと見つけた女優という夢に対しても、着実に前進できている。まるで順風満帆のようにも見える生越さん。しかし、東京に来たばかりの頃は、ひどくつらい目にも遭った。
島根からたったひとりで上京してきた少女にとって、唯一の友人を失うことがどれほどの痛みだったのか、それは想像に難くない。
けれど、生越さんはその経験をプラスにとらえている。
もちろん、なるべくなら哀しい想いなんてしたくないです。でも、そういう出来事に遭遇してしまったのであれば、いつまでもネガティブにクヨクヨするのではなく、そんな経験も活かしていこうと前向きにとらえることで人生が変わっていくと思うんですよね」
そう話す生越さんの目には、やさしさのなかに凛とした強さが滲む。
振り返ってみれば、夢が見つけられなかった焦りや、学生時代のイジメ体験からも、生越さんは逃げずに真正面から立ち向かってきた。そういった姿勢があれば、東京でも生きていける。弱冠25歳の彼女は、自らの生き方をもってそれを体現している人だ。
■「好きなもの」が心の拠り所になることを知った
それでも、と生越さんは続ける。
友人経由で「スーパーオーガニズム」を知ったという生越さん。
彼らの曲を初めて耳にしたとき、それまでに感じたことのないような感覚に包まれた。
そして、彼らの創作に対する姿勢も好きで。『自分たちがいいと思う曲だけを作る』って公言されているんですけど、それってすごく正しい気がするんです。彼らに出会って、音楽が心の支えになることを教わりました。だから、もしも過去の自分と出会えることがあれば、『もっと夢中になれるものを探した方がいいよ』って教えてあげたい。
音楽に限らず、マンガや映画でもなんでもいい。そういったものが心を救うことにつながると思うんです」
最後に、東京という街がどんな存在なのかを尋ねてみた。すると生越さんは、複雑な表情を浮かべながら口を開く。
ここにはいろんな人がいて、なかには甘いことや危ういことばかりを言う人もいます。でも、絶望を感じて閉ざしてしまうのはもったいない。やっぱり友人と一緒にいると楽しいですし、心の持ちようでクルクルと変化する街なのかもしれないと感じます」
生越さんが話す通り、東京という街には危うい側面がある。
誘惑にのってしまい、道を踏み外す人も少なくない。だからこそ、そんな街で成功しようと思うのならば、誰にも負けない“強さ”が求められる。しかし、強さと孤独とは隣合わせだ。それでも自分を貫き通せる人が、どれだけいるだろうか。
そんななか、生越さんは自分を信じ、強くいられる稀有な人だ。凛とした佇まいの裏側には、きっと想像を超えるような苦労があったはず。けれど、それを感じさせまいと柔らかく笑う。その横顔には、この街で強く生きていくという決意が滲んでいた。彼女が第一線で活躍する日も、そう遠くはないだろう。
Text/五十嵐 大
Photo/池田博美
生越千晴プロフィール
1992年11月9日生まれ、島根県出身。女優。A.L.C.Atlantis、モダンスイマーズ所属。2014年、『デンキ島~松田リカ編~(広島版)』にて女優デビュー。その後、『悲しみよ消えないでくれ』『何が格好いいのか、まだ分からない。』などの舞台のほか、CMやドラマ、映画への出演も重ねている。
DRESSでは8月特集「東京の君へ」と題して、夢や希望を持って上京し、東京で活躍する「表現者」たちの“東京物語”をお届けしていきます。
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