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ゲイであることを理由にしたくなかった。力がすべての街で見つけた自分の居場所

LGBTにまつわる、一風変わったコンテンツを発信しているメディア『やる気あり美』。その編集長を務めているのが、太田尚樹さんだ。ゲイであることを公言し、常に明るい笑顔を振りまく彼の姿は、大勢のセクシュアルマイノリティを励ましている。しかし、そんな彼にも、何度も絶望する瞬間があった。

ゲイであることを理由にしたくなかった。力がすべての街で見つけた自分の居場所

「自分の居場所」ってなんだろう。どこにあるんだろう。

日々あくせく働くなかで、ふとそんな疑問を抱いたことがある。

その一方で、自分のコミュニティを作り出し、その中心でいつも笑っている人もいる。居場所を探し続ける側からすれば、彼らのような存在を羨ましいと思う。自分の立ち位置と比べては、嫉妬心すら覚えてしまうことも。

けれど、いつも輪の中心にいる人たちにだって、当然悩みはある。笑顔の裏で、自分の居場所を必死に探していることだってありうるのだ。

今回、自身の東京物語について語ってくれた太田尚樹さんも、その奔放な笑顔の裏に悩みを抱えてきた人物のひとり。自分の居場所を求めては挫折し、痛みを抱えながらも何度も立ち上がってきた。

太田さんは、いったいどのように壁を乗り越えてきたのだろうか。

■中野の商店街で、夜な夜な心の叫びをうたった

太田さんが初めて東京の地を踏んだのは、23歳の頃。神戸の大学を卒業し、入社したリクルートホールディングスでの配属先が東京だったことがきっかけだった。

当時住んでいたのは、中野。地元に通ずる雰囲気があったことから、すぐに住むことを決めた。

「会社までのアクセスも良かったですし、なによりガヤガヤした街の雰囲気に魅了されました。大阪が好きだったので、なるべく地元の雰囲気に近い場所に住みたかったんです。実際、住んでみるとすごく楽しくて。いまだに来ると落ち着ける街ですね」

会社には営業マンとして採用された。研修時は成績も良かった。そのまま全国一の予算をもつ精鋭が集うチームに配属され、周囲の期待をひしひしと感じていたという。しかし、そこで感じたのは「居心地の悪さ」だった。

「簡単に言ってしまうと、馴染めなかったんです。期待もしてもらっていたし、自分でもできる気でいたのに、会社にいることがどんどん苦しくなってしまった。そして、その原因を紐解いてみた結果、ぼくが“ゲイ”であることが理由なんだと気づいたんです。

だけど、会社に対する不満はなくて。どちらかというと、ゲイであることが原因でうまく会社に馴染めない自分自身の不甲斐なさに対して、憤りを感じていました」


先輩や同期が気遣ってくれるものの、一向に馴染むことができない自分。その苦しさを吐き出すように、太田さんは夜な夜な、中野の商店街で歌をうたった。

「今思い出すと恥ずかしいですけどね。歌が好きな友人と一緒に、スーツ姿のまま、路上で歌をうたっていました。よくうたっていたのは、THE YELLOW MONKEYの『バラ色の日々』。曲終わりの『I WANT POWER~I WANT FLOWERS~』ってところに、気持ちを乗せてシャウトしていました。鬱憤をぶつけていたんだと思います」

その後、太田さんは、恵比寿にある小さなシェアハウスで、ようやく自分の居場所を見つけることになる。

「幼馴染が入り浸っていた場所なんですけど、東京に来て初めてのカミングアウトをしました。自分でもびっくりするくらい泣いたのですが、みんな普通に受け入れてくれたんです。『そうなんだね』って。1ミリの動揺も感じさせない態度が、すごく嬉しかったのを覚えています。そこが東京で最初にできた、自分の居場所でした」


太田さんが彼らにカミングアウトできた理由。それは、彼らの中に、自身の価値観に通ずるものが感じられたからだという。

「ぼく『みんな違って、みんなキショい』というのをポリシーにしてるんです。たとえば、ストレートの人たちの中には『同性とセックスするなんて気持ち悪い』って言う人もいますよね? そういうとき、自分はどうなの? と言いたくなる。自分はどれだけ高尚なセックスしてんだよ、って。

上も下もないのがセックスですよ。全部キショいし、それだから素敵。ゲイもストレートも一緒です。「誰もが美しい」とか、肩に力が入っちゃってぼくは疲れるんですよね。そんな自分と似た感覚を、そのシェアハウスの人々には感じたんです。ちょっとしたはぐれものばかりが集う家で。だから、すんなりとカミングアウトできたんだと思います」

■同じ悩みを抱える人のために、と思ってできた『やる気あり美』

自身のセクシュアリティを受け入れてくれ、自分らしくいられる場所ができた。しかしそれでも、会社で感じる居心地の悪さは消えない。その結果、太田さんは倒れてしまった。

「立てなくなったんです。そこからしばらくは休職していました。自分はもっとやれるはずだと信じていたから、当時はもう終わった、って思いましたね。『ゲイだから』、そんなことを理由だと思ってるなんてダサいじゃん、そうとしか思えなかったんです。

でも休んだことで冷静になれました。自分のせいではなくて、社会が変わる必要があるのかもしれない、そう思いました。会社には、2年目を迎える頃には復帰できたんですが、このまま続けていても同じことになる気がして、すぐに退職しました。そして、2度目の上京を決めたんです」


その目的こそが、LGBTエンタメサイト『やる気あり美』の立ち上げだった。自分と同じように悩む人たちの救いになるような活動をしたいと、太田さんは等身大の自分をエンタメに変えて発信するメディアの運営を決めた。

「最初はサークル活動の延長みたいなノリでした」と笑う太田さん。

しかし、その活動には多くの人の注目が集まった、スタートアップ支援プログラムの支援対象にも選ばれた。恵比寿のシェアハウスで見つけた、自分の居場所。そして新たにできた『やる気あり美』という居場所。今度はそれを自分が他の人に届けていく番だ。太田さんの胸中は、熱い想いで満ちていたことだろう。

「祐天寺にあるボロアパートを借りて、会社員時代の貯金とバイト代で生計を立てながら、『やる気あり美』の活動に力を注いでいました。そのうち、本業に専念するためにバイトも辞めてしまって。でも、すぐに壁にぶつかってしまうことになるんです」

■自分の無知さを知った日、活動の意義を見失った

太田さんが『やる気あり美』で本当にやりたかったこと。それは、これまでになかったセクシュアルマイノリティのイメージを打ち出していくことだった。

当時のセクシュアルマイノリティに対するイメージというと、どうしても“新宿二丁目的”なものがメインだった。きらびやかな格好に身を包み、毒舌を吐くキャラクター。それが太田さんには、かっこよく見えなかった。

また、いわゆる“LGBT活動家”とされる人たちの言動にも腹落ちしない自分がいた。彼らの発信する言葉が誰の心を動かすのか、ピンとこない。ダサい。怒りじゃなくて笑いのある、面白いことがしたい。その上で、自分たちのことを少しでも理解してもらいたい。その想いの結晶が、『やる気あり美』だった。

しかし、そんな理念を持ってスタートさせた活動も、途端に迷走してしまう。

「ご縁があって、2015年度の東京レインボーパレードにコアメンバーとして参加したんです。そこで新宿二丁目を支える方々や、いろんな活動家の方と知り合って、価値観が大きく揺らぎました。彼らがいかにこれまで思いと戦略をもって活動してきたかを知りました。

ぼく、あるとき、大御所の活動家さんに酔った勢いで『これまで活動をしてきた30年間は楽しかったですか?』って聞いたんです。すると、その方はすっと背筋をのばして『ぼくの大学の同期には大きな会社の役員になった人も、医師や弁護士になった人もいます。ぼくにもそういう人生があったのかなと思います』と言ったんです。

その濁りのない、潔くおっしゃる姿を見て、ぼくはなにも言えなかった。楽しいとか楽しくないとかじゃなく、この道を生きるしかこの人にはなかったんだなって思ったら、心から尊敬する自分がいたし、こういう方々の血のにじむ努力の先で、自分は今生きてるんだと気づいたんです。全く『ダサい』とか思わなくなった。いままでのぼくは、なんて無知だったんだろうって思い知らされました」

■手探りで生み出したコンテンツが転機に

それまで避けていた二丁目的な価値観や、LGBT活動家たち。しかし、両者の根底にある苦しみや願いに触れたとき、太田さんを襲ったのは、『やる気あり美』がどうあるべきか、という葛藤だった。

「『楽しくてかっこいいこと、やりた〜い』みたいなことは簡単に言えなくなりました。徐々に『やる気あり美』の存在意義がわからなくなりました。

チームメンバーで何度も話し合いを繰り返しましたけど、迷走するのは止められなくって。生み出すコンテンツにも真面目なものが増えてしまって、初期のファンから『面白くなくなった』と言われることもありました」

そんな中、『やる気あり美』の立ち上げから協力してくれていた、中心メンバーのひとりから「抜けたい」との相談を受けたのは、ある冬の夕方だった。

「初期から『メディアだけじゃなく、収益性の高い事業を作ろう!』と意気込んできた相手でした。でも実際は、迷走を重ねて他の事業なんて考えることもできずに行き詰まってしまった。仕方ない事情もあったんですが、今こいつがいなくなったら終わりだと思いました。

金がなくて、カフェにも入れなくて、代々木公園にあるベンチで、2時間くらいふたりで話し合ったんです。寒空の下、ぼくは嫌味のようなことしか言えなくて。情けなくて、辛かったですね」


自分たちのしていることに意味があるのか。メディアとしてまだまだ成長過程にある中、メンバーがそう思い悩むのも頷ける。だからこそ、太田さんも強く引き止めることはできなかっただろう。

しかし、そんなふたりに静かに転機が訪れる。

それがふたりで制作した「坊さん座談会」というコンテンツだった。

「お坊さんを招いて、『仏教的にLGBTはどう捉えられるのか』を話し合ってもらうという企画だったんです。当時、編集やライティングの知識もスキルもなかったのに、手探り状態でなんとか作って公開したところ、ジワジワと話題になっていきました。

リリースしたのは2015年だったんですが、あの記事の名前をあげて、いろんなオファーがきた。何をやるべきか長く迷ってきましたが、原点に帰ればいいんだ。ぼくらが信じることをやればいい――そう思っていきました」


結局、そのメンバーは、現在も『やる気あり美』の活動を続けてくれている。

ふたりの縁が切れなかったのは、試行錯誤のなか生まれた「坊さん座談会」があったから。まさしくこのコンテンツが、太田さんにとってのターニングポイントだったと言えるだろう。

■力こそすべての街で、どう生きていくのか

それ以降も『やる気あり美』は、他では見られないようなコンテンツを定期的に生み出し続けている。

そのなかで太田さんが感じたのは、編集・ライティングのスキルアップの必要性だ。

「最近LGBTに関わる大型の案件をいただいたんです。でも、自分が出した企画に対して、取引先の方から『何がいいかわからない』と言われたんですね。それで、『あーぼくってもう“編集の人”じゃなくて“LGBTの人”になってるんだな』って思いました。このままじゃ、“LGBT”という繊細なテーマと対峙しながら、いいコンテンツなんて作れない。編集者として、ライターとして、もっと力をつける必要があると感じました。

なので、この夏からは少し『やる気あり美』を離れて、外部の編集者として複数のメディアで仕事をしています。その間、『やる気あり美』のことは他のメンバーに任せて、まずは修行をしようと。そこで大きく力をつけて、また戻ろうと思っています」

力をつける。これは東京で生き抜くためには必要不可欠なこと。特に、自らなにかを発信しようと志す人間にとっては、避けては通れない道だ。しかし、太田さんは少し哀しい表情を滲ませる。

「東京って、結局、力がすべてなんだなって思います。ちょっとした業界の交流会みたいなのがあると、どうしたって影響力のある人を中心に盛り上がる。その人が言ったことなら何でもみんな笑ったり、“なんともない”とされてる人がすごく緊張していたりする。全てがそうじゃないですけど、そういう光景を見るたびに『もう東京いいかな』って思います」


太田さんはひとつ呼吸を置いたあとに、苦笑いを浮かべて話す。

「ヒエラルキーとの対峙がぼくは今も苦手なんです。隣人愛をなくして力への欲に飲まれたら、人じゃなくなる気がする。でも、そんなこと言ってたら東京にはいられません。力がないとできないことはたくさんあります。

『やる気あり美』の活動だってそう。力を持たないと、届けたい人たちに届かないですしね。だから、ぼくは東京で頑張るしかないんだと思っています。『俺は力があるので価値があります』みたいな顔してるやつにパーティで出会ったら、絶対に喋りかけない、くらいの抵抗は続けますが(笑)。いちいち生きづらい人間ですね」



ひとつのメディアを立ち上げ、多くの注目を集めるようになったいまでも、「生きづらい」と自嘲する太田さん。

それは易きに流れようとせず、常に最善を尽くしたいという葛藤の表れだ。そしてその姿こそが、大勢の人たちの背中を押しているのだろう。

ともすれば、“触らぬ神に祟りなし”として扱われることもあるLGBTの世界を、太田さんは等身大の価値観を持って伝えようとしている。その根底にあるのは、「みんな違って、みんなキショい」。マイノリティもマジョリティも、大差ない。

太田さん独自の考え方は、今後の世界をより生きやすいものに変えてくれるはずだ。

Text/五十嵐 大
Photo/RIE AMANO

太田尚樹プロフィール

30歳。ゲイであることを公言し、「世の中とLGBTのグッとくる接点をもっと」というコンセプトで活動するクリエイティブチーム、「やる気あり美」の編集長を務める。メディアへの出演も多数。

Twitter:@ot_john

DRESSでは8月特集「東京の君へ」と題して、夢や希望を持って上京し、東京で活躍する「表現者」たちの“東京物語”をお届けしています。

DRESS編集部

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