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不安を抱える人を、否定しないでほしい

もしもダメだったら……という不安を抱くのはいけないことなのだろうか。その感覚は否定されなければいけないのか。

不安を抱える人を、否定しないでほしい

「もし○○になったらどうしよう」という不安を抱くことがある。

もし、地震がきて家族になにかあったら。

もし、病気になって働けなくなったら。

もし、夫が事件や事故に巻き込まれてしまったら。


考えただけで、とても不安だ。


そういった気持ちは、ひとりで抱え込んでいるとどんどん大きく膨らみ、心を圧迫する。
誰かに話せば少しは楽になる気がして、言わずにはいられなくなる。

だけど、誰かに話したとき、

「そんなネガティブなこと考えちゃダメだよ」

と、不安を否定されてしまうことがある。

私は、大好きな姉に、「あんたのそのネガティブ発言、聞いてるだけでイライラするわ」とまで言わせてしまった。

姉をイラつかせてしまったのは、素直に申し訳ない。

けれど私は、「不安」を「ネガティブ」なことだとは思わない。他人の不安な気持ちに対して、不快だと思うこともない。

だから、もしも誰かに不安を打ち明けられたら、その感情を否定せずに受け止めたいと思う。

■不安になるのはダメなことなの?

私と姉は仲が良い。

6歳上の姉は、子育てをしながら仕事をしている。努力家で穏やかで優しく、私にとってはいくつになっても頼れるお姉ちゃんだ。私は関東、姉は関西に住んでいるので頻繁に会えるわけではないが、年に一回は必ず姉の家に遊びに行く。

数年前のことだ。

姉の家でお茶をしていると、将来の話になった。私は、そのとき感じていた不安を姉に打ち明けた。

「自分たちで決めたことだけど、やっぱりお金のことは不安になるよ」

当時、私たち夫婦は山小屋で働いていた。山小屋は季節労働で、冬の間は仕事がない。だから冬の間はそれぞれ酒蔵や派遣で働いていたのだが、その年から、冬の仕事をやめた。

私は文章を、夫は絵を仕事にしたいという夢があったからだ。

当時の私たちは山小屋の仕事がない時期を利用して、フリーで活動を始めたばかり。

「それでもやってみたいって思っちゃったんだから、頑張るしかないんだけどさ」

口ではこんなことを言いながらも、やはり不安は拭えなかった。

今は夫婦ふたりで慎ましく暮らせているけど、老後資金を貯められるほどの余裕はない。フリーの仕事がうまくいかない可能性もあるし、どちらかが病気や怪我で働けなくなる可能性だってある。そういった不安から、医療保険と個人年金に加入した。

その話をする私に姉は「そんなネガティブなこと考えちゃダメだよ」と言う。

しかし、本当に「そんなこと考えちゃダメ」なのだろうか。
私は、自分の抱える不安が「ネガティブ」だとは思わない。

現実問題として、私たちは平均よりも世帯年収が低く、経済的に安定しているとはいえない。そんな中でコネもツテもないのにフリーランスに挑戦しようとしているのだから、将来的にお金に困る可能性は十二分にある(誰にだってあるが)。

その可能性について考えたり、備えたりするのは、ネガティブでもなんでもなく、ごく普通のことではないだろうか?

しかし、姉は言う。

「もっとポジティブになりなよ。悪いこと考えてると、本当にそういう未来を引き寄せるよ。絶対に大丈夫って思わなきゃ!」

姉が、私たちの背中を押そうとしているのはわかる。身内から「いい年してそんな無謀なことやめなさい!」と言われてもおかしくない状況だけに、姉の応援はとても嬉しい。

だけど、「ネガティブなことを言うな」「ポジティブになれ」という意見には、どうしても納得がいかない。

たしかに私は不安を感じているが、「不安だから諦める」のではなく、「不安だけどやってみる」ことを選択した。

それは、ポジティブなことだと思う。

それなのに、そもそもの「不安を感じる」ことすら許されないのは、ちょっとシビアすぎないか。そのくらいは許してくれよ、と言いたくなってしまう。

「……だって、不安なものは不安だよ」

「あんたのそのネガティブ発言、聞いてるだけでイライラするわ」

このときばかりは涙がこみ上げてきたが、慌ててなんでもない風を装い、「ごめんごめん」と笑って話題を変える。

私が悪いわけでも、姉が悪いわけでもない。ただ、不安やネガティブといった概念に対する感じ方が、私と彼女とでは違うのだろう。

甘ったれた考えだが、私は姉に「不安なのによくチャレンジしたね」と言ってほしかったのかもしれない。

■不安になるのは想像力があるから

未来には「良いこと」もあれば「悪いこと」もあるだろう、というのが私の考え方だ。

だから、新しいことを始めるときはいつだって、「良いこと」と「悪いこと」の両方を想定する。一方で姉は「良いことしか起こらないって思いなよ」と言う。

実際、「悪いこと」が起こる可能性は0ではない。その可能性に目をつぶり、「良いこと」だけを想像するのがポジティブなのだろうか? 辛辣な言い方になってしまうが、それは想像力の欠如とも言えるのではないか?

私は、姉のように「悪いことを想定する=ネガティブ」と決めつけてしまうことに疑問を感じる。

「悪いことが起こるかもしれないけど、そのときはなんとかしよう」と考える人や、「悪いことが起こるかもしれないけど、今できることを精一杯やろう」と考える人も、ポジティブだと思うからだ。


むしろ、悪いことを想定するからこそ、前向きに考えることだってできるはずだ。

たとえば、「地震はこない!」と言い切る人がいたら、それはそれでポジティブと言えるのかもしれない。けれど、「地震がくるかもしれない」と思う人がネガティブかといえば、そんなことはない。地震を想定するからこそ、いざというときのために非常食を用意したり、避難訓練をしたりする。

「地震が来るかもしれない」と思う人は、ネガティブなのではなく、想像力があるのだ。

未来に起こりうる危険や不幸を想像するからこそ、それを回避するための努力をするし、どうしたって回避できないことは起こってから対処する。

「悪いこと」を想定しない人は、いざそれが起こったとき、どうするのだろう?

動揺せずに対処できる人ならいい。だけど私は、想定外の「悪いこと」が起こると心がおかしくなってしまう。

だからいつだって、起こる前から「悪いこと」も想像してしまう。

告白する前は振られることも想像していたし、面接を受けるときは落ちることも想像する。もちろん、うまくいくことも想像するけど、うまくいかないほうのことも想像しておくのだ。

そうすることで、実際にうまくいかなかったときにショックを受けすぎないよう、心の耐性をつけている。

「悪いこと」を想像する癖は、弱い心を守る自己防衛策――。

ふと、思う。

そういえば、姉も私と同じタイプだったはず。子どもの頃はとても心配性で、「もし戦争が起きたらどうしよう」と不安で眠れなくなっていた、と母から聞いた。

それがいつの間に、「ポジティブになりなよ」なんて言うようになったのか。よく思い出せない。

もしかしたら、姉は今でもたくさんの不安を抱えているのかもしれない。

だけど、自分自身にも「そんなネガティブなこと考えちゃダメだよ」と言い聞かせ、不安を封印しているのではないだろうか。

■不安を抱えたまま踏み出そうとする人へ

山小屋で働くことにしたときも、季節労働者の夫と結婚したときも、ふたりで仕事を辞めて旅に出たときも、ライター業を始めたときも。

いつだって、「いいこと」を想像して希望に胸を躍らせる半面、「悪いこと」を想像しては不安になった。

不安だけど、この道を選びたいんだからしかたない。この不安を引き受けるしかないんだ。

そう自分に言い聞かせ、感情の折り合いをつけてきた。

誰だって多かれ少なかれ、新しいことを始めるときは不安もあるのではないだろうか? だけど、不安を抱きながらも行動することを選んだなら。それは、とても勇気のいる決断だったはずだ。

だから私は、不安を抱えたまま踏み出そうとする人には、

「わかるー! 不安だよね。でも、一歩踏み出してすごいね」

と言いたい。

決して、不安を否定するようなことは言いたくないのだ。

吉玉 サキ

1983年生まれ。noteにエッセイを書いていたらDRESSで連載させていただくことになった主婦です。小心者。

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